第6章 火曜 13:30〜(第一の痕跡と第二のブツ)
第6章:火曜 13:30〜(第一の痕跡と第二のブツ)
午前11時半にバックルームのゴミ箱から『コンドームの空き袋』が見つかってから、約二時間。
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長山店長は完全に正気を失い、スタッフを代わる代わるバックルームへ呼び出しては、支離滅裂な「取り調べ」をグルグルと繰り返していた。
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僕自身、最初は「ズボンを脱がせた」ことであらぬ疑いを掛けられかけたものの、遥ちゃん本人が「山田さんは更衣スペースの向こうで数分で綺麗に縫い合わせてくださっただけです! 私は一切触れられていません!」と凛とした声でキッパリ証言してくれたおかげで、容疑者リストからはあっさりと除外されていた。
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(ふっ……当然だ。遥ちゃんを守ったのはこの僕なんだからな。僕と彼女の間には、店長や新田には理解できない『固い絆』があるんだ)
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午後13時30分。
店長による聞き取りで、僕がバックルームに呼ばれるのはこれで「3回目」となった。
ただし、今回の僕はもう容疑者ではない。
事件解決に向けた『協力者』であり『探偵役』としての呼び出しだ。
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「山田……頼むから本当のことを言ってくれ……っ!」
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パイプ椅子に座らされた僕の前で、店長はオロオロと室内を往復しながら爪を噛んでいた。額からは嫌な汗が吹き出している。1回目、2回目に呼ばれた時よりも、明らかに目の血走り方が異常だった。
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「昨日の夜、君は笠原と最後まで残って締め作業をしていただろう!? 笠原がバックルームで何か怪しい動きをして不貞を働いていなかったか!? あるいは……君の知らないところで笠原が、遥ちゃんに対して何か……っ!?」
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「違います店長! 何度言ったらわかるんですか、笠原がそんなことするわけないでしょう!」
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僕は呆れたように溜息をついた。店長のオドオドとした支離滅裂な疑いに猛烈な不快感を覚えながらも、脳内では自分都合の正義感が激しく燃え上がっていた。
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(店長は保身のために、誰でもいいから犯人を作り出そうと必死だ……。さっき僕を疑って失敗したからって、今度は風邪で休んでいる笠原に濡れ衣を着せようとするなんて……本当に情けない男だな)
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今も二階の売り場で怯えているであろう遥ちゃんの顔が浮かぶ。
(大丈夫だよ、遥ちゃん。僕だけは君の味方だ。僕がこの手で君のチノパンを完璧に縫い直してあげたように、この醜い疑心暗鬼からも僕が必ず君を救い出してみせるからね……!)
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昨夜、彼女の生足で自慰をしてしまったという後ろめたい罪悪感。それが今や、「裁縫セットで彼女を救い出した真の理解者でありヒーローだ」という猛烈な自惚れへと完全にすげ替わっていた。
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「はぁ……もういい。山田、次の一階掃除をしてる新田をここに呼んできてくれ。あいつのあのヘラヘラした態度も怪しいんだ……」
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店長に言われ、僕はバックルームを出て一階へと階段を下りて行った。
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「おい新田、店長が呼んで――」
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「や、山田先輩……ッ! マジで……マジでヤバいッス……っ!!」
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一階の奥、男子トイレの前まで行くと、新田が個室の入口で、トイレの小さなゴミ箱を抱えたまま固まっていた。顔はひきつり、完全に蒼白になっている。
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「これ、見てください……! 誰かがトイレのゴミ箱に、ぐるぐる巻きにされたトイレットペーパーと一緒にポイって捨てていったみたいなんスけど……」
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新田が差し出してきたゴミ箱の中を覗き込む。
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一番上に、ぐるぐる巻きにされたトイレットペーパーの塊と、半透明の何かが乱雑に捨てられているのが見えた。
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「なんだよこれ、ただのゴミじゃ――」
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ぐるぐる巻きにされたトイレットペーパーに混じって、何やら白っぽく濁った液体の入った「袋のようなもの」が目に留まる。 僕は怪訝に思い、ゴミ箱の上からそれを無造作に指先でつまみ上げた。
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ぐにゃりとした、生ぬるく濡れた、妙に弾力のある感触。
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その瞬間、指先に伝わる異様な重みと、半透明のゴムの結び目、そして中に溜まった濁った液体の正体が脳内で一気に結びついた。
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(――使用済みの、コンドーム……!?)
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「うわあああっっ!!! 汚ねえっっ!!!」
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体中に鳥肌が立ち、僕は反射的にそれを放り投げた。
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ブツはペチャリと個室の床に落ち、湿った音を立てる。
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「ちょっ、山田先輩! 投げないでくださいよ、床に直はヤバいッスって!!」
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新田が悲鳴を上げながら、慌てて掃除用具入れから持ち出したトングを手に取り、床に落ちたブツを恐る恐る挟み上げた。トングの先で、ぐにゃりと歪んだ生々しいゴムが、濡れたペーパーの残骸を伴って持ち上がる。
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「これ……! 本物の……使用済みのブツ……!? なんでこんなところに……!?」
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「個室のゴミ箱の一番上にポイって捨てられてたんスよ……! 俺、マジで関係ないッスよ!?」
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僕は自分の指先をズボンで激しく擦りながら、戦慄していた。一階男子トイレのゴミ箱の一番上から、「本物のブツ」が発見されたのだ。
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「知るか! とりあえず店長に見せるぞ!」
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僕と、トングでそれを持った新田がバックルームへ駆け戻ると、店長は悲鳴を上げて膝から崩れ落ちそうになった。
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「ひっ……! ほ、本物……!? 使用済みのブツ……!?」
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ガタガタと激しく震え出す店長。
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「やっぱり……! やっぱり店内で……遥ちゃんに対して、そんな破廉恥で凶悪な行為が行われていたんだ……! バックルームで空き袋が破られ、本物はトイレに捨てられていた……! 辻褄が……辻褄が合ってしまうじゃないかぁぁっ!」
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店長の頭の中で、「空き袋」「遥ちゃんの破れたチノパン(※山田が縫って修復したものの、破れたという事実)」そして「トイレの使用済みのブツ」が、最悪の形で結びついてしまった。
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「これはダメだ! でも警察なんて呼べるか!! 店舗でこんな性的事件があったなんて本部やニュースになって世間に知られたら、俺は一発でクビだ! 店の評判も終わってしまう……!」
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店長は狂ったように頭を抱え、血走った目で新田を激しく睨みつけた。一度僕を疑って失敗しているだけに、店長の疑いの矛先は完全に新田、そして不在の笠原へと絞られていく。
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「新田……! お前だな!? それとも笠原か!? 全員……順番に問い詰めてやる。警察を入れない代わりに、この中で誰が遥ちゃんに手を出し、このブツを捨てたのか……自白するまで、絶対に帰さないからな……!!」
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個別の尋問によって店内に不信感が伝染し、密室と化した古本屋で逃げ場のない泥沼の尋問劇が幕を開けた__。
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第7章へ続く




