第26話 旅立ち? いいえ連行です
僕は、倒れている軍人たちを手当した。
もちろん、シヴァ兄も。
彼が、薄っすらと目を開けた。
「シヴァ兄……」
彼の側で声をかける。
「……ん……! てめぇ!」
彼は僕を認識するなりいきなり殴りかかろうとしてきた。
それを、横合から出てきた七海の手がぱしりと受け止める。
「国連軍特殊作戦部門所属 椎野七海特務曹長です。
お気持ちは察しますが、まずは軍人として冷静に状況の確認をさせてください」
「……チッ」
シヴァ兄は舌打ちした後、しぶしぶといった様子で口を開いた。
「エスパニア陸軍中央調査部第24小隊隊長 シヴァ少尉だ」
「シヴァ少尉、なぜあなたはアキトを殺そうと?」
「…………」
せっかく開いたシヴァ兄の口が、またすぐに閉じてしまう。
「質問を変えましょう。
アキトを殺そうとしたのは、陸軍ないし上官の命令があったからですか?」
「…………」
七海が質問を続ける。
ファロールを恫喝していたのと同じ人物だとは思えない丁寧な口調だ。
軍人は所属する国や軍が違っても、階級によって基本的な上下関係が決まるらしい。
シヴァ兄の”少尉”という階級は七海の世界の基準に照らしても上官にあたると、治療中に彼女から聞いた。
しかし、彼女の丁重な態度を前にしても、シヴァ兄は口を閉ざすのみだった。
「シヴァ兄、僕は……もう逃げない。
シヴァ兄からも、この国からも。僕は、司法の判断を受け入れようと思っている」
僕は、会話の糸口を見出すべく、彼にそう告げた。
「いや、正確には受け入れなきゃいけない、だね。
僕の実験が原因で多くの人が亡くなったのは間違いない事実だ。
実験の責任者として、受けるべき罰は受ける。
仮にそれが死刑であっても」
「…………」
「でも、その前に絶対にやらなきゃいけない事が二つある。
一つは、事故の真相を知ること。
でなければ、亡くなった人に対して、どう償えばいいのかわからない。
僕は、自分の罪を償う道があるのなら、それを歩みたいと思っている。
でも、事件の真相を知らずして身勝手に死ぬのは、間違っている気がするんだ。
そんなのは償いでも何でもない。
こんな偉そうなこと言う資格は無いとわかっているけれど、どうか、シヴァ兄があの事件の真相を知っているなら教えて欲しい」
「…………」
シヴァ兄は相変わらず黙ったままだが、僕は続ける。
「もう一つは、魔素の悪影響を緩和する方法を、国に伝えること」
「…………」
「コイツを見て欲しい」
『ふにゃっ!?』
僕は、ファロールの首根っこを捕まえてシヴァ兄の目の前に持ってきた。
『い、いきなり何事にゃ!? ボクをどうしようっていうにゃ!?』
「静かに!」
『は…はいにゃ』
「この猫もどきは、さっきシヴァ兄達が戦っていた相手、ファロールだ」
「ッ!」
シヴァ兄の目が見開かれる。
「大丈夫! 落ち着いて! もう無力化してる。
コイツが、魔素被害を緩和する足がかりになるかもしれない」
「……どういう、ことだ」
ようやく、シヴァが再び口を開いた。
「コイツは、魔素を吸収して自分の力に変えられる。
さっきの強大な力の源にも、事故で発生した魔素が含まれていた。
そして、理由はわからないけれど、僕はファロールが吸収した魔素のエネルギーを打ち消すことができる。
だから現にこうして無力化できた」
「…………そんな話、信じられるか」
「だと思う。
今証明しろ、って言われても難しいし……
でも、魔素で汚染された場所に行けば、理解ってもらえるはずだ。
魔素研究は未開の分野。
学術都市の最先端でも分からないことだらけだったし、この二ヶ月で革新的な発見があったとは考えにくい。
でも、目の前に魔素の被害を軽減できるかもしれない手がかりがある。
これで、苦しむ人を少しでも減らしたい。
それは、きっと僕にしかできない、僕のやるべきことなんだと思う」
「…………」
シヴァ兄は再び沈黙する。
僕は続けた。
「でも、だからこそ、まずは事件の真相、そして現状を知る必要がある。
シヴァ兄、お願いだ。知っていることがあるなら、教えて欲しい」
「………………知るかよ」
ぼそり。
「事件の真相!? そんなもん知るかよ!
