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13話 星明かりトライアングル

「この後どうします? 何か軽く食べに行きますか?」

「それなら行きたいお店があります。前に沙耶さんと行ったパンケーキ屋さんなんですけど、この近くにも支店があって」

 という経緯で、場所は近くのショッピングモールに移る。ナチュラルモダンな雰囲気の店内は、お昼時を過ぎたおかげかほどよく空いていた。


「あー、楽しかったぁ。解散前にゆっきーの地元でやれたのも良かった……」

 澪はメニュー表を戻し、うっとりした顔になる。

「いい意味で解散前という感じはあまりしませんでしたよね」

 しんみりするでも無理に元気づけようとするでもなく、いつも通りを見せてくれた。さすがの安定感である。

「ええ。番組本編そのままの明るくおもしろい企画と、とびきりに盛り上がるライブパート。なんといってもヘッドセットマイク版『宝石の魔法』ですよ」

 これには智紀も同意だ。満場一致でライブパートのハイライトだろう。

「まさか生で見られる日が来るとは思いませんでした。両手振りならではのお気に入りポイントありますか?」

「二番Aメロの両手でハートを作るところですかね。柴田さんは?」

 ちなみにハンドマイクでは、片手でできる指ハートに変わっている。

「大サビ部分で輪になって回るところです」

 向かい合った三人が手を繋いで回るパート。ハンドマイクだと歌いながら手が繋げないため、左手を左隣のメンバーの肩に置いて回る。

「そこもいいですよね。わたしは、マイクの持ち替えや歌っていないときの扱いが好きなので、ハンドマイク派なんですけど。あれを見せられるとヘッドセットマイクもいい……」

「プチプリはどちらでも映えますからね……。叶うなら両バージョン見たいです」

「うわぁ、贅沢すぎる」


 見慣れていて愛着のある片手振りか、今やミュージックビデオで部分的にしか見られない貴重な両手振りか。考えるほどに甲乙つけがたい。どっちがいい、どっちもいい、と答えの出ない議論をしているうちに、注文したものが運ばれてきた。旬のオレンジとキウイのパンケーキ、季節を先取りした苺のパンケーキ。コーヒーと紅茶。対照的ながらいい取り合わせだ。


「そういえば柴田さんって、昔ダンスやっていたんですよね。どっちで練習してました?」

 苺と生クリームの乗ったパンケーキを綺麗に切り分けながら、澪は興味深そうに問う。智紀も甘酸っぱい味を楽しみつつ、当時について振り返った。

 歌とダンスはアイドルだけのものではない。声優にとっても身近な世界と言えよう。智紀の事務所は、養成所のカリキュラムに組み込むほど力を入れている。

「ヘッドセットマイク想定のレッスンでしたよ。まずは踊ることに慣れるために。最低限は両手振りに慣れていないと、片手振りもできないのではないかと。ダンスは本来、両手でやるものなので」

「なるほど。基礎ができていないと応用には進めない、みたいな」

「かじった程度の身で大それたことは言えませんが」

「いやいや、すごいですよ。言い方はあれですけど……そういった経験を捨てるのって、思いきった決断じゃなかったですか」

「葛藤はありました」

 運動神経の悪い智紀に適性はなかった。歌は下手ながらも進歩した一方、ダンスはからっきし。顔の良さと身長も平均以上はあることから、初めは期待されたのだが。弱点を見つけたとばかりにはしゃぐ者や、「踊れないくせに目をかけられている」と攻撃する者を見返すため、養成所時代は必死だった。

 所属後に事務所と何度も話し合い、ダンスレッスンをやめた。吉井は「これだけイケメンなのに踊れない声優は珍しい。逆に目立つ」と評する。できないことを個性とし、差別化に成功した。


