②伝説の傭兵/ノーマッド
放浪者。
それが男の名前だ。
戦争請負業者。いわゆる傭兵。
但し、民間軍事会社所属ではなく、あくまで個人事業主の単独兵士。
その実力は超人的。明らかに負け戦でしかなかった窮地を幾度となく覆しては自軍を勝利へと導いており、軍事の分野においてその名はもはや伝説となっている。
当然、合衆国をはじめとする各国機関は世界情勢を塗り替え兼ねないこの男を非常に危険視しているわけだが、しかし同時に国際政治的な借りもあり、迂闊に手を出せないのが現状だ。
もっとも、それはつまるところ何処の国もノーマッドを高く評価しているという示唆であり、その水面下では彼を傘下に収めようと日夜様々な勢力が交渉に馳せ参じていた。
「私の名前はルキウス=ネロ=ローゼンクロイツ。御初に御目に掛かれて光栄だ、ノーマッド」
彼もまたそのひとり。
世界貴族・“ローゼンクロイツ家”の悪名高き御曹司。
齢22才。
墨のように深い流麗な黒髪を腰くらいまで伸ばし、その長髪を赤い紐で無造作に結んだポニーテール。
美女と見違えるほどに中性的な顔付き。目付きは鋭利で妖しい輝きを放ち、聡明怜悧な顔相と相俟って、まるで吸血鬼を連想させるような魔性の威圧感と神秘性を見る者の胸中に抱かせる。
その上品な物腰とは裏腹に、すべてを見透かし嘲笑うかのような尊大な態度。
着なれた高級スーツが印象付ける大人びた印象以上に、明らかに常人を逸脱したカリスマ性が対峙者に畏怖を背負わせ、より一層ルキウスを大きく見せるよう助長する。
「………………………」
一方、ノーマッドは沈黙したまま、相手の出方を静観しつつ値踏みしていた。
普段の戦闘服とは違って、今日はビジネススーツ。とはいえ正装からは程遠く、ネクタイを緩め、ジャケットも腕捲り。数多の戦場を駆け抜けてきた頑強な巨躯と、皺に紛れて顔面に刻まれた戦闘による擦過痕が、着崩したそのスーツ姿により一層無頼漢みを彷彿とさせる。
老練から裏打ちされた余裕がたっぷりと注がれた青い瞳は温和だが、それ故に底知れない深淵を覗かせる。
二人が居るのは、ヨーロッパ北西部/オランダはヘルダーラント州レンクム。
ビルダーバーグホテル。
ここは世界的な影響力を持つ個人や各国の組織・機関などの政治家や官僚、王族に貴族、財団の代表などを召集し、世界共通の重要課題や今後の政治経済、社会等を主なテーマに討議する秘密会議/ビルダーバーグ会議。その第一回目が催された会場だ。
ビルダーバーグ会議はその参加者たちがあまりにも著名な有力者ばかりであることから、“世界の行く末を決める会議”などと揶揄されており、別名・影の世界政府と謳われている。
そんな曰く付きの会議を主催しているのが、何を隠そうルキウスの血族であるローゼンクロイツ家だ。
ローゼンクロイツ家は世界経済を支配する者たちであり、現在運用されている世界の経済システム。
つまりは資本主義の礎を築き上げた創世の一族に他ならない。
遡ること18世紀後半。
当時の神聖ローマ帝国(後のドイツ)の帝国自由都市フランクフルト・アム・マインに置かれていたユダヤ人の強制居住区にて、初代ローゼンクロイツが生まれる。
ユダヤ人が家名を持つことは当時許されていなかったが、初代ローゼンクロイツの家には【薔薇十字】が表札として付いていたためゲットー内では【ローゼンクロイツ】と呼ばれており、これを後に家名とした。
父の跡を継ぎ、上流階級お抱えの古銭商となった初代ローゼンクロイツは貴族との交流をきっかけとして資産管理に携わり、やがては銀行業に転身。
その後、初代ローゼンクロイツが築き上げた政府要人や貴族とのコネクションを子孫たちが用いて名門貴族の貸金業務、為替手形の現金化、資産の管理等を一家連携で請け負い、国際的な巨大ネットワークを構築。
これらを利用した資産運用に着手し、フランス革命を機に巨万の富を得る。
そして、いつしかローゼンクロイツ家は自らが築き上げた経済システムを通じて、世界中の有力者や国家の主要人物に大きな影響力を持つようになった。
現在では人類が持つ総資産の内、3分の2を所有しており世界の基軸通貨『米ドル』を発行する米連邦準備制度理事会をコントロールするまでに至ることで実質、世界の支配者として君臨している。
故に、彼等は“世界貴族”と呼ばれているのだった。
「………葉巻を吸っていいか?」
ノーマッドが懐からシガレットケースを覗かせる。
当然、室内は禁煙だ。