てめぇのくだらねぇ実験のせいで15万人が死んだ!
生き残った5万人も魔素汚染で苦しんでる!
それに何より……俺の……俺の大切な、たった一人の妹も……死んだ……だから俺はサティの兄としててめぇに復讐する!
それだけだ!
俺にとっての真実はそれだけで十分なんだよ!」
「…………」
今度は、僕が黙る番だった。
僕の実験のせいでサティが死んでしまった。
それは明確な事実だ。
なぜなら、僕が一番近くで見ていたのだから。
そんな僕が、シヴァ兄の言葉を、想いを、否定できるはずもなかった。
重たい沈黙が場を支配する。
「……シヴァ少尉」
沈黙を切り裂いたのは、七海の透き通った声だった。
「シヴァ少尉、あなたは先ほど、サティさんの兄として、と仰いました。
軍人としてではなく、兄として、と」
「…………それがどうした」
「つまり、アキトを刺したのは軍事的な理由ではなく、個人としての動機からだということですね」
「…………ッ」
「また、事件の真相は知らない、と仰いました。
そのような状況で、アキトに対する法的な裁きが下されるとも考えにくい。
また、エスパニア王は賢王だと聞いていますから、十分な判断材料もないまま、国にとって有益な人材を独断で死刑にする、というトップダウンも考えにくい」
「…………」
「これらの状況から導き出されるのは、少なくともアキトを死刑にするなどという司法判断はまだ無い、ということ。
従って、今回のアキト殺害未遂はシヴァ少尉もしくはあなたの部隊による独断で行われたもの、と推測します。
恐らく、王ないし陸軍の命令は、アキトを”殺せ”ではなく”捕らえろ”ではなかったのですか?
違いますか、シヴァ少尉?」
「ッ!」
シヴァ兄は答えこそしなかったが、その反応が、七海の言葉が事実であると暗に告げていた。
「……シヴァ少尉。あなたが復讐に駆られる気持ちは理解できます。
僭越ですが、私も過去に同じような経験をしておりますので。
……ですが!! 事件の真相さえも知らぬまま、激情に任せ、挙句の果てに命令違反を犯してまでアキトを殺すことが本当に正解なのですか!? そもそも! この不幸な事故は全てがアキトの責任なのですか!? 誰かが故意で事故が起こるように仕組んだ可能性は!? 手引きした黒幕がいる可能性は!? その全ての可能性を無視し、アキトに全ての責任を押し付け、事件そのものを闇に葬ることであなたは満足するのですか!? それがサティさんに対する報いになるのですか!? 軍人として、復讐者として、兄として、あなたはサティさんに胸を張れるのですか!? どうなんですか!? 答えなさい!! シヴァ少尉!!!!」
「「!!」」
七海の剣幕に驚いたのは、シヴァ兄だけでなかった。
僕もまた、ついさっきまで、自分が死ぬことで全てを精算しようとしていた一人だった。七海の声が、ただただ胸に刺さった。
「……俺は……俺は……クソォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
シヴァ兄は叫んだ。
ただただ、叫んだ
彼の下瞼には、薄っすらと涙が湛えられているような気がしたが、彼が瞬きをすると同時に見えなくなってしまった。
シヴァ兄はキッと唐突に立ち上がり、姿勢を正すと、七海に向き合った。
「椎野特務曹長。忠告、感謝する」
「はっ! 少尉殿への口答え、申し訳ありません」
七海が額のやや右前に、右手の平をピシッと持ってきて、返答した。
その姿勢は美しかった。
恐らくあれが、彼女の軍での敬礼なのだろう。
シヴァ兄も右の握り拳を左胸に当てる、エスパニア式の敬礼で答える。
国は違えど、軍人として相通じるものを二人に感じた。
僕にはそれが少しだけ羨ましかった。
「さて……おい、アキト」
「は、はいっ!」
なんてこった。
シヴァ兄が名前で呼んでくれたのは何年ぶりだろうか。
その事実が嬉しくて、思わず上擦った声で返事してしまう。
少し恥ずかしい。
「てめぇを殺すのは、少しだけ待ってやる」
「あ、ありがとう……」
