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第18話 飲み会②

「私が大学に入学した年の6月、世界は一変した」


 空になったグラスにブランデーを注ぎながら、彼女は語る。


「Invader Lurking In the Mind、心に潜む侵略者、

 通称 ILIM(イリム)

 地球に"アイツら"がやって来た」


ILIM(イリム)?」


「ええ。

 国連安全保障理事会は、緊急動議でもって、地球規模の脅威をそのように命名したわ。

 ああ、国連っていうのは国家の枠を超えた、全地球的な国家のつながりね。

 で、安全保障理事会っていうのは、その中でも特に力のある国家の集まりだと思ってもらえればいい。

 そんな組織が緊急動議を持ち出すくらいだから、全世界が一瞬で危機レベルの異常性を理解したわ」


「そんなに……?

 ILIM(イリム)って一体何者なの?」


「今でも正体は明らかではないわ。

 おそらく地球とは異なる次元から襲来した精神生命体だと、一般的には言われてる。


 アイツらは人知れず人間の弱った精神に巣食い、負の情念を糧として成長する。

 そして、宿主の精神から十分な負のエネルギーを確保すると、羽化する。

 羽化したILIM(イリム)は、人間を遥かに超えた力で、周囲に破壊を振りまく……」


「何それ……?

 ゴーストやデビルみたいな存在に近いのかな?」


「その可能性も否定できないわ。

 羽化したアイツらの姿は、悪魔や怪物の外見を模したものであることがほとんどよ」


「そうか……

 でも、七海の世界にはカガクっていう法魔術みたいな技術があるんでしょ?

 それで何とかできないの?」


「半分外れで、半分正解ね」


「どういうこと?」


「アイツらには、それまでに地球上に存在していた、一切の兵器が通用しなかったわ。


 初めてILIM(イリム)の存在が確認されたのは、日本から遠く離れたリビアという国。

 政治が崩壊し、複数の宗教が対立し、毎日のようにテロが起こり、住民は怯えて暮らしていた。

 そんな国だから、ILIM(イリム)が養分を蓄えるのに最適だったんでしょう。

 最初の宿主は、自分の国の惨状に絶望した、賢く優秀な政治家志望の若者だったと言われているわ」


「チキュウには、そんな悲惨な国もあるんだね……」


「ええ。

 人が人として生きる限り、争いはなくならない。

 動物として、遺伝子レベルに刻まれた本能に逆らうことは、どんな理性をもってしても完璧にはできないものよ。


 金や土地の奪い合い、思想の押し付け合い、食欲、性欲、支配欲、独占欲……

 人は様々な理由をつけては争いに走る。

 理由のために争っているのか、争うために理由をつけているのかすらわからない程にはね。


 ほとんどの政治家が、宗教指導者が、テロリストが、根本ではおもちゃが欲しくてだだをこねる子どもと大差ないわ。

 おもちゃが欲しいのか、欲しがってるうちに買ってもらうことが目的化してるのか、それともただ単に親にかまって欲しいだけなのか。

 どれにしても、だだをこねているという事実には変わりがない。

 人間という生き物は、そういうものよ」


 ブランデーの中を泳ぐ氷をつついて、液体濃度を均一に保とうとしている。

 そんな彼女の物言いは、辛辣だった。


「ただ、勘違いして欲しくないけど、私は人間が好きよ。

 私は人間であることに誇りを持って生きている。

 そして、今言ったような本能を秘めてることも、自覚してる」


「……そっか」


「と、話が逸れたわね。

 リビアに初めて出現したILIM(イリム)は、たった1体で大破壊をもたらした。

 もちろん、紛争地域だったし、人々は手当たり次第に反攻したわ。

 銃、ロケット弾、ミサイル、でも、そのどれもが通用しなかった」


「ジュウ、ロケット、ミカエル……?」


「科学によって造られた強力な武器よ。

 それで、事態の危険性を察知した、世界の警察を自称する最強国家が、戦略核と呼ばれる超兵器の使用に踏み切った。

 リビア国民を巻き添えにね。

 でも、ダメだった」


「……どうして?」


「そもそもILIM(イリム)は人間の負の精神エネルギーを糧として成長する。

 すなわち、その肉体を構成しているのも精神エネルギー。

 だから、物理的な攻撃は一切の意味を成さなかったのよ」


 精神エネルギー……

 マナのようなものだろうか?

