第7話 諸葛亮、蜀を背負って北へ向かう
劉備亡き後、蜀漢は諸葛亮の肩に乗ります。
南蛮を平定し、出師表を書き、北伐へ。
忠義という言葉は美しいですが、実務にするとただの過労です。人間は美談で人を働かせすぎます。
第八章 ~ 南蛮征伐 ~ 孟獲を七回捕まえるドM戦争 ~
劉備亡き後、蜀漢の全権は諸葛亮が握った。
皇帝は劉禅。あの赤ん坊の頃に劉備に地面に投げられた阿斗。
成長した劉禅は――暗愚だった。
政治に興味なし。享楽が好き。宦官の黄皓に操られる。
「楽しければいいじゃん」タイプの皇帝。
諸葛亮は内心どう思ったか。
「……劉備殿、あなたの息子、マジで才能ないです」
だが「帝位に就け」という遺言を行使するわけにはいかない。諸葛亮は忠義の人。
劉禅を支え、自分がすべてを背負う。それが諸葛亮の選んだ道だった。
まず取り組んだのは国内の安定。南方で蛮族の孟獲が反乱を起こしていた。
諸葛亮は大軍を率いて南征。
そして孟獲を捕虜にした。
普通ならここで処刑するか降伏させて終わり。だが諸葛亮は違った。
「お前はまだ俺に心服していないだろう。放してやる」
孟獲を釈放した。
孟獲は再び兵を集めて攻めてきた。また捕まった。また釈放。
これを七回繰り返した。
七擒七縦。
七回捕まえて七回放す。
部下は呆れた。
「丞相、もういい加減にしてください。七回ですよ七回。逃がしたゴキブリが戻ってくるみたいなもんです」
だが諸葛亮は言った。
「力で押さえつけても、心が従わなければまた反乱する。心を掴まなければ意味がない」
七回目の釈放を受けた孟獲は、ついに跪いた。
「丞相、あなたの徳にはかないません。二度と反乱は起こしません」
以後、南方は蜀漢が滅びるまで一度も反乱を起こさなかった。
心を掴む。劉備がやっていたことを、諸葛亮は別の形で引き継いでいた。
第九章 ~ 出師表 ~ 泣ける上申書 ~
南方を平定した諸葛亮。
いよいよ本丸。北伐。 魏を攻め、漢王朝を復興する。
それは劉備の遺志であり、諸葛亮自身の宿願でもあった。
出陣に際し、諸葛亮は劉禅に上奏文を提出した。
「出師表」。
中国文学史上、最も涙を誘う公文書。
内容を意訳するとこうだ。
「先帝(劉備)は私のような草庵のニートを三回も訪ねてくださいました。その恩に報いるために、私は二十年間戦い続けてきました。
先帝が志半ばで倒れた今、国は危機にあります。しかし忠臣たちは命を惜しまず働いています。これは先帝の恩に報いるためです。
陛下(劉禅)は、どうか賢臣の意見を聞き、悪臣を遠ざけてください。
私はこれより北伐に出ます。成功するかはわかりません。しかし全力を尽くします。
もし失敗したら、私の罪を罰してください。もし忠臣が職務を怠ったら、その怠慢を叱ってください。
陛下ご自身も、善い道を求め、正しい言葉を受け入れてください。
私は涙がこぼれて、もう何を言っているかわかりません」
「臣は涙を拭って何を言っているかわからなくなっています」 で終わる上申書。
これを読んで泣かない者は忠臣ではない――と後の世で言われた。
「読出師表不堕涙者、其人必不忠(出師表を読んで涙を流さない者は不忠の人である)」。
千八百年経った今読んでも胸に来るのは、この文章が嘘のない心から出ているからだろう。
劉禅はこれを読んで泣いた。
――ただし劉禅が泣いたのは感動してではなく、「丞相がまた難しいこと言ってる……」という可能性も否定できない。
