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第4話 長坂のバグ武将と、赤壁が燃えた日

上巻の山場です。

趙雲が単騎で曹操軍に突っ込み、張飛が叫び、諸葛亮が孫権を動かし、赤壁が燃えます。

戦争というより、もはや計略と火力と人間離れの見本市です。


第十章 ~ 長坂の戦い ~ 趙雲が一人でバグってる ~


諸葛亮を得た劉備。だが状況は最悪だった。


曹操が大軍を率いて南下してきたのだ。目標は荊州、そしてその先の江東。


劉表は死に、その息子は戦わずして曹操に降伏。劉備は荊州を追い出された。


しかも劉備は逃げる際に、荊州の民衆十数万人を一緒に連れて逃げた。


「この民を見捨てられない……!」


いい人すぎる。だが軍事的には自殺行為。十数万の民間人を連れた行軍は亀の歩み。曹操の精鋭騎兵団はすぐに追いつく。


案の定、長坂ちょうはんで追いつかれた。


劉備軍は壊滅。劉備自身もかろうじて逃げるのが精一杯で、妻子とはぐれた。


ここで二人の男が歴史に名を刻む。


まず趙雲ちょううん、字は子龍。


劉備の護衛隊長にして、三国志屈指のイケメン武将。


趙雲は単騎で曹操の大軍の中に突入した。


目的は、はぐれた劉備の妻子を救出するため。


一人で。曹操軍数十万の中に。


正気ではない。


趙雲は劉備の妻・甘夫人を見つけて安全な場所に送り、次に幼子・阿斗(あと=後の劉禅)を抱いた糜夫人を見つけた。


糜夫人は傷を負っており、「この子を頼みます」と言って井戸に身を投げた。


趙雲は阿斗を鎧の中に抱え、再び曹操軍の中を駆け抜けた。


曹操軍の武将を一日で五十余名斬り殺し、単騎で生還。


赤ちゃんを抱えて。


これが「趙子龍、単騎で主を救う」。三国志演義最大のアクションシーンの一つである。


阿斗を受け取った劉備は――


赤ん坊を地面に投げつけた。


「この子のせいで、大事な将を失うところだった!」


いやいやいやいや。


趙雲は慌てて阿斗を拾い上げ、泣きながら跪いた。


「主君のためならこの命、惜しくありません!」


名場面だ。感動的だ。だが阿斗を投げるのはどうなんだ。


(なお「劉備が阿斗を投げたのは趙雲の忠誠心をさらに固めるための演技」という解釈がある。だとしたらこの男、赤ちゃんを政治的小道具に使ったことになる。どっちにしろひどい。)


次に張飛。


趙雲が生還した後、追撃する曹操軍の前に張飛が立ちはだかった。


場所は長坂橋。


張飛は橋の上に仁王立ちし、蛇矛を構え、絶叫した。


「我こそは燕人張翼徳なり! 死にたい奴はかかってこい!!」


あまりの迫力に、曹操軍の先鋒は馬ごと後ずさりした。


一人は恐怖で落馬して死んだ。


叫んだだけで人が死んだ。もはや音圧攻撃である。


曹操軍は撤退。張飛は一人で大軍を止めた。


だが張飛はこの後、橋を壊して去った。


「橋を壊したということは、兵が少ないのだ」と曹操に見破られる原因になった。


惜しい。九十九点の活躍を、最後の一点で台無しにする。それが張飛という男である。


第十一章 ~ 赤壁の戦い(前編)~ 諸葛亮のプレゼン力 ~


長坂の戦いでボロボロの劉備。


残る希望は一つ。孫権そんけんとの同盟。


江東を支配する孫権のもとに、諸葛亮が単身で使者に向かった。


だが孫権の陣営は「降伏派」と「抗戦派」で割れていた。


降伏派の筆頭は文官たち。彼らの論理は明快だった。


「曹操は八十万の大軍(実際はもっと少ないが盛ってる)。勝てるわけがない」


諸葛亮は降伏派の文官たちと論戦した。


舌戦群儒ぜっせんぐんじゅ」。


一人対複数の学者たちとのディベート。諸葛亮は一人ずつ、理路整然と論破していった。


「曹操が強い? 赤壁では水軍が要。曹操の兵は北方出身で船に慣れていない」


「降伏すれば安全? 孫家は三代にわたって江東を守ってきた。降伏すればその名声は地に落ちる」


「曹操が百万いても中身は寄せ集め。精鋭は少ない」


降伏派、全員沈黙。


そして決定打。諸葛亮は孫権に直接会い、こう言った。


「あなたが降伏する気なら、さっさとすればいい。劉備は漢の皇室の血筋。降伏だけはしない」


孫権のプライドに火がついた。


「降伏など!」


テーブルの角を剣で斬り落とし、宣言した。


「降伏を口にする者は、このテーブルと同じ目に遭うと思え!」


テーブル、いい迷惑。


こうして孫劉連合軍が結成された。孫権側の総司令官は周瑜しゅうゆ


第十二章 ~ 赤壁の戦い(中編)~ 計略のフルコース ~


赤壁の戦いは、三国志演義のクライマックスであると同時に、計略の見本市である。


出てくる計略を順番に見てみよう。


① 蒋幹の手紙事件(反間の計)


