①適応者/但野世界
この世界は不完全だ
原始と終焉
現実と虚構
二律背反と曖昧模糊
壊れた世界に鎖されたキミとボク
◆◆◆
「但野くんの魂はまさに無色透明。この世界において唯一無二であり、何色にでもなれる無限の可能性を秘めている」
そう語るのは、科学者然とした白衣を纏う草臥れた還暦の男だった。
宇吊路木 直嗣。関係者から“博士”と呼ばれるこの男は年の功を感じさせる穏やかな物腰とは裏腹に、かつては世界征服という野望に則り、口にするのも憚られる悪業の限りを尽くした狂気の大天才という側面を持っていた。
無論、その野望は潰えているからこそ今日の社会秩序が残存しており、世界は今も尚、歪だ。
平和を享受する先進国の土台には、常に発展途上国の犠牲が付きまとう。
戦争経済や資本主義の維持には必ず搾取される者が必要なのだ。
それらに異論を唱えた若かりし日の宇吊路木博士は社会秩序に反旗を翻したわけだが、理想の実現には何事も必ず自らの手を汚さなければならない。
かくして世界平和を実現するために世界征服に乗り出すという大いなる矛盾を孕んだ行動を起こした博士だったが、結果は敗北。
とはいえ人生は山あり谷あり。紆余曲折の末、現在は社会秩序を守る体制側の人間として従事している。
悪名は無名に勝る。皮肉にも、“世紀の大悪党”としてあまりに突出し過ぎた宇吊路木博士の人生は国際社会に有用と判断され、そしてその期待に応えるよう貢献してきた実績がある。
そんな経歴を持つ博士がその在り方に悉く拘ってきた“世界”の名を冠した本日の実験対象こそ、眼前の少年というわけで―――
名を、但野世界。
ごく普通の高校生だ。
「“輪廻転生”。さしずめキミの魂の名称といったところだ。我々の業界では【魂の波長】と呼称しているがね。まぁ、すぐに慣れるさ」
そう踵を返す博士に、当のセカイは理解したのかしていないのか曖昧な態度で「はぁ」と空返事をする。
事実、この少年はなぜここに連れて来られたのか未だよく理解していない。
とある冬の朝。都内の自宅マンションに訪れた政府機関を名乗る黒服の男たち。
当時まだ中学三年生だったセカイは当然、受験勉強に明け暮れていた。
しかし、それは国家の名の下に突如免除されることになる。
巨大情報技術企業群が近年設立した海洋学園都市/ULシステム。
ULはUnify Learningの略であり、邦名は全統合学習研修所。
世界三大投資家のひとり/ジム・ロジャーズが定義した人生の必須科目である数学・歴史・哲学。
この3教科を主軸に全ての科学は一元化した体系によって一つになるという統一科学を織り交ぜながら、生徒一人一人の特性を伸ばす自由な校風として知られる新生国際基準を謳う学習機関。
その胡散臭いトンデモ学園への入学を日本政府が特待生として推薦してくれるというのだから、寝耳に水の両親はまさに壊滅的なまでに驚愕していた。
何を隠そうセカイ自身、初めて知ったのだから当然である。
いつ受けたんだよ、そんな試験―――
担当者の話では、表向きの入学試験とは別口に秘密裏の適性試験が全国で実施されているらしく、これに合格した者はこのような形で国が斡旋に入る仕組みらしい。
海洋学園都市/ULシステムへの日本人学生留学は国家事業としても推進したいらしく、学費の免除はおろか多様な特典と補助金。さらには毎月の給料が国より支給されるというのだから、その本気度が窺える。
いた競りつく競りの上、卒業すれば晴れて高学歴エリート。実際、もっとグローバルな展開が待ち受けてるらしいが日本中流階級の平凡なサラリーマン一家にわかりやすく伝えるとするならば、いわゆるMARCH卒業相当の資格を得ることができる。
と説明した段階で、両親はもう手放しで「世界を観てこい」と説得にかかる。
かくして但野世界は、北太平洋に文字通り浮かぶ人工島・海洋学園都市/ULシステムへ留学することになった。
ULシステムの学生構成は当然国際色豊か。
当初はてっきり上流階級のお金持ちばかりと予想しており、確かにそのような学生も在籍しているものの、セカイ同様にいわゆる秘密裏のAO入試で合格した者もかなりの人数が在籍している。
中にはテロ組織の少年兵や犯罪組織の構成員など、貧困層からも幅広い背景を持った生徒たちが招かれていた。
そんな彼等と共に学生生活を過ごしていくわけだが、やがてセカイはひとつの確信を得る。
人類が解り合うことなど、断じてありえない。
文化や環境などの違いが、ここまで煽情的なものだとは思いも寄らなかった。
例えば人種や肌の色の違い。日本国内では想像しづらいが、たったこれだけの理由で激しい憎悪や殺意を剥き出しにする人間は思いの外多い。
また思想や価値観の違いも謂わずもがな。宗教戦争と呼ばれる国家を取り巻く大規模な争いから、子育てに関する父母における育成方針の差異などの身近な規模まで。
いずれにせよ、争いの種はいたるところに蔓延っている。
国際社会の縮図であるULシステムは、まさに常在戦場。
実際、ULシステムに入学してから4ヵ月あまり。
その短い期間の中で、セカイは幾度となく他の生徒たちと血なまぐさい殺し合いを演じていた。
子供はあまりに残酷だ。
