第19話 飲み会③
え?
なんて?
彼女はなんと言った?
……実は、
あなたの中に、
ILIMがいる
可能性があるの
彼女は、確かにそう言った。
まてまてまてまてまてまて!
オカシイだろ!?
僕はグリセリアの人間だ!
「七海、冗談でも、そういうことは、笑えない」
「……冗談なら、よかったんだけどね。
残念ながら、私は冗談でこんなことを言う人間じゃないのよ……」
本気か……?
でも、どうして……?
どうして僕の中にそんな得体の知れない地球の異物が入ってるっていうんだ……?
「私はね」
そこで彼女は一呼吸置いた。
「このグリセリアという世界に来る前、
地球でとあるILIMを追っていたのよ」
「……」
「私はアイツを仕留める寸前まで追い詰めた。
でも、あと一歩というところで、アイツは妙な光の明滅とともに、消えた」
「……」
「私は、アイツを追って光の残滓に飛び込んだわ。
そして、気付いた時には、この世界の空に飛び出していた。
私はそのまま落下していき、そして……」
「僕とぶつかった……」
「その通りよ」
「……」
「だから、アイツの避難先としてアキトが利用されているか、もしくは種を植えられている可能性が高い」
「可能性が高い……か……
確かめる方法はないの?」
「残念ながら、今のところ地球の科学をもってしても、人に寄生しているILIMの有無を確かめる方法はないわ」
「……僕は……
……僕はどうすればいいの?」
頼む、教えてくれ。
「何よりも、精神を健全に保つこと。
強い悲しみ、苦しみ、怒り、後悔……
そういった感情をILIMは好んで養分にするから」
「こんな状況でそんなこと言われても、前向きになんかなれないよ……」
「無理に前向きになる必要はないわ。
極端なポジティブは、打ち砕かれた時のマイナスエネルギーも大きいから。
あまり無理に考えようとせず、自分を受け入れてあげて」
「こんな自分を受け入れるなんて……」
ダメだ。
考えないようにしても考えてしまう。
七海と出会う前、
死のうと思っていた時の考えがフラッシュバックする。
脳内で僕は僕を殺し始める。
ごめんなさい。
許してください。
懺悔の言葉すら、僕を刺し貫く刃となる。
許されないことをした。
贖いきれない罪を犯した。
謝って許されるわけがない。
さらに今、新しい罪を抱えた。
七海の話が真実なら、
僕の負の情念を糧に、
とんでもない悪魔が生まれ、
大破壊を振りまく。
もう、僕に生きる価値なんてない。
世界に迷惑をかけてばかりの、どうしようもないクズだ。
この世界にとって、間違ってもプラスではない。
ゼロですらない。
極大のマイナスだ。
それならいっそこのまま……
「アキト!!!」
七海の大声に、僕ははっとなる。
「いい、よく聞いてアキト!
なぜ、私がこの話をあなたにしたかわかる?」
「……なぜ?」
「それは、あなたなら、いいえ、あなたと私なら、絶対に乗り越えられると思ったからよ!」
「……どういうこと?」
七海にまで迷惑をかけているのだ。
それならいっそ一人で静かに死んでいきたい……
それが、偽らざる僕の本音だ……
「私が、あなたを守るから。
だからあなたは大丈夫なのよ、アキト……
私は、この剣に誓って、あなたを守る」
七海は剣を胸元まで引き上げた。
「僕には、守る価値なんてないよ」
「いいえ、それは違う」
「でも!」
「でもじゃない!」
「……」
七海の剣幕に、僕は押し黙る。
「きっと、あなたはこう考えていると思うわ。
"僕には生きる価値なんてない。
世界にこれ以上迷惑をかけたくない。
一人で静かに死にたい"」
「!」
驚いた。
七海は、僕の考えていることが手に取るようにわかっていた。
「でもね、その考えは間違っているのよ、アキト」
「どうして?
世界にも、七海にも、僕はこれ以上迷惑をかけたくないんだ……」
今はそれだけしか考えられない……
「私がこの程度で迷惑なんて思うと思ったら、大間違いよ。
お節介が好きなのよ。
それに、万が一ILIMが出ても、私がいれば倒せる。
見たでしょ? 私が強いってとこ。
だからアキト、あなたは安心していいの」
なんて滅茶苦茶な理屈だ。
七海には何のメリットもないじゃないか。
「メリットならあるわよ。
あなたといれば、異世界の美味しい料理も食べられるし、魔術も何かと便利だしね。
私はただのお人好しじゃない。
意外と計算高いのよ」
……料理と魔術、それに自分で計算高いって……
ただの言い訳にしか聞こえない。
何も返答できない僕に、彼女は続けて話かける。
「それから、アキト、あなた、
私と出会う前に、大きな失敗か何かをしたでしょう?
それが原因で、自ら命を断とうとすら考えている」
「!!!
なぜそれを!?」
「そんなの、見ていればわかるわよ」
「……」
「よかったら、話せる部分だけでもいいから、教えてもらえないかしら?」
「……」
僕は迷った。
話すべきか、話さざるべきか。
話すということは、七海を僕の問題に巻き込むことになる。
話さないということは、七海を信頼していないと暗に告げることになる。
僕は七海を信頼していない、というわけではなかった。
しかし、彼女を僕の問題に巻き込むのは怖い。
「私を巻き込みたくない、とか思ってるんだったら、それも間違いよ。
もう十分巻き込まれに行ってるわ。
私自らね。
じゃないとあんなモンスター討伐してないわよ。
でしょ?」
さっきから一体どうなってるんだ?
この人は超能力者か何かか?
なんで僕の考えが次から次に読み取られていくのだろう?
「……わかったよ」
何を言ってもこの人には勝てないと判断した僕は、ようやく意を決した。
僕は水を一口飲み、話し始めた。
「僕は、人を死なせてしまったんだ。
それも、きっと大勢の人を……」
気付けば、最初の乾杯をしてから、随分と時間が経っていた。
虫の声ひとつしない静寂が、初夏の夜を支配していた。




