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勇者の血肉は美味しいか?  作者: 彩鳥 奇麗


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第六話 優しさは赤く咲き乱れて

 ──時はわずかに遡って…。


 森を一望できる隆起(りゅうき)した岩の高台にて、双眼鏡を手にした無精髭の男が、とある一点を注視していた。

 男の名はグラリス・ダーウェン。

 周囲からは、ある日を境に(ツキ)を使い果たしたと言われている、盗賊上がりの騎士だ。

 しかしながら確かな実力の持ち主であったため、青騎士(せいきし)の目に止まった彼は直々に、上位の役職が与えられている。

 ──青騎士直属、悪手(あくしゅ)殲滅(せんめつ)騎構長(きこうちょう)

 ──三番士(さんばんし)

 眼下、300メートル先の自然の中に巧妙に溶け込んだ穴蔵を見下ろして、グラリスは不機嫌そうに顔をしかめる。


「ここで間違いないのか?」


 地図を見ながら、グラリスの補佐を務めるセルダースは答える。


「はっ。以前、プルーヴ様の指示で調査された、1842カ所ある勇者潜伏候補の、えっと………6つ目の候補地点になります」


 少し言いづらそうに口籠(くちごも)るセルダースの言葉に、グラリスの目は遠くなる。

 

「いや多くない?はぁ…。どうせ、ここもハズレなんだろうなぁ…」


 言わずもがな、勇者捜索が継続しているということは、そこにいたるまでに調査した5つの地点に勇者はいなかったわけで……。

 当然、他の騎構長も捜索にあたっているとはいえ、気の遠くなる作業なのは間違いなかった。

 

「旦那ってツイてないですもんね。賭け事も負けが続いてるって言うじゃないですか」


 背後から生意気な男が、クツクツと笑いながら軽口を叩く。


「うるせぇ!それを言うんじゃねぇ!気が滅入ったら運気も逃げんだろぅが!ていうか、ついてくんじゃねぇよ!ケリハル!」


 グラリスは(ひたい)に血管を浮かべ、横薙ぎに振るった拳で黙らせようとするが──。

 男は忽然と姿を消し、振るわれた拳は空振りに終わる。

 そして、いつの間にか背後に回っていた声は、ニマニマと笑いながら。


「いいじゃないですか。だって旦那といた方が、勇者に当たらないで楽できそうなんですもん」


 三十二番士、ケリハルの両足はバチバチと火花を散らしながら(またた)いている。程なくして、稲妻の如き輝きは息を(ひそ)め、その下から怪しい脛当て(グリーヴ)の形が浮き彫りになる。

 グラリスは舌打ちをしつつ、忌々しげに(きびす)を返して。


「まさかお前達も同じ考えで、俺様についてきてるんじゃねぇだろうなぁ?」


 腐っても騎講長の一人。いや、元盗賊というべきか…。人気のない森は彼の領域(にわ)も同然であるからして。

 空気の流れ、かすかな息づかいから、グラリスの鼻と耳がふたつの気配を捉えていた。

 そして、木陰から人影が出てくる。


「ええ、そうですが。なにか?」


 グラリスの不運にあやかり、恥ずかしげもなくサボり宣言をする、軽鎧を纏った女と。

 同じく、コクコクと頷く内気な少年。


十三番士(フラン)四十一番士(リピトー)。それに、その補佐か」

 

 隙あらば仕事を怠ける同僚を一瞥しつつ。

 お前らも大変だな、と出世街道から遠ざかる補佐に同情の言葉をかけて、グラリスは双眼鏡を構えて穴蔵の観察を再会した。

 それを見て、ケリハルはわざとらしく大きなため息を吐く。


「呆れた…諦めた方がいいですって。運のなさこそが、旦那の美徳でしょ?それを信じて、俺たちは旦那についてきたっていうのに!」

「………………」


 またひとつ、グラリスの怒りのボルテージが上がる。

 が、ここは運気をこれ以上逃さないよう、冷静に呼吸を整える。

 なにしろ、勇者の捕獲には高額な報奨が与えられることになっている。しかも肉体が残っていれば、生死は問わないという。

 賭博でスッた金を取り戻せるどころか、ひとつの城を建てられるほどの金額だ。

 まさに一括千金。

 グラリスにとって、これほど楽な金儲けの話はない。

 もとより、これは盗賊時代からの得意分野だ。

 奇襲、殺人、人攫い。

 グラリスが率先して取り組む理由が、すべて詰まっている。

 ──そしてグラリスは見逃さなかった。


「…………!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

(まさか…ビンゴ?)