 いや、負のエネルギーなら、もしかすると魔素に近いものかもしれない。


「なすすべなく、リビアがあったアフリカという大陸は暗黒化したわ。

 そして、原初のILIM(イリム)は、種を蒔いた」


「種を蒔く? ってどういうこと?」


「一部の人間をあえて殺さずに残しておくことで苗床とし、その人たちに自分の眷属の種子を埋め込んだのよ。

 人間を農場代わりにした、ってこと」


「それは、つまり……」


「ええ、人間の精神エネルギーを養分にして、仲間を増やしたわけ。

 アフリカには、大量のILIM(イリム)が跋扈するようになったわ」


 ちょっと理解が追いつかない。

 武器が通用しない謎の精神生命体が、人間を農場に?

 負の精神エネルギーを自分たちの養分として搾取するために?

 七海の話を疑うわけではないが、何かの悪い冗談であってくれた方が健康的だ。


「そんな状況だったから、世界は大混乱に陥った。

 物質的な世界に生き、物質的な豊かさを巡って争ってきた人間が、いきなり人間の負のエネルギーを養分として成長する精神生命体なんて未知の存在を相手に戦わなくちゃいけなくなったんだから、当然よね。


 世界の主な国々の指導者は、全国から人を集めて対抗手段を検討させた。

 優秀な科学者はもちろん、祈祷師、呪術師、自称霊能力者、UFO研究家、終末論預言者などなど。

 今まで誰にも見向きされない怪しげな研究をしてた人たちもたくさん集められたわ」


 眉唾ものの研究をしてる人たちに頼る……

 世界の命運を賭けるには、あまりに頼りない気がした。


「……でも、そこで奇跡が起きたわ。

 初めて世界から必要とされたことに喜びを見出し、死に物狂いで研究した有象無象の集団は、ある兵器の開発に成功した。

 それが、この子たちよ」


 そう言って、七海は自分の剣を指差した。


「精神感応型対ILIM特殊兵器、通称ミーディアム」


「ミーディアム?」


「ええ、兵器使用者の精神エネルギーを引き出し、纏うことができる特殊な兵器。

 これなら、アイツらにも対抗することができる」


 見た目は少し形が変わった普通の剣。

 もしかすると、昼間に魔素ごとモンスターを切断できたのは、この武器が七海の精神エネルギーを纏っていたから?


「ちなみに、ミーディアムはそれ単体では通常の武器と変わらないわ。

 ドライバと呼ばれる制御装置が、使用者の精神とこの武器をリンクさせている。

 この子の場合、柄の部分がドライバになってるわ」


「そうか……

 あの時、柄の部分から不思議な光が剣身の方に伸びていったのには、そういう理由があったのか」


「ええ。

 この兵器の開発に成功したおかげで、人類はILIM(イリム)の侵攻をアフリカ大陸内でなんとか食い止めることに成功した。

 時々、アフリカから飛来する奴もいるけど、私のようにミーディアムを使える人間が国連軍に集められ、速やかに殲滅に向かうようにシステム化されたことで、大きな被害も減ったわ」


 そう言って、七海は愛おしげに剣を撫でている。


「そうして私たちはなんとか均衡状態を作り上げることに成功した。

 ただ、人間社会そのものは激変したの。

 隣人の中から突然得体の知れない怪物が出てくる可能性があるという事実は、普通に暮らす人々にとっては恐怖でしかなかったから、各国政府も対応せざるをえなかったわ」


「対応って……

 現実的に難しい気がするけど……

 いつの間にか人の精神に寄生するような連中が相手でしょ?」 


「そこで科学の出番。

 人間の精神状態は科学の力を使えば数値化することができる。

 気分が良ければプラス、悪ければマイナス、って具合にね。

 日本では、その数値を一瞬で計測する機械を制作し、警察に保有させた」


「それって、もし計測してマイナスだったらどうなるの?」


「特殊な施設に収容される。

 そこで精神状態をプラスに保つための訓練を受けることになる」


「……」


 もし、今の僕が地球にいたら、間違いなくその施設とやらに入れられるだろう。


「けれど、その訓練は決して厳しいものではないわ。

 本人に前向きになってもらうためのものだからね。

 アイツらも、負の精神エネルギーを蓄えさえしなければ、外に出ることはないから。

 抜本的な解決策ではないけれど、応急処置としてはそれで十分なのよ」


 いったい、どんな訓練なのだろうかと、僕は少し気になった。

 七海は、ブランデーを半分まで飲み、ことんとグラスを置いた。

 

「で、問題はここからよ。

 アキト、あなたには落ち着いて聞いて欲しいの」 

 

 そして、急に真剣な表情をこちらに向けた。

 大病を患者に宣告する医者のようだ。


 ごくっ


 あまりの真剣さに、僕は口の中に溜まった唾を飲み込んだ。




「もう一度言うわ。

 落ち着いて聞いてね。


 ……実は、あなたの中に、ILIM(イリム)がいる可能性があるの」




 僕は、自分が何を言われたのか、一瞬、否、しばらくの間、理解できなかった。

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