第五話 命は儚く、絶望は永久に
勇者一行が身を隠す洞窟。
十分な休息をとり、すっかり目が冴えてしまった薬芽は、同じく眠りから覚めたラウルやリーベと軽い雑談をして暇を潰していた。
そうして薬芽は、二人がこの世界に来る前の過去の軌跡を知る。
なんと二人は、薬芽とは異なる世界の住人だった。
(瞳や髪色でなんとなくは察していたが、想像以上に世界って広いんだなぁ)
ラウルは竜やモンスターなどが跋扈する世界で、身の丈より一回りも二回りも大きなモンスターを狩って生計を立てていたそうだ。いわゆる、狩人と呼ばれる存在だ。
彼は先祖代々その狩人の家系で、コートの内側に大量の武器をストックしているのは、常にコロコロと変わる戦況に備えて臨機応変に対応するためのものだ。
ただしそれは、強大なモンスターとの戦いを想定してのものだけではない。
曰く、ラウルの世界はそこそこ治安が悪いらしく、仕留めた獲物を横取りしようとする盗人が後を絶たないそうだ。
……いや、スゲー物騒…。
そんなラウルが王国に召喚された当時、騎士達の襲撃の危機から脱することができたのも、過去にその盗人を撃退するための対人戦術を両親から叩き込まれていたお陰なんだとか。
……本当、親様様だな…。
と、薬芽は厳しい両親の姿をしみじみと思い出す。
一方リーベはというと、ラウルの世界とは違って治安の良い世界に住んでいたらしい。
むしろ話を聞いていると、自分の故郷に少し似ているなと思った。
リーベは普通に学校に通って、普通に青春をして、普通に恋人と結ばれて、そして──
(まさかリーベに子供がいたなんて…。しかも双子の……)
驚くことに、リーベは二児の母親だった。
異世界に召喚されてずっと嫌なことばかり耳にしてきたが、これは初めて薬芽に舞い込んできた嬉しい知らせだった。
しかし、心の底から喜べないというのが、いまの心境だ。
なにしろリーベは若くして子供を産んでから、四ヶ月後にこの世界に召喚されている。
それからは現在にいたるまで、家族とは離れ離れだ。
幸い、旦那はしっかりとした人だからと教養の面は問題ないとリーベは笑顔で惚気ていたが…。
……そうじゃない。そうじゃないだろ…。
と、薬芽は複雑な気持ちになる。
家族に会えなくて辛いのは、他でもないリーベのはずだろうに…。
それでも彼女が笑みを絶やさず、王国に抗い続けるのには理由がある。
夢があるからだ。
すべては、元の世界に帰るため……。
大きくなった子供に会うため……。
大事な家族に会うために……。
それを聞いたとき、薬芽は少し泣きそうになった。
母は強しだ。
……だったら、子供のために帰ってやんねえとな。
そう思いながら、薬芽は恩人の力になることを胸に固く誓った。
そうして二人の話を聞いたあと、薬芽の興味は三人目へと向かう。
「それで、ホープ。記憶が戻っていたらでいいんだが、よかったらお前のことも教えてくれないか?」
一番気難しそうなホープに気を使って、なるべく、フレンドリーに話しかける。
しかし案の定、自己紹介の時からほとんど無表情を貫いていた彼女が、いまはとても険しい顔をしている。
いかにもご機嫌斜めといった様子だ。その気迫に、記憶の件が地雷だったか?と薬芽は尻込みする。
するとホープは、洞窟の入口を苛立たしげに見つめながら。
「おかしい……」
と一言。
薬芽はどうした?と相槌を打つが……。
ホープは続け様。
「もうとっくに日が昇っている。道が開いていてもおかしくはないのに…」
そういえば、勇者の仲間が聖剣の力で道を開くとかなんとか言っていたことを薬芽は思い出した。
確か、日の出が合図になっていたらしいが……。
薬芽の目から見ても、洞窟の外はすっかり朝になっている。
心地のよい日差しが洞窟の入り口に差し込み、夜中の騒動が嘘のように穏やかだ。
「ん?」
──平穏な瞬間に綻びが生じたのは、そんなときだった。
頭上からヒュンという風切り音が聞こえたかと思うと。
「うわっ!なんだ!?」
洞窟の天井に突如として、大きな黄色い輪が現れる。
……フラフープ?