 それにまだ気づいていないケリハルは、おどけながら続けて。


「なんなら、賭けてもいいですよ。もし勇者に遭遇したら、その()(まえ)を、ぜーーんぶ旦那に譲るッス」


 賭け。

 それはグラリスの娯楽にして嗜好。

 ケリハルの挑発敵な態度に、普段のグラリスならばブチギレていたところだが…。

 賭け事による挑戦を申し込まれたのであれば、受けて立つのが勝負師の(さが)であるからして。

 なにより、盗賊時代の直感が告げている。

 

「いいぜ、その賭け…乗った!」


 そうして、職務怠慢の同僚二人にも顔を向けて、グラリスは上機嫌に尋ねる。


「どうだ、お前らも賭けるか?俺の幸運か、それとも不運に!」


 それは賭博の負けの記録を更新し続ける、グラリスの不運への揺るぎない信頼なのか…。フランは唇に手を当て、しばらく考えたあとに、妖艶に微笑んで。


「いいですわよ。私はグラリスの不運にベットします」


 そして、リピトーもそれに続き、コクコクと頷く。

 えっ?と、全員が己の不運に賭けたことに、グラリスは内心でショックを受けつつ。

 ……まぁ、賭けは俺の一人勝ちだけどな。

 そう、勝利を確信しながら意気揚々と声を上げる。


「それじゃあ、結果を見に行くとしよう。青騎士直属、悪種殲滅騎講長、上番、三番士が命じる!補佐共はここで待機だ。騎講長(おまえ)達は勇者潜伏候補(あなぐら)の四方に散って、勇者が出てきた際の逃げ場を塞げ。そして、俺が初手で炙り出す」


 行け!という合図と同時に、ケリハル、フラン、リピトーは疾風の如く駆け出す。

 そして、グラリスも岩を踏み抜いて飛び上がると同時に、その魂の内に秘めたる変質した勇者の因子の一部を解き放った。


「──建城(けんじょう)!」


 ──悪種殲滅騎講長。

 その全員が勇者の肉を食らい、神秘の力に適応した勇者に取って代わる存在であり。

 青騎士が自ら組織した、エルロダイス王国の最高戦力のひとつ。

 彼らのまたの名を──、


「──投棄(とうき)!」




 ──英雄。

 



 ★☆★


 大地が突如として震え出し、洞窟の壁にはまっていた拳大の石が、コロコロと幾重にもまろびでる。

 なんだ!地震か!と困惑する薬芽をよそに、ホープはしかめ面で天井を仰ぐ。

 

「まさか、気づかれたの!?」

「どうしますか、ホープ」


 ラウルは冷静に状況を見極めようとするが、しかして状況は刻一刻を争っていた。

 ドゴン、ドゴンと。まるで無数の落石が頭上に降り注いでいるかのように、洞窟の天井はひび割れ、今にも限界を迎えようとしている。

 ……やばいやばい!やばい!!

 身動きができなくなるほどの恐怖に、薬芽はなんとかして打開策を模索しようとする。そしてふと、この場には空間を跨ぐことができる勇者がいることを思い出した。

 ……名前は確か、キティとかパンティとか…。

 思考した末、結局彼女の名前を記憶から引っ張り出すことができず、急を要する事態だったため、薬芽はやむなく……。


「そこの痴……知女(ちじょ)さん!」

「言い改めきれてないねぇ!なんだい、新人」 

「なぁ、あんたの聖剣の力なら…」


 そこで、彼女…ヒャティ・ヒャンプティは薬芽の考えを察してか、彼が言い切るのを待たずして、それは無理だ!と悔しそうに首を横に振った。

 