この老兵は、百も承知でそんなことを主催者に問う。
「構いません。私が許可しましょう」
ルキウスは、にっこりと微笑んだ。
するとノーマッドは慣れた手つきで葉巻の先をシガーカッターで切り落とし、その先端をバーナーで丁寧に焼いていく。
こんがりと焼かれた先端に微かな熾火が灯ったのを見計らい、葉巻を咥えて燻らせる。
口の中で転がすと熟成されたタバコ葉独特の香りと味が広がる。
最高級のキューバ産。まさに至福のときだ。
「それで? 俺に依頼したい仕事ってのは」
ノーマッドは自然体に問いかける。
少なくとも、眼前の若人には話を聞くだけの価値があると判断する。
年齢。身分。肩書き。すべて関係ない。
戦場を渡る放浪者にとって、それらは無意味で無価値だ。
この老兵はどれだけの研鑽を磨こうとも、結局は本能主体で生きている。
耳を傾けるということは、すなわち相手にそれだけの魅力があるということ。
つまりは好感が持てるということだ。
あくまで対等に。あくまで公平に。
仕事とは、あくまで条件が自分の心算に見合うか否か。
ただそれだけの話。
それ以上でもそれ以下でもない。
だからこそノーマッドは信頼に足る人物としか仕事の話をしない。
少なくとも、その色眼鏡にルキウスは適った。
そういうことだ。
「貴方は、私が率いる“とある組織”をご存知でしょうか?」
「組織? ローゼンクロイツ家の傘下組織でない組織なんて、この地球上に存在するのか」
「いえ、そうではなく………。あくまでこの私、ルキウス=ネロ=ローゼンクロイツが個人で保有する直属の私兵団ということです」
ローゼンクロイツ家は、その一人一人が世界経済を左右するほどの巨大複合企業を所有し、かつそれぞれの分野で文明を上書きできるほどの手腕と実績を有している。
そして、その背後には必ず自身専属の武装組織を配備するのが風習となっていた。
その理由はただひとつ、多岐に渡る自己の財産を守護するためだ。
世界経済を揺るがす程の資産運用を行うローゼンクロイツ家の一族はその命も含めたすべての財産を、ありとあらゆる勢力からありとあらゆる方法で狙われる宿命にある。
その中には当然の如く武力行使も含まれており、さらには敵も外部だけに留まらない。
血縁同士。
いわゆる家督を巡る骨肉の争いにすら、これら武装組織は展開される。
故にローゼンクロイツ家は武装組織を一族で共有することは決してなく、個々の財力で自身専属の武装組織を構築するのだ。
その様相は、まさに王国。
ローゼンクロイツ家の一族は皆、個々の領域。
すなわち、それぞれが独自の王国を築き上げている。
その勢力図はまるでステンドガラスのように入り乱れており、日夜高度な権謀術数が繰り広げられている。
「つまり、そのおまえさんの私兵団に加担しろ。そういうことか?」
「ええ、おおまかには。但し、その私兵団はおそらく貴方が想像しているであろう凡庸なものではありません」
その言葉に、伝説の老兵は首を傾げる。
「失礼ですが、ノーマッドはオカルトの類いが実在することをご存知ですか?」
「ああ、戦場でも度々対峙してきた。超能力者、魔術師、オーパーツ。ローゼンクロイツ家もそういった事情に精通していると認識している」
この世には我々の常識を超えた存在・現象が満ち溢れている。それらは各政府機関によって隠匿されてはいるものの、ルキウスやノーマッドのような『社会の深淵』に棲息する者たちにとっては比較的身近なものでもあった。
「なら話は早い。貴方に任せたいのは、それ以上に常軌を逸脱した問題です」
「まどろっこしいな。俺にいったい何をさせようってんだ?」
その言葉に、ルキウスは不遜な微笑みを浮かべる。
「ノーマッド。貴方には私が所有する対異世界機構OTR。その精鋭部隊/【叛逆王】の指揮をお願いしたい」
「………対異世界機構、だと?」
ノーマッドは不可解そうに尋ねる。
超常現象。いわゆるオカルトの類いすら知る伝説の老兵ですら、そんな組織の存在を聞いたことがなかったからだ。
「Over the Rainbow。略してOTR。
その目的は、異世界の干渉を管理すること。
組織の前身は、アメリカ政府内に設立された地球外生命体管理機関/MJ-12。
それを僕が丸々買い取り、様々な専門家を投入して再編した組織です」
「地球外生命体管理機関ってことは、元はいわゆる宇宙人絡みの組織だったってことか?」
