12話 宝石箱イベント
智紀は今、イベント会場前の公園にいる。噴水を挟んで向こうのベンチにもプチプリファンが座っていた。
「プチジュエル・プリンセスの宝石箱・出張版イン大宮」。急にチケット追加販売が決まったものだから、智紀は興奮した勢いのまま澪を誘った。バーでの一件を引きずって気まずくならないうちに、次の約束ができて良かったかもしれない。
ファンの話し声を背景に、鞄からチケットを取り出す。二枚。宝石のイラストとともに智紀の名が印刷されている。連番相手の名は載らない。これに智紀はほっとし、同時にがっかりもした。智紀は澪の本名を知らない。いつだったか澪がおすすめの飲食店を予約してくれたときも、予約名は当たり前のように高倉だった。
どの範囲まで明かしているのか気になり、共通の知り合いに探りを入れたこともある。事務所内の声優でも知らない様子だった。それこそ所属前から面識がない限りは。あの少数精鋭の事務所で、養成所在籍時期が被る現役声優は絞られる。ぱっと思いつくので沙耶ぐらいか。とにもかくにも、本名は厳重に隠されている。それだけはわかった。
だからつい考えてしまう。連番相手の名前も必要だったらと。それで知れても嬉しくはない。打ち明けられるにしろ尋ねるにしろ、本人の口から聞きたい。それなのに知りたい欲で揺らぐ。チケット一つでここまで悩めるとは。映画のような無記名チケットならどうもしないのだが。
元に戻してスマホを見ると、矢部からメッセージが来ていた。自分の分まで楽しんでこい、幸せのおすそ分けとして会場の写真が欲しい。そんな文面で。チケットが取れたのは結構な幸運だったらしく、随分と羨ましがられた。
智紀はベンチから立ち上がり、カメラを起動した。遠目に会場を捉える。低い太陽に邪魔されたからもう一枚。逆光を上手くかわして撮った瞬間、
「柴田さん」
シャッター音と背後からの声が重なった。
「おはようございます」
振り返った先には、見慣れたチェスターコートを着た澪。雪奈に合わせたエメラルドのネックレスが首元で光る。
「おはようございます」
「記念撮影ですか? 私もやろうかな」
さっそく澪もスマホを構えて撮り始めた。
「自分用でもありますが、人に送るために」
「人に?」
「同期の一人がプチプリのファンだったんです」
「本当ですか! 詳しく」
会場に向かって歩きながら話す。これは直接伝えたかった。澪に背中を押されたのだから。
「偶然ひなのグッズが見えて話しかけてみたら、プチプリのことも他のことも話せました。僕が勝手に避けていただけで、話しやすい人でした」
「すごいじゃないですか! わたしが言うのもなんですが、切り出すの勇気いったでしょう」
「高倉さんのおかげで行動できました」
「わたしは何もしてませんよ。……そうだ。ファイナルライブ、その人も誘ってみるのはどうですか?」
「いいですね。矢部さんという方なんですけど、ご存じですか?」
矢部はわりとあちこちで端役経験を積んでいる。ひょっとしたら澪ともどこかで出会っているかもしれない。
「柴田さんと『あやかし大江戸町へようこそ』で共演されていた方ですよね。お会いしたことあります。多分沙耶さんも」
真っ先にタイトルを挙げられて驚く。出演していない作品の端役がぱっと出てくるものだろうか。もちろん観てくれているのは嬉しい。
「お知り合いでしたら話が早いですね。あやかし大江戸町のこともご存じとは」
「リアルタイムで観ていますから」
「深夜二時半からなのにですか?」
「前までは録画に頼ってたんですけど、最近は……最速視聴してますよ」
やや含みのある言い方だったが、澪は明るく続ける。
「でも本当に良かったです。もっと仲良くなれたらいいですね」
だから智紀も気にしないことにした。
「実は、今度メインキャストでの共演も決まっています」
「なんと。それじゃあ今までより接点増えますね。あ、開場したみたいですよ」
澪が指差す方を見ると、遠くにできている列が動きだしていた。入場受付が始まっている。
「高倉さん。チケットです」
「ありがとうございます。わ、今回もかわいいデザイン」
「紙媒体ならではですよね」
なんて知ったふうな顔をするが、電子チケットならシステムの都合で本名がわかるのにと思わないでもない。