「あたいの聖剣はそりゃ便利だが、それだけ反動もあってだね。一度長距離空間を繋いだら、しばらくは同じことができなくなる。悪いね」


 希望の芽は絶たれ、薬芽は落胆したように肩を落とす。

 それはヒャティも同様であって、逃亡の唯一の要であった彼女は、酷く責任を感じている様子だった。

 しかし、それは仕方がないことだろうと薬芽は思う。

 ヒャティは向こう側でも白い英雄とやらの襲撃を受けて、敗走して洞窟に逃れてきた身だ。

 リーベの力を頼りに、少女(クルト)だけでも救えないかと必死だったのだろう。

 きっと、自分でも同じことをしたはずで。その判断を、ホープ達も責める真似はしないだろう。

 さておき……、

 先ほどから耳を傾けていたホープとラウルの話から、新たな英雄が攻めきていることはわかった。


「で、どうするんだ?囮くらいなら引き受けるが?」


 もとより、あの召喚の間で殺されていたかもしれない身だ。少しでも生き残れる可能性があるのなら、多少のリスクを負うくらいの覚悟が、いまの薬芽にはあった。

 しかしホープは……。


「それはダメ…」

「なんでだよ」

「まだ敵の数もわからない。そもそもあなた、まだ聖剣も使えないでしょ?それに、病み上がりのあなたが今出ていったところで、勇者がまた一人減るだけよ」


 ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと。

 おっしゃる通りだと、戦う術を持たない薬芽はギュッと拳を握りしめた。

 そして、だったらどうするんだよ!と、逆ギレ気味に言い返すが…。

 そこで、ホープはおもむろに手をかざす。

 華奢な手の内に七色の光が集束し、やがて彼女の内に秘める神秘の形が剥き出しになる。

 

「それがお前の聖剣なのか?」


 ええ…と、ホープは頷く。

 握り手の両端に五本の爪のような刃が光る、金剛杵(ヴァジュラ)の形状をした短剣。

 ……いや、これは剣と言っていいのか?

 そう、薬芽は彼女の聖剣に懐疑的な目を向ける。


「それでこの状況を打開できるわけか」


 絶望的な状況の中で、ようやく差し込んだ光明。

 薬芽は強張っていた筋肉が緩み、ホッと安堵の息を吐く。

 ところが、ホープは雲行きが怪しくなるような表情で自信なさげに言葉を綴った。


「いいえ。あくまでも、私の力なら敵の不意をついた攻撃ができるというだけ…。ラウルは対人特化の力だけど、流石に敵が複数人いると彼でも厳しいから。それにラウルにはヒャティを守ってほしい。彼女が力を取り戻せば、状況は一気に好転できる」

「なるほど。時間稼ぎさえできれば、まだ好機はあるわけか」

「ええ。だけど私は…」

 

 そう言って、ホープはある一点を見る。その視線の先には恥ずかしいやら申し訳ないやらと、ぽりぽりと頭を掻く笑顔のリーベがいて。

 それでなんとなく、薬芽は察したのだった。


「そういうことか。俺のことは気にせずに、ホープはリーベを守ってやってくれ」

「いいの?」

「ああ。当たり前だろ。それに、俺だって勇者の一人なんだ。逃げ回るくらいの立ち回りはできるよ」 


 回復系の力だって、空間系の力に匹敵する重要な力であることは薬芽もわかっているつもりだ。

 それこそ二人がいれば、この勇者パーティーはどうとだって立て直せるのだから。


「時間も無いし、早速だけど準備はいい?」


 薬芽達は互いに顔を見合わせ、頷きあう。

 心の準備は出来ているぞと。


「わかったわ」


 みんなの意思を確認したところで、ホープも腹を括る。聖剣を強く握りしめて、そして力の一端を一気に解き放つ。

 聖剣(ヴァジュラ)を中心に淡い光が膨れ上がって。

 やがて全員が、巨大な泡の中に包み込まれた。

 ……光の泡の守り?