「えぇ、まさしくそのとおり。そもそもMJ-12設立の発端は、あの宇宙人伝説の花形/【ロズウェル事件】なのですから」
ロズウェル事件。
1947年7月。アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近に墜落した未確認飛行物体をアメリカ空軍が回収したと噂される世界的都市伝説である。
勿論、表社会ではただのデマであるように情報操作されているものの、ノーマッドのような裏社会の住人たちにおいては実際に未確認飛行物体は回収され、乗組員であろう宇宙人の遺体も発見されたという認識で統一されている。
「つまり、あの事件にはまだ裏がある。その裏に、おまえさんの組織が一枚噛んでいる。そういうことか?」
「ええ。そのとおりです。当時は地球外生命体の研究という位置付けで組織が発足しました。
サンプルネーム/【外訪者】。人類文明の祖先たちは何かしらの形で外宇宙の知的生命体と接触を果たしており、世界各地にその痕跡が点在しています。しかし現代文明においてはすでに外宇宙との交流は絶たれているため、外訪者の出現はそれら研究を促進させる起爆剤となりました。
ですが外訪者の研究は、やがて予想だにせぬ方向へ進んでいきます」
尋常ならざる打ち明け話にノーマッドは沈黙したまま、話の経緯に耳を傾ける。
しかしその沈黙は驚愕や呆気に取られたというような類のものではなく、好奇に満ちたものだった。
危険に満ちた冒険を嗅ぎ分けた狩人の眼光。
そんな老兵の昂りに好感触を抱きながら、ルキウスは話を続ける。
「外訪者の出現に伴い、ロズウェル近郊では不可解な出来事が多発していました。
度重なる心霊現象。
超能力に目覚める地域住民。
数々の未確認生命体の目撃例。
キャトルミューティレーションや神隠し。
その他、列挙するとキリがない奇妙な出来事。
それらすべてを外訪者が引き起こしていることは自明の理。
そして研究結果もまた結論付いたのです。
外訪者には、並行世界を引き寄せる性質があると―――」
「科学信仰の強い合衆国の連中がよくそんな突飛な発想をしたもんだ」
「ごもっともです。これらに帰結するキッカケはロズウェル近郊で多発する怪奇現象を視察にきた国際魔術連盟/【ロゴス】の調査団にありました。
並行世界については、オカルトを生業とする彼等の方が知見がありますから。
すべての超常現象は、この並行世界を引き寄せる性質の副次的効果でした。
未確認生命体の目撃は、隣接する並行世界の風景。
心霊現象や超能力者の発現は、並行世界の接近が影響した磁気摩擦のようなもの。
神隠しやキャトルミューティレーションは、並行世界の接近が引き起こした空間湾曲による事故。
魔術師たちと接触した地球外生命体管理機関は、お互いの見解を共有していく中で、『量子力学の多世界解釈』や『宇宙論のベビーユニバース仮説』、『物理学の超弦理論』などを用いて科学的見地による理論を塗り固めていきました。
科学も元は魔術の一派である錬金術の派生。魔術的理論との親和性は存外高く、置換する論拠は無数に存在するのです」
「そして地球外生命体管理機関は、並行世界を管理する機関へと変貌していった」
「そのとおり。MJ-12は、外訪者が引き起こす様々な超常現象の管理及び隠匿を必然として迫られました。そして組織には国際魔術連盟をはじめとしたオカルトを研究分野とする有識者も参入することになり、外訪者の研究は多角的に推し進められるようになったのです。
これら研究により判明したいくつかを列挙すると、まず外訪者は生物学上すでに死亡しており、その生命活動は完全に停止が確認されています。しかしその亡骸は腐食することがありません。
発見時、焼死体として丸焦げの状態で回収された外訪者ですが、驚異的な自己回復能力を有しており、亡骸は数日の内に元の生命体としての形状へと復元しました。ただしその意識や呼吸、心拍など生命活動の回復を確認するに至っていません」
「まるで聖遺物だな」
ノーマッドは皮肉めいた口調で述べる。
「言い得て妙ですね」
ルキウスは感心したように返答する。
「続いて外訪者が周囲に超常現象を引き起こす作用工程ですが、外訪者は特殊なエネルギー波を常時発露しており、その影響を地脈が受けることで超常現象が発現します。この特殊なエネルギー波を魔術の世界では【魂の波長】と呼ぶそうです」
「そいつは知っている。
【魂の波長】。生命体が個々に持つ精神エネルギーの指向性。