弱肉強食。学校における地位がそのまま生殺与奪の決定権を与える。
力なき正義に意味はなく、正義なき力もまた然り。
そんな数々の修羅場をセカイは何とか切り抜け、あまつさえ不殺の信念も貫き通してきた。
それは偏に彼がこれまで勝利を収めてきたという証左であり、また敗北者たちの行く末を平和的に解決してきたからに他ならない。
しかし力を示した現在でも尚、争いごとが途絶えるような気配は一向になく、人類の本質は争奪戦なのだと半ば諦観に暮れている。
――故に世界平和なんてもっての他だ。
「若人にはもっと人類の可能性を信じてもらいたいものだがね」
そんな悟りを経た矢先に出逢ったのが、かつて世界征服による世界平和を実現しようとした宇吊路木博士というわけで。
「それが若者に代理戦争をさせたい大人の口実ですもんね」
そう言い返すと、博士はしかめっ面を浮かべた。
事実。セカイには特別なカリキュラムとして、立派な最前線の兵士になるための訓練が施されていた。
VR訓練。仮想空間でのシミュレーション。
それもチャチなゴーグルとヘッドホンを装着することで得られる視聴覚情報による虚像などではない。
人工的な異世界での実体験だ。
科学とは、魔術のひとつである錬金術から派生したひとつのジャンルに過ぎない。
ULシステムでは、その事実を生徒たちはまざまざと痛感させられることになる。
ことセカイがカリキュラムを組まれたこのVR訓練もまさに魔術師たちの研鑽による賜物だ。
いわゆる儀式魔術。描かれた魔方陣の中で陥る催眠状態は、対象にある種の幻覚を魅せる。
但野世界が視るのは、人類史上における歴戦の勇士たちの記録だ。
古今東西。戦法問わず。ありとあらゆる戦士たちが経験してきた闘いの記録。
否、記憶。
ある者はマンモスを追いかけ回し、ある者は騎士として忠義を掲げ、ある者は銃使いとして荒野に立ち、ある者はカンフーの達人として修練し、ある者は傭兵として戦場をさすらう。
そういった記憶をイタコが死者の魂を呼び寄せるが如く、術式の対象者に追体験させ、血肉の通った経験としてその脳裏に刻んでゆく。
それら経験値が、そのまま今後の但野世界の戦闘能力に直結していく。
すべては異世界攻略のために―――
そう、異世界だ。
但野世界は、そのために選ばれた。
ULシステムに招待されたのも、すべてはそこに起因する。
そしてこれから行おうとする実験もまた、異世界に対抗するためのものだ。
左腕に装着した機械装置。
名を、転生者召喚儀仗機(Observer Summon Systemの略) 。
その1号機/【選定の剣】
盾のようなシルエットの円形の基部。
そこから放射状に広がる刃のような部位には、まるでカードを挿入するようなスロットが5つ備わっている。
――セカイは念じるように、体内に宿る精神エネルギーを循環させ、【選定の剣】を起動させた。
■転生者召喚儀仗機 【選定の剣】 起動――
・生体認証開始/成功
・適応者/但野世界 確認
・同調開始
・魂の波長【輪廻転生】発動
・出力開始 拡張成功 レイライン接続
・創世者にアクセス
・女神 構成開始 情報示強性 増大
▼人造女神/キュベレイ 召喚
刹那、光の粒子が目の前に集束し、螺旋を描く。
それは加速すると共に点滅し、激しさを増していく。
やがて収束。眩しさが薄れてくる。
すると、セカイは気付く。
光の発生元に立つ人型の存在に。
「――問おう、そなたが妾の主人か?」
少女の透き通るような声。しかしその口調は不遜。
それは、白き闇。
凍りつきそうなほどに美しい容貌。
腰まで流れる白銀のブロンド。雪のように白い肌。華奢な体躯。服装は、ノースリーブとショートパンツの黒の上下。その上をサイバーパンク風の丈の長い白いコートを羽織る。
赤い月を彷彿とさせる、妖しくも美しい輝きを放つ紅の瞳。
そして何よりも特徴的なのは、彼女の頭上。
天使の輪。そう形容するしかない光輪が定位置に浮遊している。
「成功だな」
然も当然と謂わんばかりに、宇吊路木博士が呟く。
一方、セカイは呆けた様子でしばらく黙ったまま白い少女と視線を交わしていた。
成功。彼の脳裏で宇吊路木博士の言葉が反芻する。
白き闇こと、人造女神/キュベレイ。
彼女こそがセカイをULシステムに導いた元凶であり、要因だ。
転生者召喚儀仗機 【選定の剣】を起動させるには、キュベレイの魂と共鳴する適合者の存在が必要不可欠。
故にULシステムを創立した巨大情報技術企業群。
そして、その背後に潜む巨大な組織は、適合者探しに奔走していた。
しかし但野世界が持つ魂の波長・【輪廻転生】の発見がすべてを一変させる。
その能力は、順応。
すなわちキュベレイに合致するのではなく、それに応じた魂へと自らを更新する。
そのためセカイは適合者ではなく、適応者というわけだ。
そんな適応者を品定めするように、人造女神のキュベレイは真紅の瞳で見つめている。
第一印象は何事も肝心だ。
なのでセカイは眉に力を込めて、誠心誠意努めてみた。
「えっと………たぶん………」
そのあまりに頼りない言葉に、キュベレイはため息をひとつ。
そして、冷徹にジト目を向けるのであった。




