第22話 僕の生きる理由
七海に打たれた頬が熱い。
「このバカ! 昨日あれだけ言ったのにまだわからないの!」
目を真っ赤にして、彼女は激昂している。
「私は言ったわよね!
どんな咎人であっても、罪を見つめ、悔い改め、少しでも償おうと足掻く行為を無駄だとは思わない、って!
アキト、あなたは既にそうしているじゃない!」
そう…なのか?
僕にはその心当たりがなかった。
「私を介抱してくれた!
美味しい料理を振る舞ってくれた!
モンスターを倒すのを手伝ってくれた!
私の料理を美味しいと言ってくれた!
苦しい過去も、私を信じて打ち明けてくれた!
全部ぜんぶ、あなたが罪を償おうと足掻いてる証拠じゃない!
どうしてそれを否定するのよ!」
そう、なのか……
少しだけでも、償いになっていたのなら嬉しい。
「それに、少なくとも、私はあなたに助けられたの!
私はあなたに感謝してるの!
私はあなたに生きて欲しいの!
仮に世界があなたに”死ね”と言おうと、私だけはあなたが生きるのを許す!
だから、生きる資格が無いなんて身勝手なことは言わないで!」
「……!!」
初めてだ。
初めて、許された。
誰も許してくれないと思っていた。
僕は、15万もの人を死なせてしまった。
世界中が、僕に”死ね”と言っていると思っていた。
この数ヶ月、ただひたすら、真っ黒な絶望の海を彷徨っていた。
そこに初めて、一筋の光を投げ入れてくれた。
そうしてくれたのは、異世界から現れた、たった一人の女の子だった。
目の前で目を真っ赤にして叫ぶ、心まで美しい女の子だった。
彼女が、僕に生きて欲しいと言ってくれる。
その事実がただただ嬉しくて、熱くなった目頭から、たくさんの雫が溢れてきた。
「七海……僕は…生きて…いいのかな……?」
「バカ……いいに決まってるでしょ……」
そう言って、彼女は僕の胸に顔を埋めた。
「そっ、か……生きて……いいんだ……」
次から次へと涙が溢れ、止まらなくなった。
嗚咽が漏れる。
顔がぐしゃぐしゃになる。
心なしか、彼女も僕の胸の中で泣いているような気がした。
どれくらいそうしていただろう。
たぶん、現実の時間にしたら一瞬のことだと思う。
でも、時間が止まったような感覚に僕は陥った。
永遠と呼んでも差し支え無いほど、その一瞬は圧倒的な密度で凝縮されていた。
突然、彼女が顔を勢いよくあげ、キッとこちらの方を真正面から僕を睨みつけた。
爪が食い込む程に僕の両肩を握りしめている。
「だけど、放っておくと、あなたはすぐにまた自分の命を否定しかねない。
だから私は命令する。」
彼女はそこで一呼吸置き、ゆっくりと僕の耳元に口を寄せた。そして。
”アキト・リブロ。あなたは、私のために生きなさい”
……七海の……ために……生きる……?
「生きる理由が見つからないのなら、私が理由をあげる。
いいえ、私があなたの生きる理由になる。
私のために生きなさい、アキト。
私のために美味しい料理を作るの。
私のためにお酒に付き合うの。
私のために魔術を使うの。
私のために一緒に戦うの。
相手がモンスターだろうとILIMだろうと、自分の中の負の感情だろうと、絶対に勝つの。
あなたにしかできない、重大な仕事。
だから、無責任に死ぬなんてことは絶対に許さない。
これは命令よ」
参ったな……
今の今まで”死ぬしかない”って諦めてたのに、
生きるのを許されるどころか、七海のために生きろって命令までされちゃったよ。
だけど……この命令は心地いい……!!
「イエ、ス……マ、ム……!!
了、解……しま…した…!!!!」
僕は声を振り絞り、そう答えた。
「よろしく頼むわよ、アキト!」
彼女は満面の笑みで、僕の返事を受け取ってくれた。
ズガン
ドガン
バキン
家の外では、ILIMと軍人たちが激しい戦いを繰り広げている。
いや、軍人たちが一方的に蹂躙されていると表現した方が良さそうだ。
「それじゃ、私はアイツを止めに行く。
アキトも傷を治したら、早く来るのよ」
そういって、七海は戦場へと躍り出た。
ああ。
なんてすがすがしい気分だろう。
傷の痛みも、全く気にならない。
僕は、彼女のために生きる。
全力で彼女を支える。
その心に一点の曇りもない。
先ほどまで痛みで何もできなかったのにもかかわらず、
今なら体が動く気がした。
僕は、左腕の腕輪に触れ、無言でメティスの図書館を開く。
白の書を取り出し、物理的再構成をかけ、傷を塞ぐ。
出血は止まったが、既に失ってしまった血液のぶんだけ、力が入りづらい。
「閲覧要請、E3503-002〜005 緑・青・黄・赤の書」
メティスの図書館から4冊の本が吐き出される。
緑は能力強化系
青は解析・分析系
黄は能力低下系
赤は直接戦闘系
それぞれ僕の開発したオリジナルの魔術が収録されている。
ちなみに。
いつも使ってる白の書は回復系、街でモンスター警報を鳴らす際に使った橙の書には思念操作系の魔術に特化している。
僕は緑の書を開いた。
「式句:血液増産。対象:アキト・リブロ。詳細:式句に任せる。起動」
血圧がドクンと上がる。
骨髄で作られた血液が、心臓を通過し、全身を巡る。
僕は続けて緑の書の別のページを開く。
「式句:筋力強化。対象:アキト・リブロおよび椎野七海。部位:全身。詳細:出力最大。起動」
二つに分かれた緑の光の束のうち、一方が僕を包む。
もう一方が七海の方へと向かった。
光が役目を終えて消えると、僕は本を手に取り、立ち上がった。
そして、自分の心と体を確かめるように、ゆっくりと、確実に、歩き出す。
一歩。
なんて気持ちがいいんだろう。圧倒的な”生”の実感の中に、今、僕はいる。
二歩。
もう、一人じゃない。僕には七海がいる。彼女が僕に生きろと言った。私のために生きろと言った。
三歩。
そうだ。彼女と共に、彼女のために僕は生き、そして、戦う!!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
僕は、地面を強く蹴り飛ばし、戦場に向かって全力で駆け出した。
エスパニア王国、マルタ領、海に臨む街セトの外れ。
爽やかに照りつける初夏の太陽は、もう皮肉には感じなかった。




