第二話 同心 同胞 同郷
目を覚ますと、そこはまたしても知らない場所だった。
首から下は立ち上がる膂力すら残っておらず、薬芽は浅い息を吐いて朧げに頭を動かした。
でこぼこしていたり節くれだった石の壁。苔や泥などの慣れないカビ臭さは、都会人の彼には鼻に突く匂いだった。
……ここは洞窟か?どうりで寝心地が最悪なわけ……だ?
そこでふと、誰かの生暖かい視線に気づいた。
女だった。ジーッと自分の顔を覗き込む、ふんわりとした雰囲気の奇妙な女。
目が合った瞬間、彼女はニコッと微笑みかけて。
「おはよう、新人。まさかこんなに早く目覚めるとは、タフだねぇ。あたしはフラウ・リーベ、よろしくね。あっ、なんでかよく間違われるんだけど、リーベが名前だから。……ところでキミ、ツイてるよ。ああいや…ツイてないって言った方がいいかなぁ?」
明るくフレンドリーな女、リーベ。
不審に思いながらも、彼女の言葉に薬芽は心底同意する。
異世界に召喚されるや否や、命を狙われるなんて、召喚された側から言わせて貰えば、本当にたまったもんじゃない。相手が武装していなければ掴み掛かっていたところだ。
……あのクソヤロー共を殴り飛ばして、あの偉そうな王様に一発入れて…。
と、動けない体の内側で烈火の如く憤慨していると、リーベがクルリと身を翻して。
「ホープ、ラウル。彼、起きたみたいだよ!ちょっと手伝って!」
その呼びかけに、洞窟の入口付近から新たな二つの影が近づいてくる。
一人は高身長の優男。銀色の髪に青い瞳の爽やかイケメンだ。
もう一人はフードで顔がよく見えない。細くしなやかな腰つきから、女だということだけはわかる。
そうして、しっかり抑えててね!と言うリーベの指示に従い、二人は薬芽の両腕をがっしりとホールドする。
まさかコイツらも、俺の命を狙って?と、困惑する薬芽をよそに、口に薄汚いタオルまで押し込まれて。
幸運を!と言わんばかりに力強い目配せをしながら、リーベは肩に刺さった矢をがっしりと掴んだ。
「頑張れ、男の子!じゃあカウントダウン始めるよ!ぜろっ──!」
カウントのカの文字にも満たない内に、彼女は雑草でも除去するような感覚で、躊躇いなく矢を引っこ抜いた。
「ッッッッゥッッツ──!」
瞬間、神経を焼き切るような痛みが肩から全身に駆け巡って、栓が外れた肉の孔からは滞っていた血流が一気に噴き出した。
しかも、喉の奥から這い上がってくる絶叫はと、ギリッと噛み締めたタオルで行き場を失い、頭蓋の内側で木霊する。その騒音に薬芽は意識が飛びそうになる。
「リーベ、早く聖剣を使ってあげて」
「はい、ボス!」
すると、リーベがかざした手の平の上にポウッと温かい光が生まれる。桃色と黄色の淡く優しい光。それはぐるりと混ざり合い、溶け合い、果てに注射器のような形を成して。
「チクッとしますよー」
リーベはまたしても躊躇いなく、注射器の鋭い先端を薬芽の肩に突き立てた。
それは矢を射られる痛みに比べれば些細な痛みで、失神しかけている彼の意識を呼び戻すには至らない。
しかしそれが、普通の注射器であったのならの話だ。
──聖剣。
曰く、それは勇者のみが扱える、己が秩序を解き放ち、魔を罰する力であり、世界の理をも捻じ曲げる奇跡であって。
「それ!俺の意識がない内にやってくれよ!」
その聖なる力で、薬芽が全快するのにそう時間はかからなかった。
★☆★
その後、紆余曲折はあったものの、傷を完治してくれた恩人に向かって、改めて薬芽は礼を言う。
「ありがとう、助かった」
「いいよいいよ、気にしないで。あたし達の数少ない仲間だもん。あっ、だけどあんまり無理しないでね。あたしの聖剣、傷は治せても血は戻せないから」
リーベの聖剣。
『──聖剣:病 払 祈 願 』
その力は、今しがたの出来事から分かるように、病いを祓い、傷い癒す力だ。
鮮やかな桃色の外観の注射器の中に、淡く光る黄色い謎の液体がタプタプと輝いている。
さらには聖剣というだけあって、鋭い注射針だと思われた部分はしっかりと剣の形状をしていた。
……こわっ!?なにを注入されたんだ?俺!