第十章 ~ 第一次北伐 ~ 泣いて馬謖を斬る ~
西暦228年。諸葛亮、第一次北伐。
序盤は順調だった。魏の三郡が投降し、天水では若き天才・姜維を味方に引き入れた。
姜維は後に諸葛亮の後継者となる逸材。諸葛亮が「わが軍の将より優れている」と絶賛した。
だが――問題は街亭で起きた。
街亭は北伐の補給線を守る超重要拠点。ここを失えば全軍が孤立する。
諸葛亮は守備を馬謖に任せた。
馬謖は参謀タイプの秀才。机上の兵法なら諸葛亮に次ぐほど。だが実戦経験が乏しい。
劉備は生前、こう警告していた。
「馬謖は口ばかり達者で、大事を任せてはならん」
諸葛亮はこの警告を……無視した。
馬謖は街亭で独断を下した。副将・王平の「平地に陣を張るべき」という進言を無視し、山上に陣取った。
「高所を取れば有利。兵法の基本だろう」
教科書通りの判断。だが教科書が想定していない状況だった。
魏の名将・張郃は山を包囲し、水源を断った。
山の上には水がない。
蜀軍は渇きに苦しみ、たった一日で崩壊した。
街亭陥落。北伐は失敗。諸葛亮は全軍撤退を余儀なくされた。
帰還後、馬謖は軍法会議にかけられた。
軍法は明確。街亭を失った責任者は死罪。
だが馬謖は諸葛亮が個人的に可愛がっていた弟子でもあった。
周囲は助命を嘆願した。
「丞相、馬謖は才能がある。殺すのは惜しい」
諸葛亮は泣いた。
「法は法だ。ここで馬謖を許せば、軍律は崩壊する。たとえ私の心が千に裂けようとも」
「泣いて馬謖を斬る」。
私情と公正のどちらを取るか。諸葛亮は公正を選んだ。
そして諸葛亮は自分自身も「人選を誤った責任」を取り、三階級の降格を劉禅に申請した。
トップが自分を罰する。だからこそ部下は従う。
だが代償は大きかった。第一次北伐は完全な失敗。そして信頼していた弟子を自らの手で失った。
第十一章 ~ 空城の計 ~ ハッタリの極致 ~
街亭の敗北で全軍撤退中の諸葛亮。
だが撤退路に、魏の大軍が迫っていた。
率いるのは司馬懿、字は仲達。
この男こそ、諸葛亮の生涯最大のライバルとなる天才軍師。そして最終的に三国すべてを手にする一族の祖。
司馬懿は十五万の大軍で進撃。対する諸葛亮の手元には、わずか二千五百の兵と文官しかいなかった。
絶体絶命。
普通なら逃げるか降伏するしかない。
だが諸葛亮は――
城門を全開にした。
兵を全員隠し、自分は城壁の上で琴を弾き始めた。
門は開け放たれ、掃除のおじさんが呑気に門前を掃いている。
司馬懿の大軍が城の前に到着した。
「……………………」
司馬懿は見た。空っぽの城。開いた門。そして城壁の上で涼しい顔で琴を弾く諸葛亮。
「罠だ」
司馬懿は確信した。「あの男がこんな無防備なはずがない。城内に伏兵がいるに違いない」
全軍撤退。
十五万の大軍が、琴一本で退却した。
空城の計。
「何もない」ことこそが最大の罠に見える。諸葛亮の知名度と信用が、この不可能なハッタリを成立させた。
諸葛亮は琴を弾き終え、冷や汗をびっしょりかいた手を見た。
「……危なかった」
ハッタリはハッタリ。もし司馬懿があと一歩踏み込んでいたら、諸葛亮はそこで終わりだった。
なおこの逸話は史実にはない完全なフィクション。だが「諸葛亮 vs 司馬懿」の構図を象徴する名場面として、三国志ファンに永遠に愛されている。