「後悔はしていませんし、当時少しでもそういうことに触れていたから、プチプリを見つけられたのかもしれません」

 プチプリに惹かれた最大の理由は雰囲気の良さ。別にアイドルじゃなくても良かったはずだ。バンドでもお笑いグループでも。その中でアイドルグループを好きになったのは、実体験の影響が大きい。

「それは重要。ダンスやってくれていてありがとうございます」

 そう言われると大げさな気もするが、必要なものだった。今日この時間だって、何かが違えばなかったかもしれないのだから。


 パンケーキを味わい尽くし、感想も語り尽くしたところで。

「ゆっきーが紹介したプラネタリウム、行きませんか?」

 誘ってほしそうに見えたからというのもあるが、智紀も行きたくて誘った。プラネタリウムなんて、だいぶ前に一人で行ったきりだ。ナレーションの勉強がてら、事務所の先輩が出演するオート解説を見に行った。生解説は体験したことがない。澪がチョコを渡しやすいムードも作れるだろう。


「是非。行ってみたいです」

「決まりですね」

 すると、澪はさっと伝票を取った。

「ここは奢らせてください」

「いえ、でも」

「柴田さんはチケット取ってくれましたし、この店がいいって言ったのはわたしですから」

 澪の方が先輩で智紀の方が年上という関係からか、会計事情はわりとフェアだ。奢ったり奢られたり、割り勘だったり。それでも男性が奢るべきではとか、好きな相手には奢りたいとか考えなくはないけれど、厚意は素直に受け取った。

「ありがとうございます。ごちそうさまでした」


 ショッピングモールを出て情報文化センターへとやってきた。雪奈の案内に従い五階へ行く。券売機でチケットを購入したら、あとは投影時間を待つだけ。

 子供連れやカップルの他、さっきまでイベントに参加していたであろう客の姿も。近くで「ゆっきー」と聴こえると、反応する澪はかわいい。


 やがて三階のドームスクリーンに案内された。丸い投影機を階段状の座席が囲む。傾斜は激しくスクリーンは広い。上段ブロックの前列に座る。智紀たちの前後左右には誰もいない。

「ご来場のみなさまへご案内申し上げます」

 斜め後ろ、コンソール内から男性学芸員の声がする。彼はガラス越しに一礼し、諸注意を述べた。


 スクリーンに夜が広がる。四季の星空を巡るプログラムだった。春から順に、代表的な星とまつわる神話が語られていく。方角を変えてあちらこちらに星々が浮かぶ。春のスピカ、夏の織姫と彦星、秋のアンドロメダ座。

 星が一番綺麗に見える冬が来た。大気が澄んでいて空の透明度が高い。今の季節だからか、解説の時間も長めに取られているようだ。冬の星座といえば、オリオン座、おおいぬ座、こいぬ座。三つの星座から一番明るい星同士を結べば、冬の大三角のできあがり。


 朗読劇「星明かりトライアングル」にも冬の大三角が出てくる。少女一人に少年二人の三角関係ものだった。主人公の星奈(せな)、ヒーローの(あきら)、二人の友人でいわゆる当て馬役の大地。智紀と澪は大地を演じた。中学生にしては大人びた賢い少年。周りをよく見ており、星奈と明の気持ちにもいち早く気づく。本人たちも自覚できていない恋心を見逃さなかった。勝ち目がないと悟ってなお諦められなくて。隙に付け入ろうとし、一時は星奈の心を揺らすけれど。最終的には潔く身を引いた。


「『星明かりトライアングル』を思い出します」

 澪の小さな声が降ってきて、智紀は顔を少し横に向けた。

「同じことを考えていました。場所もちょうど大宮で」

「さらに冬の大三角とくればもう」


 稽古スケジュールがタイトで、もう片方の座組と関わる暇はなく。本番期間に入ってからお互いの様子を覗けた。

 オリジナル朗読劇ゆえにキャラクタービジュアルがない。役をイメージした衣装もなく私服で舞台へ上がった。観客に与えられる視覚情報はゼロ。作中の描写と声から想像するしかない。澪は観客に深く想像させる。智紀には大地の姿かたちが見えた。自分のよりもくっきりと。悲恋経験から当て馬ポジションは得意だったのに、叩きのめされた。残りの公演に力が入るも、納得いく出来にはならず。


