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第24話 僕の命の使い道

「決まった!」


 僕は勝利を確信してそう叫んだ。

 七海の剣は魔素やエネルギーを切り裂く。

 その結果として、異常種モンスターでさえも肉体を再生できなかったのだ。

 仮にファロールがどこかにコアを隠しもっていたとしても、上下真っ二つにされてしまえば抵抗する力も半減するだろう。


 だが、その考えは完全に浅はかだった。


『ハハハ、ニンゲン風情にしてはなかなか楽しませてくれるな』

 

「「ッ!」」

 

 なんと、真っ二つに切り裂かれたはずのヤツの胸部が黒々としたエネルギーに包まれてみるみるうちに再生していく。

 僕の魔術で一度大気中に流した精神エネルギーと魔素ですら、ヤツの体に吸い寄せられていく。

 七海も僕も驚愕する他なかった。

 

「な……なんで……」


『だから言っただろう、宿主。我と貴様は二ヶ月以上も連れ添った仲ではないか』


「ま、さか……」


 僕は一つの可能性に思い当たる。

 いや、そんな……だとしたら……

 しかし、無慈悲な回答はすぐにヤツの口から齎された。


『ただ眠っているのも暇だったのでな。貴様の記憶を読んでおった。全てな』


「くそっ!……最悪だ」


 ヤツの言葉が事実だとすると、僕の脳にある法魔術の知識は全て知られていることになる。それはつまり……

 

『そういうわけで、な。ホレ』


 ファロールの体表に、ぼんやりと紋様が浮かび上がり、次第にはっきりとしたものになる。その紋様は、僕が先ほど放った勢力流操作エネルギードミネイションと完全に一致していた。

 そこから薄っすらと伸びる光が、大気中のエネルギーをコントロールして、ヤツの体に吸い寄せていた。


 なんてことだ。

 僕の知識を吸収されたばっかりに、ファロールはどんな魔術も瞬時に発動することができるようになった。

 ヤツはILIM。

 ただでさえとんでもない存在だ。

 それが、生きた最凶のアーティファクトにもなってしまった。


『というわけで、貴様の魔術は全てもらってお』


「いちいちごちゃごちゃ五月蝿いわよ!」


 突然七海が斬り掛かる。

 だが、何事も無かったかのようにファロールに止められてしまう。


『我が話している最中に切り掛かるとは、無粋な女だな。こういう時には黙って聞いておくのがニンゲンのオヤクソクというものだろう?』


「ILIM風情に人間を語られたくない! 現実とフィクションは違うのよ!」


『物分りの悪い女だな。こういう場面でニンゲンが動けなくなってしまうのは圧倒的な力の差を見せつけられて絶望するからだろう? それでもなお斬り掛かってくるのは、現実を認識できない愚か者のすることだ』


 そう言い放つと同時にファロールは鋭く前足を振り抜いた。

 七海が剣で受け止めようとするも、速度が足りずに間に合わない。

 胴に直撃を受けた七海が吹き飛ばされる。

 地面に墜落した衝撃で2回、3回、4回………と何度もバウンドし、ついに動きを止めた。


「七海!」


「……ぅっ……ア…キト……」


「動かないで! 今回復するから!」


 僕は白の書を取り出そうとした。が、


『だから言っただろう。貴様の思考は全て読んだと』


 奈落の底から響くような、聞く者に恐怖を齎す極低音。

 それが僕の耳元で囁かれた。

 振り向く暇すら与えられずに、背中に激しい衝撃を受ける。


「ぐああああああああああああ!!!!」


 認識すらできない速度で吹き飛ばされ、気づいた時には、真下に地面が迫っていた。


「うぐ! ぐあ! ぐはっ! ぶぁっ!」


 水切り石のように、何度も地面を跳ね、その衝撃の度に全身を貫く痛みが襲う。


「……く……そ……」


 僕は倒れ伏し、指一本すら動かすことができなくなった。


『ふむ、殺さぬように加減するのはなかなか難しいな。もう少し痛めつけておきたいところなのだが』


 ファロールがとぼけたようにそう呟く。


『お。そういえば丁度良いのがあるではないか』


 ぼやける視界の中、ファロールの体にまたしても式句が浮かび上がるのが分かった。


『式句:石飛礫(ストナベル)。対象:ニンゲン2体。詳細:死ぬ一歩手前程の威力で。起動』


 ヤツの体の式句から赤い光が伸び、地面のマナを収束させていく。

 やがて、数百個の拳大の石の礫が宙に浮き上がり、猛スピードで七海と僕に襲いかかった。


「きゃああああああああああああああ!!!!!!!」

「ぐわああああああああああああああ!!!!!!!」


 顔に、腹に、胸に、手に、足に、数え切れない激しいダメージを受ける。

 衝撃が内臓の奥まで伝わってくる。

 痛い。痛い。痛い。

 全身がボロ雑巾のようになっていくのが分かる。


「……ぁ……が……ぎ………………」


 もはや、立ち上がることも、声を上げることすらもできなくなった。

 七海も同じ状況のようであった。

 僕の作った法魔術が七海をも傷付けているのがただただ悔しかった。


『ふむ。やはりなかなか便利だな』


 そう言いながら、ファロールがこちらに近づいてくる。


『ああ、言い忘れておったがな、宿主よ。貴様は殺さぬから安心していいぞ。貴様には才能がある。宿主としてのな。ここまで都合の良いニンゲンはなかなか見つからぬのだぞ。心の内に秘める絶望の量は文句なし、それに魔術というのも便利なものだしな。というわけで、もう一度苗床になってもらおう』


 ヤツがニヤニヤと僕を見ているのが分かった。

 まさか、僕にILIMの種を植え付けるつもりか?