(でも、手元に残るありがたさはあるな)
行列に並ぶ。入り口でチケットをもぎられ、半券は大切に仕舞った。
大宮駅から徒歩三分のこの複合施設には、大小のホールや展示場があり、声優として馴染み深い。プチプリのイベントでは初めての会場ながら、勝手知ったるといった感じだ。
大ホールは作品イベント、展示場はお渡し会なんかで使わせてもらった。小ホールには朗読劇の思い出がある。昨年度の十二月に上演した「星明かりトライアングル」の。ダブルキャスト制の公演で、澪とは同じ役を演じた。
今回の舞台は大ホール。智紀たちの席は下手寄りの二階席後方である。斜め上から全体を見渡せる位置だった。
コートを脱いで荷物は座席下に置く。ペンライトを用意する澪の動きが不自然だった。コートでトートバッグの口を隠してなにやら確認している。中身の見当はつく。何を隠そう、今日はバレンタインデーの前々日である。そんな日に二人きりなのだから期待してはいた。気づかないふりをするも、そわそわとした気持ちの一端は漏れていたかもしれない。
流れていた音楽がフェードアウトし、暗くなった。手元のペンライトを赤く灯す。澪は二本あるうちの一本を緑に、もう一本を沙耶の分として青にしていた。ルビー、エメラルド、サファイア。会場中が見慣れた三色に染まる。
「みなさーん」
舞台袖から陽南子の声が聴こえて、
「こんにちは~! プチジュエル・プリンセスです!」
彼女たちはステージへと飛び出した。イベントTシャツにフレアスカートというラフな格好で。ライブのアンコール衣装のようだが、番組イベントではこれが基本だ。Tシャツの襟についたピンマイクが声を拾う。陽南子を挟んで下手側に雪奈、上手側に菜摘で並んだ。
「のんびり屋だけどしっかり者。愛と癒しを届けるよ。エメラルド担当、瀬野雪奈です」
おなじみの口上は雪奈から。三つ編みをお団子にして後ろでまとめた髪型は、上品な雰囲気とよく合っている。
遠くまで見渡して手を振る彼女に、澪も嬉々として手を振り返す。
「クールに見えて情に厚い? みんなの憧れお姉さん。サファイア担当、守原菜摘でーす」
続いては菜摘。巻いたポニーテールを強調するようなポーズを決めた。
「かわいいは私にお任せあれ。あなたの心を撃ち抜いちゃう! ルビー担当の久島陽南子ですっ」
締めに陽南子が、ウィンクと撃ち抜く仕草で盛り上げる。いつも髪を下ろしているから、耳の下での小さなツインお団子が新鮮だ。
「改めまして、『プチジュエル・プリンセスの宝石箱・出張版イン大宮』昼の部へようこそ!」
勢いそのままに陽南子は続け、
「私たち三人が様々な企画に挑戦するバラエティ番組。久々の出張版です」
途中で菜摘にバトンタッチした。
本当に色々な形式でやってきた。あるときはアナログゲームに興じ、またあるときは観客参加型のビンゴ大会を開き。最後のイベント企画には何が選ばれたのだろうか。
テーマ発表の前に、陽南子がオープニングトークとして話題を振る。
「ここは雪奈の地元ということで。どう?」
「そうだね。埼玉県でのライブやイベントは今までにもあったけど、生まれ育った大宮に来たことはなかったから。嬉しい」
「おすすめのスポットとかある?」
「えっとね、ここから歩いて十分足らずかな。情報文化センターの三階にあるプラネタリウムがおすすめ。なんと学芸員さんが生解説してくれます」
菜摘の質問に手振りを交えて答える雪奈。すぐ近所を挙げてくれるとは優しい。
「いいね~、生解説」
「今時なかなかないよね」
感心する陽南子と菜摘の脇で、スタッフがなにやら準備し始める。
「回によって、担当の学芸員さんによっても全然違うから、何度でも楽しめるよ。みなさんも是非行ってみてください。あ、プラネタリウムの施設は三階ですが、受付は五階にあるので注意です」
雪奈が喋り終える頃には、彼女たちの後ろにセットができていた。カメラが寄らないと詳しくはわからないが、長机の上には調理器具らしきものが見える。智紀は、料理をするから全員まとめ髪なのかと納得した。
「さて。今日は解散を発表してから初めてのイベント。しんみりした気持ちの人も多いかもしれないけど、そんなあなたも笑顔になれる企画を持ってきました」