 澪のことは前から気になっていた。役を生み出し育てるようなスタイルは個性的だし、なんといっても主役回数が多い。主演作のジャンルも幅広く、日常系からバトルアクションまで、あらゆる作品で真ん中に立つ。主役経験のない智紀からすれば羨ましい限り。しかしながら、ここまで悔しかったのは初めてだ。高倉澪の印象としては薄い、クール系統の役というのもまた堪えた。


 もっと上手くならなければ。刺激を受け、ここ一年でかなり成長した。デビューしたての頃から出ずっぱりだったと思われがちだが、それは担当キャラクター人気からくる錯覚に近い。明確に出演数が伸びたのはこれ以降である。知名度に実績が追いついてきたと言うべきか。一番の変化は青年役が増えたこと。

 少年役といえば、古くは女性声優のフィールドだった。歴史的に見れば余所者がここを主軸に生きていくには――他の軸が必要だ。青年役の経験は少年役にも生かせた。当たり前だが両者には連続性がある。成長過程を加味して役作りできる利点は大きい。

 澪の大地がなければ今の智紀はいなかっただろう。


「大地の最後の台詞を覚えていますか?」

 さっきよりも声をひそめて智紀は尋ねる。

 冬になったら三人でふたご座流星群を見に行こう。物語序盤、なんとなしに口約束をした。いざ見頃となったとき大地は遠慮する。結ばれそうで結ばれない二人の背中を押すためと、想いを吹っ切るために。

当日、直前になって星奈が「やっぱり大地も」と電話をかけてくる。明と結ばれたら大地を傷つけるのではないか。罪悪感から行動した。明には大地を傷つけてでも押し通す覚悟があったが、星奈にはなかったのだ。彼女の不安を拭い去り、星空デートに送り出すまでが大地の役目。

「はい。…………『いってらっしゃい』」

 智紀にだけ聴こえる小声であっても、しっかり大地の声だった。気丈に振る舞おうとした中に覗く悲哀が上手い。度合いも絶妙だ。主張しすぎず引きすぎない。台詞にはまだ続きがある。ここで区切った意味は……。

「『どうか、幸せに』」

 智紀も同じ声量で繋ぐ。リベンジできたかはわからないが、本番さながらにすっと感情が出てきた。

 この後に暗転。智紀と澪は静かに舞台から去る。カーテンコールまで出てこない。明が星奈に告白するラストシーンを舞台裏から聴く。冬の大三角とふたご座流星群によって彩られた、感動のクライマックスを。


 大地は告白できぬまま失恋した。なんという当て馬ぶりだろうか。名前からして皮肉である。星奈と明――「星明かり」の二人と、星から遠く離れた大地。遥か下から見上げることしかできないというのに、星空の下にはいられない。

「これを言ったら退場しなきゃいけないのに」

 澪は大地を想うように呟く。

「今は違いますね」


 パンフレットにて澪はこう語っていた。大地は星奈と明に負けないくらい幸せになる。強く愛した分だけ傷つき、それでも二人の幸せを願った人だからと。演技とともに心に残っている。


 澪を声優として意識するうちに、女性としても意識していく。あまり素を見せない彼女の一面を知るたび心が躍った。久しぶりに恋したかと思えば、またしても都合のいい扱いを受けている。さすがに学習するもので、キープされたら深入りしないようにしているのだが……できなかった。培った処世術を破ってでも貫きたい。これを最後の恋愛にする。まだこんなにも強い恋愛感情を抱けることに自分でも驚いた。


