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3話 良い知らせと悪い知らせ

 澪の仕事は、主に深夜アニメ、コンシューマーゲームにアプリゲーム、個人ラジオ。これらを中心に作品関連の配信・イベント出演、ときには役名義でのボーカルレコーディングも入る。他にも単発ものとして、ドラマCD、オーディオブック、朗読劇、企業ナレーションなどがあった。引っ張りだこではなくとも堅実に仕事を取っている。出演数のわりには主役数が多く、知名度もまあまあ高い。


 事務所の会議室。澪は長机にノートと筆記具を置き、パイプ椅子に座っていた。向かいには二十代後半の男性がいる。マネージャーの三好だ。出会った頃は新人マネージャーだった彼も、今ではすっかり風格を身に着け、受け持つ声優も年々増えていた。


「澪。いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?」

 三好がこう尋ねるときは、往々にして両者のレベルが釣り合っている。澪の答えはだいたい同じ。

「悪い知らせで」

「ではまず、『ゴールリング』の話をしようか」

 バスケットボールに励む男子中学生を描いた少年漫画。テレビアニメのオーディション案内が来ていた。大人気作、深夜アニメには珍しい一年間の放送尺と好条件が揃っており、事務所も慎重になっている。通常は会議でオーディション受験者を決めるところ、予選審査まで行う徹底ぶりだ。その合否を待っていた。


「結果、早かったですね。受けたばかりなのに」

 そんなにダメだったのだろうか、あるいは、よっぽどいい人がいたのかと考えていると、

「言いにくいのだが……。選考自体が白紙に戻り、澪は受けられなくなった」

 答えはそのどちらでもなかった。

「どういうことですか?」

「男性声優のみの採用にしたいと、制作側から連絡があったんだ」

「オーディション要項を出した後で、なんでそんな重要条件を」

「申し訳ないと平謝りされた。売り出し方で揉めて一度は固まったものの、やはりプラスアルファの利益を求めたいと覆されたようで」

「キャストイベントのためですか?」

「そうだ。イベント集客率を加味すると、やはり……という話に」

「納得できないと言いたいところですが、理解はできます。BL需要ありますしね……」


 「ゴールリング」はボーイズラブ人気が高い。本編の友情描写からカップリング妄想を楽しむファンがいた。一概には言えないが、こういった層は女性が本筋に絡むのを嫌う。イベントに赴くほど熱心ならなおのこと。


「事故に遭ったと思うしかない。つらいが割り切ってくれ」

(最初から受けられないなら落ち込まずに済んだのに。でもきっと、悩みに悩んだ末なんだ)

 結果的に切り捨てられてしまったとはいえ、制作側は安易にそうしなかった。苦渋の決断だったに違いない。向こうも割り切ったのだ。澪も受け止めるしかない。


「こうして足切りされる作品でなくても、実は不利に働いているんでしょうか」

 昨今は高音を出せる男性声優が増えている。声優が表に出る時流とも相まって、元から危機感はあった。「好きなキャラの中身が女性でショック」といった声も聞く。澪はキャラクターと作品を愛してもらえれば良かった。中身(と言うのも本当はおこがましいが)まで無理に愛そうとしなくても。けれども、それで商機を逃す作品だってあるだろう。


「多少は影響していようが、実力でひっくり返せる範囲だと思う。だが、今回のような事態が起きえない別の居場所も持つべきだな。女性役もできるようになる、子供向けアニメや外画に踏み込むなど……。後者は近いうちには難しいけど、チャンスをあげられるようにこちらも頑張るから」


 朝夕枠の少年役はまだまだ女性起用が主流だ。幼い子供ならば声優自身の性別を気にしないだろう。イベントよりも玩具の売上が「プラルアルファの利益」となる。ところが、中堅やベテランに回されがちで澪にはチャンスが少なかった。さらにこの手の作品を射止める女性声優は、得てしてヒロイン役もできる。

 実写作品の吹き替えも中身が意識されにくい。しかし澪の事務所はそちらの方面には強くなかった。あるにはあるが、幅広い役をこなしてきた中堅以降に振られる。現段階で現実的な「別の居場所」は女性役だろうか。


「ちょっと元気出ました。焦らず、できることを考えます」

「ああ。というわけで。いい知らせは、先方からの指名での女性役オーディションだ」

 「澪に受けてほしい」と直接依頼があったということだ。三好は鞄から資料を取り出してテーブルに乗せた。見知ったタイトルが目に入る。


「解呪迷宮。もうアニメ化するんですね」

「アニメ化を見越した企画だったからな」


 コンシューマーゲーム・「解呪迷宮のアリス」は女性向け恋愛アドベンチャー。いわば乙女ゲームである。澪は原作制作時にメインヒーロー・ヘンリーの子供時代役で落ちている。智紀が子供時代と成長後の姿を一人で演じ分けた。ヒーローの他、脇を固める役も原作時に決まっている。ただ一つの空席は主役。乙女ゲームの多くがそうであるように、この作品にも主人公のボイスがなかった。


「役は主人公のアリス。原作に落ちた人の中から選びたいと声をかけていただけた。なんとテープオーディション免除で」

 ヘンリーで受けていなかったら、制作側のこだわりがなければ。この話は澪には回ってこなかった。ヒロイン役の指名オーディションなんてまずもらえない。さらりと付け加えられた「テープオーディション免除」も破格の条件だった。事務所内選考に次いで一次審査もパスできるというのだから。


「頑張ります。原作と柴田さんにリベンジするためにも」

 先日のリベンジも込みだ。案の定、クロード役は智紀が手に入れた。エミールには別の声優が選ばれ、狙っていた一人二役は実現しなかったが。落ちた澪はかろうじて端役に拾われた。


「彼はなかなか手強いけれど、参考にはなるだろう。よく一緒にいることだし」

「そうですね。最近は共演が重なって、関わる時間も増えています」

「わかっていると思うが、付き合い始めたら一報入れるように」

「そんなんじゃないですよ」

 智紀からの好意に気づいている上で、あえて否定した。関係を確定させたくないからだ。それでいて、探りを入れてきたのが若い女性ならここまではっきり言わない。曖昧に濁しつつ親密さを匂わせる。


「そうか? でも二人で食事や映画は」

「……は行きますけど」

「まあいいや。話を進めよう」

 次の予定がある。余計な話をしている暇はない。

 澪は二度目の説明を受けて、今度こそは受かるという思いを強くした。



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