曹操は旧友の蒋幹しょうかんを周瑜のもとにスパイとして送り込んだ。


蒋幹は周瑜と飲み明かし、周瑜が「酔って寝た」隙に机の上の手紙を盗み見た。


手紙には、曹操軍の水軍司令官・蔡瑁さいぼう張允ちょういんが裏切りを計画していると書かれていた。


蒋幹は大喜びで曹操に報告。


曹操は激怒して蔡瑁と張允を即処刑。


――だが、その手紙は周瑜が仕込んだ偽物だった。


曹操は自軍の水軍の専門家を自分の手で殺してしまった。


これが反間の計。


曹操は後で気づいた。


「……やられた」


だが今さら「ごめん、間違いでした」とは言えない。メンツの問題である。


② 苦肉の計


次に動いたのは黄蓋こうがい。孫権軍の老将。


黄蓋は周瑜に「降伏したい」と申し出た。周瑜は怒ったフリをして黄蓋を杖で百叩きにした。


黄蓋は瀕死の状態で曹操に密書を送った。


「周瑜にこんな酷い目に遭わされた。降伏させてくれ」


曹操は信じた。あれだけ打たれたのだから本物に違いない。


――だがこれも芝居。


苦肉の計。 味方を本気で痛めつけて、敵に「本物の裏切り」と信じさせる。


黄蓋のおじいちゃん、本当に百叩きされたのに。すごい根性である。


③ 連環の計


曹操軍の弱点は船酔い。北方出身の兵は揺れる船に耐えられない。


そこで龐統ほうとうが曹操に「船を鎖で繋げば安定しますよ」と助言。


曹操はこれを採用し、数百隻の船を鎖で連結した。


確かに揺れなくなった。だが鎖で繋がれた船は――


逃げられない。


これが連環の計。船を繋いで火攻めの標的にするための罠。


第十三章 ~ 赤壁の戦い(後編)~ すべてが燃える ~


すべてのピースが揃った。


反間の計で曹操軍の水軍指揮官を消した。苦肉の計で偽りの降伏者を送り込む手筈を整えた。連環の計で船を繋がせた。


残る問題は一つ。


風向き。


赤壁の季節は冬。北西の風が吹く。つまり火をつけても火は南(自軍側)に向かう。


東南の風が必要だった。


ここで諸葛亮が言った。


「私が東南の風を呼びましょう」


――は?


三日三晩、祭壇の上で祈祷。


そして本当に東南の風が吹いた。


これは演義のフィクション(実際には冬でも稀に東南の風が吹くことはある)だが、物語的には諸葛亮が天候すら操る超人として描かれる名場面だ。


建安十三年(208年)冬。


黄蓋は火船を率いて曹操軍に突入。「降伏する」と近づいておいて――


全船に火を放った。


東南の風に乗って、火は鎖で繋がれた曹操軍の船団を一瞬で飲み込んだ。


赤い壁のような炎が長江を染めた。


赤壁。


曹操軍は壊滅した。


第十四章 ~ 華容道 ~ 関羽、空気を読んでしまう ~


大敗した曹操は、わずかな手勢を連れて陸路を逃げた。


諸葛亮はこの逃走ルートを完全に読んでいた。


要所要所に伏兵を配置。趙雲、張飛が次々と曹操を追い詰める。


そして最後の関門。華容道かようどう


そこに立っていたのは、関羽。


曹操は絶望した。満身創痍の数十騎で、関羽の前を突破するのは不可能。


だが曹操は最後の手を打った。


「関羽殿。かつて私はあなたを厚遇した。赤兎馬を贈り、将軍の位を与え、義をもって遇した。その恩を……忘れたとは言うまいな」


恩義カード。


関羽は義の人だった。恩を受けたら必ず返す。それが関羽のアイデンティティ。


関羽の脳内で、葛藤が起きた。


(任務としては、ここで曹操を斬るべきだ)


(だが曹操には恩がある……)


(でも軍令状に署名した。曹操を逃したら自分の首が飛ぶ……)


(でも……)


関羽は道を開けた。


「……行け」


曹操は涙を流しながら華容道を駆け抜けた。


関羽は義に殉じた。たとえ軍令違反であっても。


これが「義絶」――義の極致と呼ばれる関羽の生き様。


帰還後、諸葛亮は軍法通り関羽の処刑を命じた。


だが劉備が泣いて助命を嘆願。


「桃園で誓った義兄弟を殺すくらいなら、俺が先に死ぬ!」


また泣いた。


結局、関羽は許された。


なお、実は諸葛亮はこうなることを最初から読んでいたという解釈がある。


曹操をここで殺すと、北方が混乱し、孫権が一人勝ちする。劉備にとっては曹操が生きていたほうが都合がいい。


だから「関羽なら情に負けて逃がすだろう」と見越して、わざと関羽を華容道に配置した。


もしこれが本当なら、諸葛亮は関羽の性格すら計算に入れたことになる。


天才、というより怖い。


エピローグ ~ 三つに分かれる天下 ~


赤壁の大勝利により、曹操の南下は阻止された。


天下の形勢は決定的に変わった。


北に曹操。 中原を支配する最大勢力。赤壁の敗北で南進は断念したが、いまだ最強。


南東に孫権。 長江以南の江東を支配。赤壁の勝者として地盤を固める。


そして――荊州の一角に、劉備。


まだ弱い。まだ小さい。だが、諸葛亮という頭脳を得た。


天下三分の計は、まだ始まったばかりだ。


ここから劉備は荊州を足がかりに益州(現在の四川)へ進出し、ついに蜀漢を建国する。


曹操は魏を、孫権は呉を建国し、三国鼎立の時代が幕を開ける。


だがそれは――中巻の話。


――上巻・完――


次巻予告:


荊州を巡る泥沼の争い。関羽の最期。劉備の復讐戦。そして諸葛亮、北伐へ――。

涙と怒りと、たまにギャグの中巻、お楽しみに。


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