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10話 バレンタイン準備

 プチプリはライブの前に一件イベントを控えている。ネットバラエティ番組「プチジュエル・プリンセスの宝石箱」から生まれた、企画ありライブありのファンミーティング。フルライブより狭い会場で行う。時間もライブほど長くない代わりに、昼の部と夜の部の二公演やるのがお決まりだ。


 今回の会場は雪奈の地元・さいたま市大宮区にある。陽南子の出身地である都内、菜摘の出身地の神奈川と比べると、埼玉での開催頻度は低い。その上での出身区でのイベント。行きたかったが、チケットの抽選に外れていた。


 帰省から戻ってきた日の夜、なんと追加販売が決定した。機材開放席を先着販売するらしい。発表後、智紀から連絡が来た。自分が連番で取るから行かないかと。あんなことがあった後でも気軽に誘ってくれる。優しさが嬉しくて、ほんの少し痛かった。


 さて、機材開放席は若干数と相場が決まっている。時間ちょうどに販売サイトを開いても、一瞬で売り切れる可能性が高い。最後のイベントなのだから特に。智紀は「取ります」と宣言し、本当に取ってみせた。お互いの都合と合う昼の部のチケットを。澪はすぐ、智紀に電子マネーで代金を支払った。


 メッセージで当日の待ち合わせ場所と時間も決めて、澪は部屋のカレンダーに目を移す。来たるその日は二月十二日。バレンタインデーの二日前。

 もちろん、バレンタインについて何も考えていなかったのではない。チョコレートは元から渡すつもりだった。二人きりで出かけるとなれば、より良い渡し方ができるのではないか。


(少しでも素直になりたい)

 ただイベントに行くだけではない。二日早いとはいえ、バレンタインデートと言っていいだろう。特別な日にするためにまずは準備から。


「まさかチョコ選びに付き合わされるとはね」

「ご迷惑でしたか?」

「いいや。色々見るの楽しいしいいよ」

 仕事帰りに沙耶と落ち合った。駅ビルで開催中のバレンタインフェアについてきてもらうため。駅までの道をぶらぶらと歩く。


「柴田さんにだよね?」

 打ち上げの日以来、沙耶とは何事もなかったように接していた。お互いに掘り返さず、智紀の名も出さずに。

「……はい。あの日、沙耶さんは『その気がないなら』と言いましたが、その気はあります」

「そっか」

 たった一言に安堵と応援する気持ちを感じた。心配していたからこその忠告だったのだと今ならわかる。


「……告白するの?」

「え……」

「バレンタインってそういう日でしょ」

(告白なんて……できるのかな)

「できるものならしたいですが……。怖くて」

「怖い? 勝率百パーセントなのに?」

「確かにそうですけど。とても喜んでくれるでしょうけど……。それとは別なんです」

 振られる不安が全くない告白など、バレンタインに勝負する女性からはひんしゅくを買うだろう。どれだけ恵まれているかは理解している。


「うん。まあ私としては、澪がこういう形で頼ってくれるだけで満足かな」

 沙耶からは「人に踏み込ませない」と指摘された。沙耶に対しても例外ではなかったから。

 プライベートなスペースに入れる行為、例えば自宅への招待は沙耶相手でも抵抗がある。何度か招いた(行きたいと言われて応えた)とはいえ、そのときは普段よりも神経質になった。沙耶の自宅に行ったり、家族や地元の話を聞いたりはするのに、自分がその立場になると避けようとする。澪は沙耶を知っているが、沙耶は澪をよく知らない。恋愛話についてもそう。沙耶の今の彼氏との馴れ初めや、バレンタインにガトーショコラを作る予定まで知っているが、智紀との仲は聞かれてもはぐらかしてきた。思うところがあるのは当然だろう。


「待たせてごめんなさい」

 曖昧といえば曖昧な言い方だが、沙耶には伝わったようだ。

「……うん。やっぱりちょっと寂しかったからさ。こちらこそ、あのとき嫌いなんて言ってごめん」

「いえ。はっきり言ってくれて目が覚めました」


 プチプリのイベントに行くことも流れで話した。そうしているうちに駅ビルへ着く。

 広い催事場には数々のチョコレートブランドが出店し、甘い匂いが漂っていた。まずは壁に貼られた店内マップを見ることに。


「どういうものにするかイメージはあるの?」

「甘さ控えめなやつで」

「柴田さん甘いもの苦手だっけ?」

「種類によりますかね。フルーツ系の甘酸っぱさや生クリームの甘さは好きで、チョコも好きだけどチョコはビター派って感じです」

「さすが詳しいね」

「まあ色々食べにいったりしていますから」

 思えば、去年はあまり好みに合わせられなかった。気を遣わせない程度のプチギフトだったのだ。今年は判断材料が豊富にある。


「あと他に好きなものといえばコーヒーですね」

「じゃあコーヒー系やビター系で探してみようか」

 いくつかのブランドに絞り、売り場へ向かう。目当て以外の店でもいいものがないか目を光らせながら。たくさんのチョコレートを見ていると、ふと疑問がわく。

「そういえば、贈るチョコの種類ごとに意味ってあるんでしょうか?」

「バレンタインではないと思う。ホワイトデーだと、クッキーは『友達のまま』で飴は『好きです』みたいなのは聞くけど」

 澪が思いつくのも全てホワイトデーの意味だ。バレンタインデーに告白してホワイトデーに返事をもらうという文化なのだから、後者の方が具体的になる。

「たとえあったとして、意味なんて別に気にしなくても。贈りたいものがたまたまいい意味だったらいいぐらいで」

「それはそうですね」


 ショーケースの前で延々と悩む――かと思いきや、

「これがいい。これにします」

 案外あっさりと決まった。コーヒー味が中心のトリュフチョコアソート。アクセントにオレンジとラズベリーの味も入っている。おいしそうで、宝石箱のようなデザインの箱も目を引く。

 沙耶は「私がいなくても選べたんじゃない?」と笑いながら、優しく見守る。


「イベントもデートも楽しんできてね」

「はい」

 沙耶にいい報告ができるように。澪のバレンタインはもうすぐそこだ。

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