例えば超能力者はこれらを発露して念動能力を飛ばしたり、仙人はこれらの流動をコントロールして超人的な身体能力を獲得する。また魔術師は【魂の波長】の許容量なんかが才能の目安となっている。
いわば、ひとりひとりが潜在的に保持する固有能力にして内容量。魂の形状。
だが土地に干渉して広範囲に影響を及ぼす【魂の波長】というのは聞いたことがないな」
「前代未聞です。それどころか外訪者の魂の波長による影響は徐々に拡大をし始め、いつしかアメリカ全土にまで影響を及ぼすようになりました。
そしてMJ-12もまた、それに伴い勢力を急拡大。
いつしかホワイトハウスに発言できるまでの規模にまで至ったのです。
しかし組織の巨大化は当然合衆国政府内に軋轢を招くキッカケとなります。
やがてMJ-12を抑制するために、合衆国上層部はある決定を下すのです」
「……移送か?」
「御名答。さすがですね、ノーマッド」
「だろうな。『国土安全の配慮』を名目に『MJ-12の象徴』を合衆国の外に移すことで空中分解させる作戦か。それで場所は?」
「極東の島国/日本」
「なるほど。監視の目もよく届く」
「この目論みは見事的中し、僻地へと追いやられたMJ-12は合衆国での影響力をすっかり失い、形骸化していきました。しかし―――」
ルキウスは一呼吸置く。
「合衆国の目論みとは裏腹に、日本の地脈と接続した外訪者は2010年代以降、その性質を厄介な方向へ大きく変容させていくのです」
「変容だと?」
「ええ。これまでの外訪者は合衆国において、超常現象を起こす程度のものでした。
並行世界を呼び寄せるだけ。
つまり隣接する並行世界こそ垣間見えるものの、それらが実際に牙を向くことはありませんでした。
むしろ、MJ-12はどうやって向こう側へ渡りをつけるか思案していたくらいですから。
しかし、それらの課題は唐突に達成されました」
「渡りがついたのか。並行世界に?」
「そもそも魔術師たちの研究によれば、地脈はその上に立つ人々の想念によって構築されるらしく、国土の文化や規範。つまりは固定観念によって地上に及ぼす魔術的影響に大きな差異が発生するとのこと。
この差異によって日本に移送された外訪者の魂の波長が起こす超常現象にも変化が起こり、並行世界の行き来が安直に可能となりました。
しかし外訪者が引き起こす超常現象の変容は、新たな問題を招きます」
「新たな問題、だと?」
「日本の地脈と同調した外訪者は現在、2種類の並行世界を発生させています。
ひとつは【大宇宙】。
これは元々我々が認知していた隣接する並行世界。宇宙創世より誕生しており、すでに幾つかの【大宇宙】との交流は始まっています。各大宇宙には必ず我等人類に成り代わる知的生命体によって築き上げられた文化圏が存在しており、彼等との衝突が課題となります。しかしこれらはあくまで想定の範囲内。
問題は、もう1つの並行世界。
外訪者が生み出す擬似的な並行世界/【小宇宙】。
これは我々が棲む蒼球世界。もっといえば極東の島国/日本における固有の現象であり、これが新たな問題となっています。
【小宇宙】は、あくまで外訪者を介して蒼球世界内部に生まれる謂わば結界のような領域。不可視の空間にして、次元の狭間。
大宇宙や我々が暮らす蒼球世界とは理が異なった世界。
つまりは異世界。
この【小宇宙】は日本国内で不慮の死を迎えた人間が女神を観測することによって発生します」
「女神だと?」
ノーマッドは、突拍子もない単語に疑問符を浮かべた。
「ええ、女神です」
ルキウスは大真面目に話を続ける。
「女神とは、この世界を構成するエネルギー/【情報示強性】の莫大な塊の総称であり、あくまで“無貌の共通基盤”。
不慮の死を遂げた人間/観測者が女神を観測することで、初めてその個性や意志を獲得し、我々がその名から連想するような美しき女性へと変貌します。
女神は“観測者の主観”と相互干渉を引き起こして、“小宇宙”を構築。
その核となる“観測者”を、我々は別名として“異世界転生者”。略して【転生者】と呼んでいます」
「またトンチキな話になってきたな………」
ノーマッドは再度、苦笑する。
「【転生者】は、いわば“夢みる霊魂”です。
彼等は【小宇宙】という異世界の中で、第二の人生を謳歌します。
資本主義を基軸に構成された現代日本の社会的階層。
転生者の約80%以上は、そのカースト最下位の住人たち。
