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第23話 ILIM戦

 七海の方を見ると、ILIM(イリム)と激しく切り結んでいた。

 彼女の剣は、異常種モンスターを一刀両断した時と同じ状態にもかかわらず、ILIM(イリム)に弾かれ、受け流され、有効打を与えられていないようだった。


 ヤツの体長は確かに大きいとはいえ20メートル程度。

 100メートル超の異常種モンスターよりも遥かに小さい。

 が、小さい分だけエネルギーが凝縮され、鋼の硬度を誇っているようだ。


 ヤツが前足で七海の剣を弾くと同時に、大蛇の尾でサイドから攻撃を加えようとしている。

 

 僕は高速で駆け抜けながら赤の書を開いた。


「式句:石飛礫(ストナベル)、対象:ILIMの尾、詳細:出力最大、起動!」


 赤い光が地面に向かい、石や砂をたくさんの塊に纏めていく。

 出来上がった拳大の石の塊数百個が、ILIMの蛇の尾めがけて高速で飛んでいった。

 ドガガガガガっとヒットする。

 ヤツはその衝撃に意識をそらされたようだ。

 尾の軌道がずれ、七海が一瞬の隙をついて回避した。


『なんだ、宿主か。かような攻撃、痒くもないぞ』


 普通の生物には大ダメージを与える数百の石の攻撃も、ヤツには全く効いていないようだ。

 でも大丈夫、それは想定内。

 ヤツの注意をこちらに引き付け、七海への攻撃の軌道がずれただけでも、効果としては十分だ。


「おまえが、ILIMか」


『ILIM? 仮にも2ヶ月以上連れ添った仲だろう。ニンゲン風情がつけた品の無い俗称で我を呼ぶな。我にはファロールという素晴らしい名前があるのだ』


「ファロール……それがお前の個体名か? それはともかく、お前が勝手に僕の中にいただけで、僕は連れ添ったつもりはない!」


『ノリが悪いな、宿主よ。貴様の絶望、なかなかに美味であったぞ。そこの目障りな女が余計なことをベラベラ話すから一瞬弱まりかけたがな。だが、そこで寝ている愚かな軍人のお陰で十分なエネルギーが補充できた』


 シヴァ兄はヤツから少し離れた場所で倒れていた。

 彼の部隊の軍人も皆大きな傷を負い、動ける者はいないようだ。


「……うるさい。シヴァ兄をそんな風に言うな」


 シヴァ兄は何も悪くない。

 妹思いの優しい兄だ。

 だからこそ、僕に復讐しようとした。

 ただそれだけだ。

 ILIMなんかに彼を悪く言われる筋合いはない。


「アキト、ヤツの話に耳を傾ける必要はないわ。

 早く片付けるわよ」


 いつのまにか、七海が僕の隣に立っていた。

 彼女はまだ無傷のようだ。


「うん、わかってる。七海、少しだけ時間を稼いでもらえないかな。試さなきゃいけないことがあるんだ」


「ええ。そこまで余裕はないけど、なんとかやってみるわ」

 

 七海がILIM…ファロールに向かって突進する。

 渾身の一振りをヤツの顔面に向かって放つと、それを防御するようにヤツの前足が動き、それから乱戦に突入した。


 僕はその貴重な時間を利用して、緑と青の書を開く。


「式句:思考超加速(アクセラレイニッシモ)、対象:アキト・リブロ、詳細:出力最大、起動」


「式句:体組成解析(コンポジショニス)、対象:ファロール、詳細:式句に委ねる、起動」


 魔術で高速化された思考の中に、ヤツについての情報が一気に流れこんでくる。

 

 個体名:ファロール

 種族:ILIM

 膂力:人間平均の10万2090倍

 構成:負の精神エネルギー 74.8% 

    魔素 25.0%

    不明 0.2%

    頭・尾・羽・4本の足は特に高エネルギー反応

    比較的エネルギー密度が薄いのは胸部中央


 人間10万人以上に相当する力……やはりヤツは危険だ。

 七海が互角に打ち合っているのが奇跡に思える。

 ただ、それ以上に気になる点がいくつかある。

 魔素……?

 それに不明が0.2%って……

 ILIMは精神エネルギーだけで成り立つんじゃなかったのか?

 いや、今それを考えても仕方ない。

 一刻も早くヤツの弱点を七海に伝えなきゃ。


「七海! そいつの弱点は胸の中央だ! 狙って!」


「了解! 任せなさい!」


 七海の剣の流れが、ヤツの胸の方に向かっていく。

 

『フン。無駄なことを』


 ヤツも七海の剣を次々に弾き返す。

 とことん一筋縄ではいかないな。

 しかし、ヤツは確かに胸部への直撃を避けるための動きを取った。

 つまり、そこが自分の弱点だと自ら告げたようなものだ。


「よし、解析は間違っていない。これで倒せる道が見えた!」


 加速する時間の中で、僕はさらに思考を展開する。

 ヤツの体は物質的なものでは成り立っていない。

 だから、七海の世界の兵器でも通用しなかったらしいし、先ほどの石飛礫(ストナベル)も効かなかった。

 七海の剣を除いて、物理的な攻撃は一切無効になると考えた方がいい。

 ならば、赤の書にあるような直接戦闘(オフェンス)系の魔術は使えない。

 多くの攻撃魔術も突き詰めれば物理攻撃だ。

 石にしろ水にしろ火にしろ風にしろ、世界に存在する物理現象を操っているにすぎない。

 物理無効の相手にそんなものが通用する理由はない。

 ならば何が有効だ?

 手持ちの札で使えるものは何だ?

 考えろ、アキト・リブロ。

 お前の脳は飾りじゃない。

 考えろ、考えろ、考えろ…………あ、見つけた。

 ヤツに有効な魔術。


 現実時間にして0.5秒もかからないうちに思考を終え、僕は黄の書を開く。


「式句:勢力流操作エネルギードミネイション! 対象:精神エネルギーおよび魔素! 方向:ファロールの胸部から大気中へ! 詳細:出力最大! 起動!」


 無限機関のキーテクノロジーの一つとしても使われた最新法魔術。

 生成したマナを貯蓄タンクに流すため、マナそのものを操作する新たな技術が必要だった。

 マナを操作する、ということ自体は既存の魔術内で誰もが無意識のうちに行っていたことだ。

 だが、既存の魔術は”マナを使ってどのような現象を起こすか”ということに主眼が置かれていたため、”マナを操作するだけ”というシンプルな魔術は意外に存在しなかった。

 そこに目を付けて開発したのが、この勢力流操作エネルギードミネイションである。

 マナという不思議なエネルギーそのものを、指定した方向に流す。

 精神エネルギーや魔素に対して使ったことは今までなかったが、きっとうまくいくハズだ。


『ム! 何だこれは!? エネルギーが吸い取られていく!? ヌアアアアアアア!』

 

 ファロールの胸部一体から瘴気が離れ、空気中に流れていく。

 その部分だけ明らかにエネルギー密度が薄くなっているのが分かった。


「今だ! 七海! 狙って!」


 動揺しているヤツの隙をつき、七海が一気に切り掛かる。


「はあああああああああああああああっ!!!!!!」


 真下から切り上げた七海の一閃が、ヤツの胸部を真っ二つに切り裂いた。

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