第9話 諸葛亮なき蜀と、姜維の報われない北伐
三国志演義下巻開始です。
諸葛亮が死んだ後、蜀は人材不足に沈み、姜維だけが北伐を続けます。
主人公が退場した物語は、だいたい残された者の消耗戦になります。つらいですね。人間社会そのものです。
プロローグ ~ 主人公が死んだ後の物語 ~
諸葛亮が死んだ。
三国志演義という物語において、これは主人公の退場に等しい。
上巻は劉備・関羽・張飛の青春冒険譚だった。中巻は諸葛亮の天才と執念の物語だった。
では下巻は?
残された者たちの、ゆるやかな滅亡の記録である。
……暗い。暗すぎる。
だが安心してほしい。滅亡の道中にも、笑いと狂気と「おまえマジかよ」は健在である。
なにせ三国志だ。ロクなやつがいない。
第一章 ~ 魏延の反乱 ~ 死後も計略が発動する男 ~
諸葛亮の死後、最初に起きた事件は魏延の反乱だった。
魏延は蜀の猛将。武勇は一流で、漢中太守を任されるほどの実力者。
だが性格に致命的な問題があった。
プライドが高く、同僚を見下し、「俺が一番優秀なのに評価されない」と常に不満を抱えていた。
会社で一番めんどくさいタイプの中間管理職である。
特に楊儀という文官との仲が最悪で、二人は顔を合わせるたびに罵り合い、魏延は何度も楊儀の前で剣を抜いた。
諸葛亮は生前、この二人の不仲に頭を悩ませていた。
「魏延と楊儀、どっちも有能なのに……なんで仲良くできないかな……」
丞相、それ日本の中小企業の社長も同じこと言ってます。
諸葛亮は死の間際、撤退の段取りを遺した。
「撤退の殿は魏延に任せよ。もし魏延が命令に従わなければ、放っておいて軍だけ退け」
つまり「魏延は裏切るかもしれないけど、その時は無視して帰れ」という、身も蓋もない遺言。
案の定、魏延は撤退命令を拒否した。
「丞相が死んだからって撤退? ふざけるな! 俺が指揮を取って北伐を続ける!」
そして楊儀の軍を攻撃。しかし兵士たちは諸葛亮の遺命に従い、魏延から離反。
魏延は孤立し、逃走中に馬岱に斬られた。
この馬岱の伏兵も、諸葛亮が生前に仕込んでいた計略だった。
死んでなお魏延の反乱を予測し、対処法まで用意していた。
どこまで先を読んでいたのかこの男は。
ちなみに魏延は「脳の後ろに反骨の相がある」と諸葛亮に言われ続けていた。
反骨の相。骨相学的に裏切り者の顔ということらしい。
「顔で裏切るか決めるのかよ」と思うが、実際に裏切ったので何も言えない。
第二章 ~ 蜀の人材枯渇 ~ 「蜀に人なし」問題 ~
諸葛亮が死に、魏延も死に、蜀漢の人材層は壊滅的に薄くなった。
五虎大将軍を振り返ろう。
・関羽:呉に殺された
・張飛:部下に殺された
・趙雲:病死
・馬超:病死
・黄忠:戦死(演義では夷陵の戦いで)
全滅。
次世代の人材も層が薄い。
唯一の希望は、諸葛亮が後継者に指名した姜維。
姜維は確かに優秀だった。軍略の才能は諸葛亮直伝。武勇も一流。趙雲と互角に戦ったこともある。
だが姜維には、諸葛亮にあった政治力とカリスマがなかった。
蜀の内部では「もう北伐なんてやめよう」という厭戦ムードが蔓延していた。
特に宦官の黄皓が劉禅に取り入り、姜維の足を引っ張り続けた。
姜維が北伐を訴えるたびに、黄皓が劉禅の耳元で囁く。
「陛下、また姜維が戦争したいと言っていますよ。お金かかりますよ。宮殿の宴会が減りますよ」
「えー、やだなぁ」
この皇帝、ダメだ。
「蜀中に大将なし、廖化が先鋒となる」
――蜀にはまともな将軍がいなくなり、老将の廖化が先鋒を務めるしかない。
この故事成語が、蜀の末期をすべて物語っている。
第三章 ~ 姜維の北伐 ~ 報われない男の物語 ~
姜維は北伐を続けた。
諸葛亮が五回。姜維は九回。
合計十四回の北伐。一回も成功していない。
だが姜維は止まれなかった。
諸葛亮の遺志。漢王朝の復興。師匠が果たせなかった夢を、弟子が引き継ぐ。
その執念は美しいが、客観的に見れば国力差を無視した自殺行為でもあった。
魏と蜀の国力差は、この時点で十対一と言ってもいい。人口も、経済力も、兵力も、すべてが桁違い。
姜維の北伐は勝ったり負けたりを繰り返したが、蜀の国力はジリジリと削られていった。
姜維が唯一の味方と頼んだのは、かつて諸葛亮とともに蜀を支えた費禕だったが、この費禕も暗殺されてしまった。
姜維は孤立した。
宮中では黄皓が権力を振るい、同僚の武将たちとの関係も悪化。姜維は身の危険を感じ、前線の沓中に引きこもって屯田を行った。
国の大将軍が、宮廷が怖くて前線に引きこもる。
蜀漢という国の末期症状が、ここに集約されている。
第四章 ~ 司馬一族の天下 ~ 三国志の真の勝者 ~
さて、ここで魏の側に目を向けよう。
曹操が築いた魏王朝は、曹操の死後こうなっていた。
曹丕:初代皇帝。在位六年で病死。短命。
曹叡:二代目。わりと有能だったが、在位十三年で病死。やっぱり短命。
曹芳:三代目。幼帝。実権は重臣に。
曹一族はどんどん弱体化していった。
代わりに台頭したのが司馬一族。
司馬懿。あの諸葛亮のライバル。
司馬懿は諸葛亮との戦いでは「戦わない」戦術で勝ったが、魏の宮中でも同じ戦術を使った。
「目立たない」「逆らわない」「じっと待つ」。
そして機を見て――一気にクーデター。
西暦249年、高平陵の変。
司馬懿は政敵・曹爽一派がそろって皇帝の墓参りに出かけた隙に、首都・洛陽を制圧した。
曹爽は降伏。司馬懿は「命は助ける」と約束した。
そして曹爽一族を皆殺しにした。
約束とは。
だが司馬懿はこのクーデターの前まで、何年もの間病気のフリをしていた。
曹爽の側近が偵察に来た時、司馬懿はベッドで寝たきりの老人を演じた。粥を口元に運ばれると、わざと胸にこぼした。
「もう先は長くない」と側近は安心して報告した。
全部芝居。
司馬懿のこの「弱いフリをして一気に刈り取る」戦法は、かつて劉備が曹操の前で雷に怯えるフリをした故事を思い出させる。
三国志は最初から最後まで演技合戦である。
司馬懿の死後、息子の司馬師、そしてその弟司馬昭が魏の実権を握った。
司馬昭の野心はあまりにも露骨だった。
当時の人はこう言った。
「司馬昭の心は、道行く人も知っている(司馬昭之心、路人皆知)」
つまり「こいつが帝位を狙っているのは、街の通行人でもわかる」。
バレバレ。
だが権力があればバレバレでも関係ない。
魏の最後の皇帝・曹奐はただの飾り。司馬一族が「禅譲しろ」と言えば断れない。
かつて曹丕が後漢の皇帝から帝位を奪ったのと同じことを、今度は司馬一族が曹家にやる番だった。
因果応報。 歴史は繰り返す。