ニート、浮浪者、生活保護者、低所得者、いじめられっ子………。
不遇の人生。非業の結末。
これらが折り重なり、負の想念が増幅することに比例して、“女神の観測”の発生率もまた格段に上がっていきます。
【転生者】は、そういった胸中の無念を払拭するような人生を、【小宇宙】という幻想の中で歩みはじめるのです」
「更生しているように聞こえるが、そりゃ良いことなんじゃねぇのか?」
ノーマッドの意見に、しかしルキウスは首を横に振る。
「本人たちは幸福でしょうが、その幸福は現実世界にしわ寄せを招く仕組みとなっています。
【転生者】が【小宇宙】で活躍すればするほどに、【小宇宙】を構築する【情報示強性】の密度は次第に増幅し、やがて臨界点を迎えます」
「臨界点を迎えると、どうなるんだ?」
「“事象の地平面”の発生。すなわちブラックホールの形成により、その【小宇宙】と『同座標の現実世界』は崩壊することがわかりました。
つまり【小宇宙】を検知した空間は、いずれ消滅するのです」
「なるほど。超新星爆発級の人間爆弾というわけか」
ノーマッドは葉巻を燻らせる。
大きく煙を吹き出し、束の間物思いに耽る。
「転生者は殺せるのか?」
「可能です。そして小宇宙を排除するには、現状それしか方法がない。とはいえ小宇宙内部では主人公補正が掛かるため、かなりの難易度となりますが……」
「俺を誰だと思ってやがる。そのために呼んだんだろう?」
その言葉に、ルキウスはにっこりと笑う。
腹の底が見えない涼し気な表情に、ノーマッドもまた鼻で嘲笑う。
ルキウスはその様子を確認すると更に話を続ける。
「【転生者】は人類の希望です。
進化論、エネルギー産業、軍事力転換、死後の世界の解明。“事象の地平面”による危険性よりも莫大な利益の可能性に賭けることにした私は10年前に合衆国と交渉を行いました。
そしてMJ-12を買収し、組織を再編。
並行世界という位置付けだった【大宇宙】と【小宇宙】を総括した概念を“異世界”という名称に変更。
そして、こうした異世界絡みの諸問題が変容したことに伴い、我々は【外訪者】の呼称を変更することにしました」
一呼吸。そしてルキウスはその名を呼んだ。
「【創世者】、と―――」
「なるほどな」
ノーマッドは、そのまましばらく沈黙したまま葉巻を吹かしていた。
その様子をルキウスもまた、微笑みを浮かべたまま注視する。
「以上の経緯により対異世界機構/虹の彼方へは新生したのです」
「そしてその精鋭部隊を俺に任せたい、と―――」
「ええ、我が対異世界機構の精鋭部隊。大宇宙間の外交において抑止力として機能する暴力装置。
そして【小宇宙】に侵入し、異世界転生者を駆除する治安維持部隊。
これらを任務とした特殊精鋭部隊。
名を【叛逆王】。異世界間交流を見据えた新時代の最前線を、ぜひ貴方にお任せしたい」
「それはまた、敵が多そうな案件だな」
「ええ、そうですね。まず私の一族は皆、敵だと思ってもらって構いません。
私は家督争いに興味はありませんが、しかし兄弟たちは皆、過剰に私を目の敵にしているため、いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはありません」
「おまえさんは敵が多いものな」
ノーマッドは苦笑する。
ルキウス=ネロ=ローゼンクロイツは経済界の道化師として有名だ。
世界の頂点の家督にはまるで興味がないのも事実。しかし世界の主導権には常に王手がかかっており、その状況に危機を感じた連中がルキウスの領域に毎度攻撃をかけるものの、必ずそれ以上の報復をルキウスが喰らわせるため、世界の支配者層たちが定期的に行う社交界ではいつもその話題で賑わっている。
「それじゃあ、俺に任せたい【叛逆王】って部隊の役割とは、
①【大宇宙】に対する抑止力
②【小宇宙】の駆除
③異世界産業の利権を狙う敵勢力の排除
こんなところか?」
「そのとおりです。興味を持っていただけましたか?」
「ああ、面白そうだ」
ノーマッドは答える。
「だがひとつ、条件がある」
「なんなりと」
最早ルキウスは眼の前の傭兵から承諾を得ることを確信していた。
そのために必要な手配を惜しむつもりはさらさらない。
それを十全に理解しているノーマッドはニヤリと口角を上げる。底意地の悪そうな、とびっきりの嫌らしい笑顔。
そして、彼はその条件を口にする。
「――ひとり、隊のメンバーに推薦したいヤツがいる」