と薬芽は小首をかしげる。
あるいは、一際大きなチャクラムに見えなくもない。
それを薬芽は警戒しながら見上げていると、ホープ達が、ようやくか…と安堵したように息を吐く。
噂をすればなんとやら。
おそらくはこれこそが、勇者の仲間の聖剣であり、空間を跨ぐ異能なのだろう。
それを証拠に、巨大な輪の中には洞窟の天井とは違う、青い空が広がっている。
「でも、なんで上?」
出入りしづらいだろうと、薬芽の頭にそんな疑問が浮かぶ。
すると、輪の向こう側から人影が落ちてきて、輪は役目を果たしたかのように、小さくなって虚空へと消えてしまった。
瞬間、薬芽以外の勇者の口から、え?とか、あれ?などの素っ頓狂な声が漏れた。
落ちてきたのは女だった。
露出の高い、まるで踊り子のような衣を纏った褐色の美女。
あまりの露出度に、薬芽は痴女が降ってきたのかと思わず目を背ける。
その褐色の女に、ホープは取り乱したように声をかける。
「ちょっと!なんでヒャティがこっちに来るの!?作戦と違うじゃない!」
「悪い、こっちもそれどころじゃなかったんだ!それよりもリーベ!この子に注射を!」
ヒャティという名の女は切羽詰まった様子で、腕に抱える何かをリーベに見せた。
薬芽は最初、ヒャティとかいう女が怪我でもしたのかと思った。でも違った。
ヒャティが胸に抱えていたそれは。
「クルト!」
少女だった。
それも、右肩から左臀部にかけての、下半身を失ったあまりにも手遅れな惨状の……。
しかし不思議なことに真っ赤な血が一切見られず。
剣か何かで両断されたであろう身体の断面からは、代わりに強い光の粒子が漏れ出ていた。
少女を目にするや否や、すかさずリーベは聖剣を顕現させ、少女の首筋に突き立てる。
「クルト!しっかりして!」
「あっ、リーベさん。いつもすみません、ヘマばっかりして……」
「そんなの気にしなくていいから!いまはなにも喋らないで!」
「でも…」
少女の表情は恐怖で染まっている。
無理もない。体の半分以上が失われているのだ。
リーベの聖剣を持ってしても、失われた下半身が戻るはずもなく……。
………………。
……いや待て。なんでそんな状態でまだ生きていられんだ?
そんな疑問が薬芽の頭に芽生える。
しかし差し迫った状況の中で、思考を巡らせている余裕はなく。
少女の身体は少しずつ、光の粒子に侵食されて、溶けて、消えて、失われていく。
やがて、光は少女の顔半分を飲み込んだところで。
「お母……さ…?」
まるで幻でも目にしたかのように、最後はとても穏やかに、少女は涙を流しながら淡い光となって消滅した。
★☆★
「ちっくしょうがっ!」
ヒャティは悔しそうに、そして怒りに身を任せて、拳を地面に叩きつける。
さすがは勇者といったところ。拳は砕けるでもなく、洞窟が怯えたように震えた。
「何があったの?」
ヒャティの肩にそっと手を当て、寄り添うようにホープが尋ねる。
ヒャティはぎゅっと拳を握りしめて。
「英雄だ…英雄に襲撃されたんだ。たった一人の白い英雄に…」
英雄。勇者の肉を喰らって人知を超える力を授かった、勇者の天敵。
その瞬間、ホープとラウルの顔つきが険しくなる。
そこから、ヒャティは淡々と語り始めた。
突然現れた白い英雄が武器を手にした途端、衝動的になった勇者の一人が先手を仕掛けたそうだ。他の勇者達もその戦いに追従。
数の優位性から、当然ヒャティもその戦いに加わった。英雄にとっては他勢に無勢。
戦いは、すぐに終わると思われた。
しかし──、
「歯が立たなかった。戦いにすらなってなかった。あたい達は完全に遊ばれていたんだ」
そう言って、ヒャティはギッと奥歯を噛み締める。
……たった一人に…?
薬芽はゴクリと唾を飲み込み、言葉を失った。
英雄とは、そこまでの存在なのか…と。
だが同時に、底知れぬ違和感もあった。
王国は勇者の肉を求めていたはず。
それなのに、さっきの少女の末路は…。
「他の仲間達はどうしたんですか?」
恐る恐る聞くラウルに、ヒャティは首を横に振って。
「あたい以外みんな、クルトみたいに消滅しちまった」
空気がずしりと重くなったのを、薬芽は肌で感じ取った。
つまり残った勇者は、ここにいる五人だけということ。
薬芽に面識はないが、ホープ達にとって少女達は同じ境遇であり、同じ危機を共に乗り越えてきたかけがえのない仲間達であったに違いない。
それは、ホープ達の辛そうな顔を見れば一目瞭然だ。
「…………………」
仲間の喪失に歯噛みするホープ達を見て、薬芽はなんと声をかければいいかわからない。
長く、辛く、苦しく、重い沈黙がしばらく続く。
そして──、
「ん?なんか…揺れて」
足元が小刻みに揺れる。災難は続く。
不幸はまるで意思を持っているかのように、新たなる絶望の不協和音となって、勇者達を着実に追い詰めつつあった。