刺された箇所をさすりながら、震え上がる薬芽。
そのとき、リーベの手から聖剣はふわりと消え、彼女と入れ替わるようにフードの女が前に出てくる。
まるで面接を受けているかのような、身の引き締まる空気が漂って。
本題に入るのだろうと、薬芽は地面に腰を据えた。
「それで?あんた達も、俺と同じ……えっと、その……勇者ってやつなのか?」
自分を勇者呼びするのが気恥ずかしく、薬芽はフッと視線を逸らした。
そうしている間に女はフードを外しながら。
「ええ、そうよ」
視線を戻した際に見た女の素顔、その正体に薬芽は然程驚きはしない。
シュッと整った目鼻立ちに、自分と同じ黒い髪と瞳。
わかってはいたことだ。
同じ勇者、同じ境遇。
そして、同じ故郷を持つ者がいたとしても、それはなんらおかしい話ではない。
「お前、日本人か」
「ええ、あなたよりも四年は先輩ね。ちゃんと敬いなさい、後輩」
「お、おう」
……なんか面倒臭そうな女だな。
そう思っていると。彼女は背後に構える爽やかイケメンを指し示した。
「彼はラウル。あなたの三年先輩よ」
そう紹介されたラウルは、よろしくねと言いながらひらひらと手を振ってくる。
ひらひらと揺れるくたびれたロングコートの内側に、腰のベルトに装着された四本の短剣が見え隠れしている。他にも小銃や猟銃、飛び道具がエトセトラ…。
柔らかい表情から、ラウルは一見人畜無害そうに見えるが、内から漏れ出る猛者の貫禄に薬芽はひっそりと息を呑んだ。
……ただの武器マニア、ってわけじゃないよな。
すると、すでに名乗りをあげたはずのリーベが突然顔を乗り出して、満面の笑みを作りながら。
「ちなみに私は七年先輩だよ!」
と、衝撃の言葉を放った。それを聞いて、当然耳を疑った。
この世界は勇者にとって、訂正しようもない地獄だと薬芽は思う。
わけもわからずに日常から引き剥がされ、血も涙もない連中に命を狙われ、逃亡を余儀なくされる。
そんな過酷な日々に、彼女は七年も身を置いているのだ。
もしかしたら明るく振る舞ってはいるだけで、心中穏やかではないのかもしれない。そうやって、心の平静を保とうとする人だっているのだ。
……なんか、一番スゲー人だったんだな。
そんな思いを巡らせながら、この瞬間から恩人にして大先輩でもあるリーベに、薬芽は頭が上がらなくなった。
「で?お前の名前はなんて呼ぶんだ?」
薬芽は同郷の女に視線を戻して尋ねる。
すると女は不機嫌そうに。
「ふんっ。人に名前を尋ねるのなら、まず自分から名乗ったらどうかしら」
「グギ……グギギギギ……」
「すみません!うちのリーダーがすいません!いつもはこんなんじゃないんです!今は状況が状況ですし、ここは矛を収めてくれると!」
ラウルに嗜められた薬芽は、やむなしといった様子で出かかっていた拳を引っ込めて。しかして、表情からは隠しきれない苛立ちを表に出しながら。
「俺は荒木薬芽だ」
「あ…らき……やっ…く……変な名前ね」
「…………」
「押さえて!押さえて後輩くん!どうどう!」
ハッと我に返り。可愛くない奴だなと思いながら、薬芽は大先輩の顔を立てることにした。
そして今度こそお前の番だぞと言いたげに、薬芽は仏頂面で女を見る。
そうして女は重い口を開ける。
「私は………ホープ」
「ホープ?」
薬芽はキョトンと首を傾げる。
……見た感じ、外国人とのハーフってわけでもなさそうだし。
……明らかに偽名だよな。
そう思っていると、薬芽の不思議そうにする表情を察して、ラウルが代わりに疑問を晴らしてくれる。
「召喚された当時、ホープは全ての記憶を失っていたそうなんです」
「記憶を?じゃあホープは仮の名前ってわけか」
「はい。彼女だけではありません。僕もリーベも強引な召喚の後遺症で一部の記憶が欠けていたんです。まぁ、ホープに比べれば僕達は軽いもので、時間が経てばすぐに戻りました。薬芽さんも、記憶に欠落があるんじゃないですか?」
「俺も……?」
そう問われ、薬芽は怪訝に自らの記憶を手繰り寄せる。が、一部の記憶は靄がかかったようにおぼろげで、掴もうとするとスルリとこぼれ落ちる。
残されたのは意識を逆撫でするような、欺瞞と侮蔑に満ちた欲深い声の数々だった。
──「あいつらの代わりなんて沢山いるんだ」
──「部品は取り替えられる」
──「いい加減大人になれよ。荒木係長」
「俺…は……」
途端に脳が熱に侵され、こめかみに鋭い痛みが走る。
そんな姿を三人は心配そうに見つめている。
そうして忌まわしい記憶の欠片を垣間見て、その果てに最後の瞬間にたどりつく。
召喚される直前の記憶。日本にいるときの最後の風景。
薄暗くて、冷たくて、今いる場所にどこか似ていうような、しかしどこか違うような。
横穴の洞窟じゃなくて、深い縦穴の、ぽっかりと切り抜かれたような丸い夜空が見える…。
……そうだ。
(俺は……井戸の中にいた)
★☆★
「大丈夫…?」
ホープの呼びかけに薬芽はハッと我に帰る。
先ほどまでとは打って変わってしおらしい表情をする彼女に、そんな顔もできたのかと薬芽は本気で驚いた。
どうやら、つんけんしているだけの、面倒臭い女ってわけでもないらしい。
「ああ、大丈夫だ。どうやら俺も記憶が一部欠けているらしい。それよりも教えてくれ。結局のところ勇者ってのはなんなんだ。どうしてあの騎士達は、自ら召喚した勇者を殺そうとする」
「そうね。どこから話せばいいのか…」
少し言い渋ってから、ホープは続ける。
「まぁ、簡単に言うと食べるためよ」
「………は…?」
そこから淡々とホープは語り始める。
──勇者とは何なのか。
──何故、命を狙われるのか。
身の毛もよだつ因習へと変わり果てた、恐るべき王国の真相を。




