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2話 メッセージ動画と生配信荒らし

 ある日、帰宅した澪は、家事を終わらせてから仕事の準備に取り掛かった。ラグマットを敷いたフローリングの上。ローテーブルに置いたノートパソコンでアフレコの映像チェック(予習)をする。


 一通り済ませるとブラウザを開き、プチプリの公式ページにアクセスした。解散が発表された日、メンバーからのメッセージ動画が公開された。これを見るにはエネルギーが必要だ。

 キッチンで紅茶を淹れてパソコンの前に戻ってきた。ポーションミルクと角砂糖を落として、スプーンでかき混ぜる。少し飲んでから再生ボタンをクリックした。


『みなさん、こんばんは。私たち――』

『プチジュエル・プリンセスです』

 陽南子の第一声に続き、三人の声が重なる。

『発表にありました通り、私たちプリジュエル・プリンセスは三月をもって解散します。メンバーそれぞれの将来を考えた、前向きな決断です』

 真ん中の陽南子が発表内容を要約した。サイド編み込みにしたミディアムヘアは、いつも通りに彼女の愛らしさを際立たせる。

『突然のお知らせで驚かせてしまってすみません。ですがどうか、私たちを最後まで見届けてください』

 右隣の菜摘が口を開く。セミロングの巻き髪を揺らし、凛とした様子でファンへの願いを口にした。

『ファイナルライブの舞台はなんと、武道館です。皆様のおかげでついに辿りつくことができました』

 おっとりした声で夢の舞台を語るのは雪奈だ。ストレートの艶やかなロングヘア、上品な仕草はこんなときでも変わらない。

『ずっと目標だったから、絶対いいライブにしたいよね』

『私たちならできるよ。これまでの集大成として最高のパフォーマンスをお届けしますので、応援よろしくお願いします!』

 昔からの目標だと強調する菜摘と、まとめに入る陽南子。あっという間に終了した。


 スマホを開き、あの日から遠ざかっていたSNSにも目を通す。きっちり三人分。今までの感謝、念願の武道館への意気込みを綴り、アイドル活動をやりきって次のステップに進むと締める。三人の投稿内容は大きく変わらなかった。ファンを落ち込ませないようにとの配慮が随所に感じられる。だが、どうして落ち込まずにいられようか。


(ゆっきーたちの意志だとしても、やっぱり解散してほしくないよ)

 スマホからもパソコンからも離れようとすると、壁掛け時計が目に入った。そこではたと思い出す。智紀が出演するアニメのキャスト生配信がもうすぐ始まるのだ。気分転換にはちょうどいいだろう。


 ティーポットから紅茶を注ぎ足すと、配信が開始された。画面右側にはコメント欄がある。出演者は時折コメントを拾い、トークを繰り広げていった。

「あ……」

 澪の目に一件のコメントが突き刺さった。智紀が映ったときに「ゴリ押し声優」と流れたのだ。それからもいくつか似た中傷が浮かぶ。

 智紀は人気作の人気キャラクターでデビューしたのだが、一気に脚光を浴びた分、昔からあれこれ言う者はいた。


 一部の中傷は気にせず番組は続く。しかし、「顔だけのくせに。声より顔で売ってる」という投稿に、ファンが反応してエスカレートし始めた。

 アイドル路線で容姿を売りにする声優もいる。それでも「声より顔」ということはないだろうが。

 智紀は目立つ容姿でありながら、そうした活動をしていない。「あれだけイケメンなのに、それに頼らないのがかっこいい。演技一本で勝負するストイックさが好き」と好感を持つファンがいれば、「媚びてませんアピールが気持ち悪い」と毒づくアンチもいた。


 コメント欄がアンチとファンの争いで乱されてしまう。出演者はプロとしての態度を貫いているが、客観的には無視できるレベルを超えていた。

(もうやめて)

 澪はキーボードに指を乗せた。中傷に反論したいのは山々だ。けれど騒ぎに加担することになる。


 放送に沿ったプラスのコメントを考えているうちに、またアンチが書き込んだ。「正所属だからって調子乗りすぎ」と。澪の手が怒りに震える。これは一般人のアンチではない。声優、それも智紀と同じ事務所の、おそらくは同期だろう。よくよく振り返れば、妙に内部事情を知っていそうな気配があった。


 澪の事務所はさほど大きくない。毎年の採用人数は少なめで、採らない年もあるほど。だから澪は事務所内に同期がいない。一方、智紀は大手事務所に所属している。所属人数が多く内部競争も激しい。明確な身分制度まであった。移籍の場合を除き、所属二年目までは「仮所属」の身分で、三年目からは実績次第で「正所属」に昇格できる。智紀は同期の中で唯一の正所属だった。


(この人は絶対、正所属にはなれない。実力で勝負せず卑怯な手を使う人間には)

 強い不快感を覚えた。別のウィンドウで智紀の事務所のホームページを開く。何人もいる同期から犯人を探し出せるわけがないが、躍起になっていた。

 そうこうしているうちに、運営が対処したのか荒らしは消えた。澪はほっとして冷めた紅茶を口にした。一切顔に出さなかった智紀を見る。まだ少し胸が痛んだ。

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