ほどほどのところで陽南子から本題に入った。
「明後日はバレンタインデーですよね? それにちなんで――」
「お菓子を作ります! メニューはこちら」
菜摘の振りを雪奈が繋ぎ、スクリーンに注目させる。「ケーキポップ」という単語がまさにポップな書体で現れた。
「……ってなんでしょうか」
智紀の口から疑問がこぼれる。
「あれですよ、ベビーカステラにチョコをかけたやつ。串刺ししてロリポップ状にするんです」
「なるほど」
澪に教えられて想像できた。確かにそれなら見たことがある。まだピンときていない観客も多そうだった。
「もしかしてみんなケーキポップわかんない?」
呼びかける陽南子に声を上げる客、挙手する客。反応は様々だ。
「簡単に説明すると、チョコレートでコーティングした一口サイズの丸いケーキです。今回はたこ焼き器で作ります」
雪奈がわからない人に解説するも、別の意味でざわついた。
実は、番組本編でたこ焼きパーティーをしたのだが。まあ酷い有様だった。料理上手な雪奈がいるにもかかわらず、綺麗に固まらない生地、包めず飛び出す具。バラエティ的には面白いネタ回となった。後日プライベートで再挑戦しても、微妙だったというオチもつく。陽南子に「私たち関東人だから、たこ焼きとは相性が悪い」とまで言わしめた。
「ほらそこ、露骨に不安そうにしない。身構える気持ちはわかるけど」
菜摘の観客いじりでどっと笑いが湧く。
「たこ焼き器を使うだけでたこ焼きじゃない。この違いは大きいよ」
あのとき一番のポカをした陽南子の言葉は信用ならないけれど。それも含めて観客の期待値は上がっていった。
エプロンをつけ、消毒した手にビニール手袋をはめて、流れるように調理スタート。雪奈と菜摘は生地作り。卵、牛乳、砂糖、ベーキングパウダー、薄力粉を計量して混ぜ合わせる。陽南子は板チョコを手で砕く。後で湯せんにかけるための下準備だ。ミルクチョコレートを砕き、ホワイトチョコレートに取りかかろうとしたとき、ふっと声を漏らした。
「割るの疲れてきたー」
「じゃあ交代しよっか。私ちょっと行ってくるわ」
「了解」
菜摘の提案に雪奈が頷く。
「菜摘ありがと。ミルクチョコは終わったから、後はよろしく」
「任された。そっちも頼んだよ」
こうして陽南子と菜摘が入れ替わった。
「雪奈、何すればいい?」
「じゃあ陽南子には小麦粉をふるってもらおうかな」
澪から見つめられているのに気づき、智紀は横を向く。
「メンバー同士で呼び合うとき、柴田さん幸せそうな顔しますよね」
「あだ名でなく名前なところがまたいいなと」
ファンに覚えてもらうためか、最初期の映像ではあだ名で呼び合っていた。だんだん変化して今の形に。変遷も込みで好きだ。
「名前呼び捨てはメンバーの特権かも。わたしでも『雪奈』呼びはためらいます」
「別にファンが呼んでもいいでしょうけど、僕もなんとなく避けていました」
小声で話しながら、澪の「雪奈」には少しドキリとした。智紀も澪に呼ばれてみたいし呼びたい。だが本名を知らないから、なんと呼べばいいのかわからない。
生地作りと下準備が完了し、ステージにたこ焼き器が現れた。番組でも使用した大きいたこ焼き器。三人で囲んでもゆとりがある。
ハケで油を塗り、少々温めてから生地を流し入れた。たこ焼きのときより量を減らして、中には何も入れない。それぞれ担当の場所を決めて焼いていく。
初めは綺麗な円形にならなかった。生地が張り付いてひっくり返せないなんてことも。
ネタ回の再来になるかと思いきや、雪奈がコツをつかんだ。
「慣れてきた?」
「うん。ひっくり返すときいったん上に持ち上げるといいかも」
陽南子に聞かれ、雪奈は目線を手元に落としたまま答える。
「こう?」
菜摘が実践すると、不安定ながらもちゃんと返せた。
「そう。空気を含んですっと下ろす感じで」
ここから全体的に精度が上がる。陽南子もゆっくりと習得した。大きくひっくり返した後は、数回に分けて小さく返し整える。形だけではなく生焼けも懸念材料だったが、安心して食べられそうだ。やはり具が入らないだけやりやすいのだろうか。
焼き上がったベビーカステラはパットの上で冷ましておく。思いのほか順調に進み、焼くのも三周目に突入した。今度は電気ポットが登場し、交代でチョコレートの湯せん係りをしながら二人で回す。そこで事件は起きた。