 なんとも心地よい力だなと薬芽は思った。

 しかし、その力に見惚(みと)れていたのも束の間。

 光はグルグルと、荒れ狂う竜巻の如く廻り廻って──。



『──聖剣: 万 武 (こんどはわたしが)領 道 (たすけるばん)



 次の瞬間、燦爛(さんらん)と煌めく光が、瞬く間に視界を埋め尽くした。


 ★☆★


 勇者潜伏候補である穴蔵を前にして、そこから突如、目が眩むほどの閃光が一瞬でグラリスの視界を奪う。


「うおおぉぉっっ!?なんだーーーー!!!」


 そして、圧倒的な力の本流が一帯の木々を薙ぎ倒し、地面を(めく)り上げて。


「やばっ──」


 駆け出したグラリスの背中を、四方に控えていた英雄達諸共、容赦なく飲み込んだ。

 

 ★☆★

  

 舞い上がる砂埃は少しずつ()け、その後の全貌が明るみになっていく。

 ……これがホープの聖剣の力…。

 薬芽は目の前の光景に、ただただ言葉を失う。

 ホープの聖剣がもたらした衝撃により近辺は根こそぎ抉れ、古い地層が丸裸になっている。

 まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターが出来上がっていた。

 凄まじい戦跡。

 そこで、みんな無事?というホープの言葉に、薬芽はハッと我に返る。


「ああ。問題ない」


 互いの無事を確認しつつ、周囲の警戒にも目を向けて。

 早々にこの場から離れるために、走り出す勇者一行だったが──。

 

「おうよ。俺も無事だぜぇ」

 

 聞き覚えのない声が横から聞こえて、全員の背筋に悪寒が走り抜ける。

 ……誰だ?

 きっとこの時、走り抜けるべきだったのだろう。

 声のした方へと釣られた意識は、獲物を見つけたと言わんばかりのギラついた笑みの無精髭の男を捉える。

 そして、最初からそこにあったのか。それとも突然現れたのか。

 宝石のレンガを積み上げたような、透明な江戸紫色の壁が、男と薬芽達の間に隔たれていて。

 そして──、


「投棄!」


 まるでショットガンのように、壁は勇者達目がけて勢いよく弾け飛んだ。

 重く分厚いレンガの砲弾。一度当たれば一溜まりもない。

 ラウルはすかさず盾を構え、ヒャティを庇うように前に立つ。

 そしてホープもまた、今度は破壊のためではなく、守るための守護膜を展開する。

 しかし──、


(間に合わない!)


 その判断は紙一重で出遅れる。

 後ろに庇い、ホープの領域内に入ったリーベはともかく。

 領域外にいる薬芽は、自らを守る術を持たない。戦闘経験の浅さが仇になった。

 そもそも、ただの会社員だった男が、そんな経験を積み上げているはずもなく。

 一直線に飛んでくるレンガの砲弾に、瞬時に反応することができなくて。


「危ない!」

「え?」


 そんな薬芽の肩を突き飛ばす手があった。


(リー……べ…?)


 時間の流れが遠く、緩やかになっていく感覚。

 その勢いに倒れ込む最中、薬芽は咄嗟にリーベに手を伸ばした。

 だけど、その手は届かなくて。

 最後の瞬間、彼女は気に病まないでねと、そう言っているかのように微笑んで。

 己の運命を悟った彼女は、ただ、ゆっくりと目を瞑った。

 そして残酷にも、薬芽の意識は加速する。


「リーべ!」


 そう、叫んだ刹那──グチュッという鈍い音が聞こえて。

 直後、おぞましいほどに鮮明な深紅が、目の前で花のように咲き乱れる。


「ダメだ……」


 そしてぐったりと膝をつき、力なく倒れ伏す恩人の身体を、薬芽は咄嗟に受け止めて。

 溢れてくる血を、両手で力一杯に押さえ込んだ。


「ダメだダメだダメだ!」

  

 無意味だとわかっていても、心がそれを否定する。

 手遅れだとわかっていても、身体が言う事を聞かない。

 首から上を喪失した恩人の亡骸を、薬芽は血に塗れた手で、ただ、無力に抱きしめることしかできなかった。

 

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