 また僕の中からこんな化け物が生まれてくるのか?

 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 もう僕が原因で人を傷つけることは嫌だ。

 それに、僕は七海のために生きると決めたんだ。

 こんなヤツに利用されるための命じゃない。


『おっと、そうだった。苗床にする前に、もう一度貴様には絶望の海に沈んでもらわないとな。我としたことが忘れておったわ』

 

 そう言って、ヤツは七海の方へと向かっていく。


『ニンゲンは大事なニンゲンを目の前で殺されるのが一番”キク”からな。それに、この女は苗床には不向き。その上、我を執拗に狙ってくる。つまり此奴を殺せば一石二鳥、いや三鳥か』


 ヤツがピクリとも動かなくなった七海の目の前に立つ。


「……ゃ………メ………」


 うつ伏せに倒れている七海の腹に前足を引っ掛けると、ポーンとこちらに放り投げた。

 僕は立つことも受け止めることもできず、呆然と見ていることしかできない。

 地面に無防備に落ちた七海が僕の隣まで転がってきた


「…………」


 全身のあらゆる箇所から出血し、腕や足が変な方向に折れ曲がっている。

 彼女の目は閉じられ、もはや声を発することもできないようだった。


『ほら、宿主。特等席で見せてやるぞ』


 そう言っていつの間にか僕の目の前に来ていたファロールが、前足で七海の頭を掴んで持ち上げる。


「………だ………メ……だ………な……な……」


 獰猛な悪魔の顔をしたヤツが七海を喰い殺さんと、牙を剥き出しにする。

 





 おい…………




 おい。

 やめろ。

 やめろ。

 やめてくれ!

 なんで七海を殺すんだよ!

 なんで僕じゃなくて七海なんだよ!

 なんで僕じゃなくて僕の周りの大切な人を奪っていくんだよ!

 これが僕の運命だとでも言うのか?

 ふざけるな!!

 僕は決めたんだ!!

 七海を守るって!!

 七海のために生きるって!!

 これが僕の生きる道なんだよ!!

 それを運命ごとき(・・・・・)が邪魔をする!?

 舐めるなよ!!

 そんな巫山戯た運命なら、この手でぶち壊す!!

 だから、おい!

 立てよ!

 立つんだよアキト・リブロ!!

 お前はまた悲劇を繰り返すのか!?

 大事な人を失うのか!?

 その度に絶望し、破壊を振り撒くのか!?

 違うだろ!!!

 お前の命はそんなことのためにあるんじゃないだろ!!

 自分で決めろよ!!

 自分の命の使い道くらい、

 自分で決めろって言ってんだよ!!!!!!

 



「お……ぐ……ぁ……ぁぁぁぁああアアアア!」


 残った力を寄せ集め、振り絞り、僕は立ち上がった。


『お、宿主、なかなかイキがいいな。死ぬ一歩手前まで痛めつけたと言うのに』


「う……るさ……い……七海……に……さわ……るな…………! 僕…が……彼女……守る!」


『そう言われてもな。我には我の都合があるのでな。貴様にはさっさと絶望してもらわんといかんのだよ。そういうわけで、この女は殺す』


「ぅぅぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 ヤツが剥き出しの牙を七海に突き刺そうとする。

 僕は渾身の力で地面を蹴り、ヤツの牙目掛けて全体重を乗せた右拳を放った。

 届け。頼む。届いてくれ!









 パキン









『……何……だと?』

 

 ファロールの鋭い牙は、小気味良い音を立てて根本からぽっきり折れていた。

 地面にぽとりと落ちた牙は、シューシューという蒸気のような音とともに、大気中に蒸発していく。


『なぜだ!? なぜ我の肉体が、ニンゲンの生身の拳ごときに!!』


 激昂したファロールが僕の方に噛み付いてくる。

 僕は身を屈めると、ヤツの顔の下に潜り込み、全身のバネを使って顎を突き上げた。


『ンヌグっ!』


 顎の下から頭頂部まで一直線に、拳大の穴が空いた。


『なぜだ! なぜだなぜだなぜだああああああ!!!』


 右足、左足、尾、羽。

 ヤツが次々に攻撃を繰り出す。

 僕はそれを躱す。

 躱して、殴る。

 躱す。

 殴る。

 躱す。

 殴る。

 躱す。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る…………


 僕は無心で拳を振り続けた。

 なぜ僕の拳がファロールに効いているのか。

 理由はわからない。

 ただ、ダメージを与えているという事実があった。

 それで十分だ。

 この場において理屈なんて必要ない。

 七海を守る。

 七海さえ守れれば後はどうでもいい。

 その本能に従って僕はただただ拳を振り続けた。








 気付いた時には、目の前の巨大な獣は全身穴だらけで倒れており、シューシューという音を出しながら蒸発しているようだった。


「七海……!」


 僕は七海に駆け寄り首元に手を当てる。

 非常に弱いが、まだ脈がある!

 僕はメティスの図書館から白の書を取り出し、物理的再構成(リコンストラクション)をかけた。


 七海の傷はみるみるうちに修復され、戦闘前の綺麗な状態に戻った。

 彼女が薄っすらと目を開けた。


「……アキ…ト……? 私は……」


「七海!!!」


 思わず抱きしめてしまった。

 そして、彼女の胸の中で泣いた。

 よがっだ、よがっだああと、濁った声でなんども叫び、安堵の涙をボロボロと流した。

 今日は泣いてばかりの一日だなと、ふとそう思った。

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