「あっ、やばい!」
雪奈の溶かすチョコレートを映していたカメラが、慌ててベビーカステラの方にズームする。陽南子がつついたそれは、形はまあまあでも見るからに焦げていた。火の通りにくい端のものは「このへんはしばらく放置で」と後回しにし、のちに回収していたはずが、どうやら一個だけ取りこぼしていたらしい。
「これはまずい……」
「チョコ塗ったら美味しくなるって。挽回できるできる」
しゅんとする陽南子に、菜摘が励ましの声をかける。
「丸ごと覆うから見た目も気にならないよ」
雪奈も「そのためのチョコ」と言わんばかりにボウルを持ち上げた。
「よし、じゃあデコレーションで取り戻す!」
この後まさに有言実行する陽南子。スティックに刺したベビーカステラをチョコレートで包み、華やかなトッピング材を散らす。アザランにチョコペン、カラーシュガー、ドライフルーツ。ふんだんに使い、個性豊かに飾りつけた。
陽南子はデザインのセンスがいい。ファッション以外でも発揮される。澪までもが「ひなの綺麗」と呟くほど。
ケーキポップは無事完成し、冷蔵庫で冷やすために舞台裏へ運ばれた。後で食べる時間を設けるという。
「さて、お次はライブパートです!」
陽南子がパンと手を叩く。
「私たちは準備をしてきますね」
「しばらくお待ちください」
菜摘と雪奈も続き、袖へ消えていった。
ステージ幕が下りてしばしの休憩に入る。トイレに立つ人もいた。智紀たちは座ったまま、どの曲をやるか予想し合う。そうしているうちに時間がやってきた。
赤、緑、青とそれぞれの担当色を基調にした衣装で、光り輝く陽南子たち。握ったマイクに歌声を乗せ、軽やかなステップを踏む。ライブ鑑賞といったら、声を上げたり動いたりして一緒に盛り上がるものなのだろうけど。智紀は見とれて立ち尽くしてしまう。体でリズムを取っていた澪が、「騒がしくしてごめんなさい」と言いたげにこちらを見る。気にしないの意を込めて手をひらひらと返した。
定番曲を詰め込んだライブは進む。コロコロとフォーメーションを変えながらも、陽南子はセンターポジションにいることが多い。歌だけなら雪奈の方が上手く、ダンスだけなら菜摘の方が上手いのにもかかわらず、アイドル力とでも言うのだろうか。それは陽南子が随一だ。智紀と同じ二十五歳なのに、永遠の少女のような振る舞いが似合う。女性としては智紀の好みではないけれど、きっと多くの人が求める理想のアイドル像だろう。
その才能を惜しみなくグループのために使い、仲間や周りの人間を愛し、愛されている。陽南子を通してしか見られない世界があった。でも、本当は智紀の手で切り拓ける世界なのだ。澪が教えてくれた。
ステージライトに照らされた先で、陽南子は客席にマイクを向ける。ファンの声を味わったお返しに投げキッスをした。
(矢部がいたら喜んだだろうな)
容易に思い浮かぶ。後で報告したくなった。
数曲が終わり、ステージは暗くなったまま。空白の時間が生まれる。ライブパート後、いったん捌けて出直す演出かと思えば、予想に反して曲が始まった。ありがたいことにまだ歌ってくれるようだ。
デビュー曲「宝石の魔法」を披露する三人には、大きな変化があった。ヘッドセットマイクをつけたことで両手が空いている。
結成当初のプチプリはヘッドセットマイクを使っていた。マイクトラブルの影響で、二年目からハンドマイクになった背景がある。初期の曲もハンドマイク用の振り付けに組み替えられた。それを今、原型版でやっているのだ。この時代を映像でしか知らない智紀でも感慨深い。
間奏部分で陽南子は「みんなー、びっくりしたでしょ~?」と煽ってみせた。
「ありがとう! 盛り上がってますかー?」
陽南子によって、ヘッドセットマイクのままトークに入った。
「いやぁ、熱いねライブパート。寒さも吹き飛ぶ」
パタパタと手で仰ぐ菜摘。雪奈も同じ動きをしつつ、「では」と進行する。
「会場は温まりましたが、ケーキポップはしっかり冷えて固まりました~。というわけで実食タイムです」
スタッフが机と椅子を配置し、さらにテーブルワゴンを押してくるも、三人の顔には疑問符が浮かぶ。菜摘がステージ前方のプロンプターを指さした。