「――」

 下ろしていた左手にひやりとした感触があり、息を飲む。手の甲に澪の手のひらが触れている。座席のひじ掛けに隠れてよく見えないが、冷たくてやわらかい肌は本物だ。澪はときどきびっくりするほどあざとい。そんなタイプには見えないのに。

 智紀は、交際前に男性から触れるのはマナー違反だと思っている。しないだけで、澪からされて拒む理由はない。

(手を繋ごうとしたら、高倉さんは……)

 繋ぐ前に察知して離れるかもしれない。バーで押して引いてきたように。


 あの日、澪の好みを聞いて選んだアプリコットフィズ。いくつかの候補の中でカクテル言葉が決め手となった。ベタに口説いた自分も自分だと反省するものの、傷つかないわけがない。触れられ、一緒にいたいと言われ。次の瞬間に線を引かれた。そういうところをずるいと思いながら、どうしたって好きなのだ。

 いつまでもキープされているつもりはない。本気にさせる。同等の熱量で惚れさせる。そのためにはこの手をどうすればいいのか……。

「景色は変わりまして、この建物の屋上から見た風景です。時間は今から数時間後」

 広大な自然から一転、ビル街が映し出された。

 街中ではたくさんの星は見えないが、それでもちらほら見つけられる。冬の大三角も。

 解説を聞く間も手は繋げず、しかし寸分たりとも離れない。


「さて。名残り惜しいですが、そろそろお別れのお時間です。時計の針をここからさらに回して、明日の朝を迎えましょうか」

 しとやかな音楽を背景に、夜が更けて白み始めた。だんだん星が見えなくなる。


(離したくない)

 智紀は触れ合わせたままの手を返し、澪の手のひらを包む。指先がぴくりと動き、そっと握り返された――ところで朝が来た。

「東の空から太陽が顔を出しました。おはようございます。季節を巡り、明日の太陽を迎えましたところで、今回のプラネタリウムはおしまい。四十五分間、最後までお付き合いいただきありがとうございます」

 学芸員の挨拶も頭に入ってこない。他の客が去りだしてから、どちらからともなく手を離した。立ち上がる弾みで離れたとも言う。


「良かったですね」

 自然体を心がけるがぎこちなかった。

「ゆっきーがおすすめするだけはありました」

 澪も同じで、まるで雪奈を言い訳に使っているよう。率直な感想ではあるのだろうけど。

「……柴田さん」

 伏し目がちな瞳にどきりとする。静かな声は妙に色っぽい。

「まだお時間ありますか?」


 場所は変わって。噴水のある公園へ戻ってきた。

 自販機でジュースを買ってベンチに腰掛ける。会話は少ない。代わりにまだ手を繋いでいる感覚が続いていた。


 澪は缶ジュースを置き、おもむろに空を仰ぐ。

「今日はとても楽しかったです。イベントも食事も、プラネタリウムも。それで……。お礼も兼ねて」

 言いながら、トートバッグの中からギフトボックスを取り出した。ブラウンの包装紙に赤いリボンがかけられている。

「ちょっと早めのバレンタインチョコです。お口に合うといいのですが」

「ありがとうございます。大切にいただきますね」

 もらう気満々で待ち構えていたわけだが、いざもらえるとジーンとくる。


「本当はいつも感謝しているんですよ。仕事でもそれ以外でも、色んな経験を共有して、新しい景色を見せてくださって、ありがとうございます。また今日みたいに同じ時間を過ごさせてください」

 思わせぶりではない本音に聞こえた。温度差が縮まってきている。勘違いじゃない。

「こちらこそいつもありがとうございます。高倉さんとだからできたことがたくさんありました。また遊びにも行きましょう」

「次は……わたしから誘います」

「楽しみにしています」

(待っていていいんだ)

 澪からの誘いもあるとはいえ、デートらしいデートはいつも智紀から。そこに不満はなかったけれど、なんだか報われた気がした。

 澪がどこに行きたいと――いや、行こうと言ってくれるのか。今から楽しみでならない。

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