「勘違いすんな、てめぇのためじゃねぇ。
だが、王都には連行する。いいな?」
「は、はい……」
「じゃあ両手を出せ」
僕は言われた通りに両手を差し出す。
シヴァ兄は、どこから取り出したのか、太めの縄を僕の両手首にかけ、あっという間に縛ってしまった。
「11時45分、学術都市アプレンデ崩壊事件重要参考人 アキト・リブロ確保。これより王都に連行する」
あ……
「おい! お前ら! いつまで寝てやがる! さっさと起きろ!」
僕が戸惑いを口にする暇もなく、シヴァ兄が未だ倒れている軍人たちを叩き起こす。
「ふわぁ〜、隊長、おはようございます」
「あ、隊長、その子……また作戦変更ですか?」
「あれ、シヴァ隊長、なんか顔色いいですね」
隊員たちが口々にシヴァ兄に話しかけている。
シヴァ兄の部隊に軍人は10名以上いたが、誰からも慕われているようだ。
「うるさいっ! 全員身なりを整えろ! さっさと王都に帰還するぞ!」
「「「「「了解っ!!」」」」」
彼らはシヴァ兄の一喝で一瞬にしてまとまった。
と、そんなことより。
手元の縄を見つめる。
これ、どうしよう?
いや、覚悟はしてたんだけど……
「アキト!」
「七海……」
彼女の呼びかけにも、明らかに気落ちした声で答えてしまう。
確かに、僕は王都に連行されなければならない。
司法判断を受け入れると決めた以上、それは避けられない。
しかし、王都への連行が意味するのは、七海と離れ離れになるということ。
七海のために生きる、七海を守ると誓ったばかりなのに、さっそく最大級の困難が押し寄せていた。
「なーに辛気臭い顔してんのよ。私もついていくわよ」
「へ?」
「何よその気の抜けた顔。当然じゃない」
「え? なんで?」
「まったく。アキト、あなた何のために生きるって言った?」
「七海のため……」
「でしょ? じゃあ私が近くにいないとダメじゃない!」
「いや、でも……」
「でもじゃない!」
またしても七海に言い切られてしまう。
こうなると、僕が言葉で勝てるイメージは一切なくなってしまうから不思議だ。
「私のために生きろって、私が命令したのよ。
命令がきちんと遂行されるかどうか確認するのは、命令した者の義務。
だから、誰が何と言おうと、この国の法律がどうだろうと、私はあなたについていくの。
それが、あなたに命令した私の責任」
なんてめちゃくちゃな理屈だ。
「それに、ね。
あなたは自分のことで精一杯だったから忘れてるかもしれないけど、私だってあなたを守るって誓ったの。
私は約束は守る人間よ」
「そっか……ありがとう」
僕たちはお互いがお互いを守ると誓った。
七海への反論の余地は最初からなかったんだ。
だけど、今はそれが嬉しかった。
『あのー、いろいろ勝手に話が進んでる気がするけど、結局ボクはどうなるにゃ?』
「お前は強制連行だよ。
魔素研究の礎になってもらわないとね」
『にゃっ! もしやそれは実験動物的な扱いにゃ!?』
「うん、そう考えてもらえれば問題ないよ」
『問題おおありにゃー! 嫌にゃ! ボクは猫にゃ! 自由を謳歌するにゃ!』
「問答無用」
『ぎにゃー!!』
七海がファロールを締め上げて黙らせる。
実験動物、というのは言い過ぎかもしれないが、コイツについてもいろいろ調べなければいけないのは間違いない。
「おい、そろそろいいか。
こっちは早く王都に戻りてぇんだ。
誰がついてこようと構わねぇが、準備が必要ならさっさとしてくれ」
「了解しました、シヴァ少尉。
すぐに準備いたします」
シヴァの一声で、七海が軍人に戻る。
彼女は僕の家に戻ると、手早く身支度を済ませ、その上、僕の荷物まで持ってきた。
「準備、完了しました」
「よし! ではこれよりアキト・リブロを王都へ連行する」
こうして、僕は王都へと連行されることになった。
これにて第1章完結です。
閑話を1つ挟んで第2章が始まりますが、書き溜めのためにしばらくお時間頂きます。
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