「なんか出てる。えー、『ただ食べるだけではつまらないので、かわいくケーキポップを渡してもらいます』?」
繋いで雪奈も読み上げる。
「『小道具も用意しました。各自好きなように使って、お客さんをキュンキュンさせてください』だって」
ワゴンの中にはラッピング用品もあり、それで困惑していたらしい。サプライズ企画に客席は沸いた。
「相変わらず無茶振り好きだね、スタッフさん。薄々こうなる予感がしてたよ」
陽南子は頬を膨らませつつも、見るからに嬉しそうだ。
「まあせっかく作ったんだから、みんなに渡すまでがバレンタインってことで」
やれやれといった顔をする菜摘も乗り気のよう。
「だね。準備できた順でいこっか」
雪奈の声を合図に、おのおの取りかかる。
プロンプター越しのスタッフとのやり取りで、バレンタインデー当日という体で行うと決定。細かいシチュエーション設定は任せるとのこと。
一番乗りは雪奈だった。透明袋で一個ずつ包んだ多数のケーキポップ。包装紙とリボンでブーケ風にラッピングしている。小ぶりのクリアバッグに仕舞い、「バッグの中身は見えていない設定で」と前置きした。
「先輩と出会ったのも、今日みたいに寒い冬の日でしたね」
カメラが雪奈をアップで映す。その瞬間、観客は「先輩」になる。
「一目見たときから先輩のこといいなって思っていたんです。同じ時間を過ごすにつれて、もっと想いが大きくなりました」
そうしてケーキポップのブーケを捧げた。
「これが私の気持ちです。受け取ってください」
智紀にこの手のコーナーは刺さらない。この時間をライブパートかトークパートに回してほしいところだが。隣で喜ぶ澪を見ていると素直に嬉しい。
次なる挑戦者は菜摘だ。個包装した複数を透明な筒へと入れ、こちらも綺麗なギフトに仕上がっていた。
「やっほー。急に呼び出してごめん。勘のいいきみなら、なんで呼び出されたかわかるだろうけど……」
後ろで手を組んで隠していたそれを、一気に差し出す。
「はい。一応手作りで……一応本命だから。あーもう、そんなにじーっと見るな。一度しか言わないよ? ……きみが好き」
雪奈とはまた違うキャラクター性と状況作り。会場はさらなる盛り上がりを見せた。
陽南子は二人の健闘を称えながらも、ラッピングしては解いてを繰り返していた。
そして何も完成していないのに「お待たせしました」と言い、包んでいないままのケーキポップを一つ取った。あれは派手に焦がしたものだ。カメラがその後をじっくり追っていたからわかる。ホワイトチョコレートで塗り固めて、ピンクのチョコペンで小さなハートをたくさん描いた。ルビー、エメラルド、サファイアを思わせる、宝石のようなカラーシュガーで飾り付けた傑作。かわいらしく美しい一本をカメラへ見せつけ、
「おかえりなさい! お仕事お疲れ様」
まさかの行動に出た。
バレンタインチョコを渡すシチュエーションは、なにも告白だけではない。新婚設定でもありだ。陽南子だと幼な妻みたいだが、客にはむしろそこが受けている。
「今日はバレンタインだから、あなたのために作ったの。はい、あーん。ふふ、どう?」
客席から「おいしー!」と声が飛ぶ。
「実は焦がしちゃってるんだよね……。でもおいしいでしょ?」
食べさせてからの事後申告である。ちょっとした笑いも起きた。
「それはね、いーっぱい愛情込めたから。いつも愛を伝えているけど、改めて伝えさせて。あなたが大好き! 愛してる!」
雪奈は自分で役を作り客にも役を与え、演じるようにやってみせた。菜摘も雪奈に近い。陽南子は二人とは違い、自分のままでファンとの疑似恋愛を提供した。どこまでもアイドルな彼女が、アイドルでなくなったら表舞台を去るというのは、今思えばとても自然な選択かもしれない。
会場の熱気が最大値に達する。智紀は拍手を送りながら、早く澪からもらいたいと思った。告白シーンと甘々な結婚生活を見せつけられては、気持ちが急くのも仕方がない。
寸劇に使ったものは三人で交換し合い、他のケーキポップも含めて実食タイムに。さすがに全部は食べられないため、「残りは楽屋でスタッフさんたちといただきます」とし、締めの挨拶をしてイベントは終了した。




