第3話 曹操の怖さ、劉備の涙、そして三顧の礼
曹操と劉備、二人の主人公格が本格的に動きます。
片方は天才だけど怖い。片方は弱いけど人に好かれる。
そしてついに、無職の天才・諸葛亮が草庵から引っ張り出されます。
第七章 ~ 曹操 ~ 天才すぎて友達がいない ~
さて、ここらで三国志のラスボス候補・曹操について語ろう。
曹操、字は孟徳。
幼い頃から「乱世の奸雄、治世の能臣」と評された男。つまり平和な時代なら優秀な官僚、乱世なら天下を取る悪党という、褒めてるのか貶してるのかわからない評価である。
実際、曹操のスペックは三国志全キャラ中トップクラスだった。
・軍略:天才。官渡の戦いで十倍の敵を破る。
・政治:天才。屯田制で食糧問題を解決。人材登用は能力主義。
・文学:天才。「短歌行」は中国文学史に残る名作。
・人格:最悪。
最悪は言い過ぎかもしれないが、三国志演義では完全に悪役として描かれている。
象徴的なのが、逃亡中のエピソード。
董卓暗殺に失敗した(演義では暗殺未遂になっている)曹操は、追っ手から逃げる途中、旧友・呂伯奢の家に泊めてもらった。
呂伯奢は酒を買いに外出。家の奥から「ガチャガチャ」と刃物を研ぐ音が聞こえた。
曹操は「殺される!」と思い込み、呂伯奢の家族を全員殺した。
だが、研いでいたのは豚を捌くための包丁だった。家族は曹操をもてなすために豚を準備していたのだ。
曹操は事実を知った。
「……しまった」
そして帰ってきた呂伯奢も殺した。
同行していた陳宮が絶句した。
「間違いだったのに、なぜ主人まで殺すのですか!」
曹操はこう答えた。
「俺が天下の人に背くとも、天下の人に俺を背かせはしない」
三国志演義で最も有名な台詞の一つ。そして最もドン引きされる台詞でもある。
要するに「殺し間違いだったけど、生き残りが復讐に来たら面倒だから証人も消す。俺は裏切られるよりは裏切る側でいる」という、清々しいまでのクソ野郎宣言である。
だが――この男は同時に、部下を大切にし、敵の才能すら認めて登用し、荒廃した中原を立て直し、北方を統一するのだ。
曹操の矛盾。それが三国志の面白さの核心でもある。
第八章 ~ 劉備の放浪記 ~ だいたい泣いてる ~
一方、我らが主人公・劉備。
この時期の劉備の履歴を見てみよう。
1. 黄巾の乱で戦う → ショボい役職 → 張飛が上司をしばいて逃亡
2. 各地を転戦 → 公孫瓚に身を寄せる → 陶謙から徐州をもらう
3. 呂布に徐州を奪われる → 曹操に身を寄せる
4. 曹操から逃げる → 袁紹に身を寄せる → 袁紹が負ける
5. 劉表に身を寄せる → 荊州でニート
身を寄せすぎ。
劉備の前半生は「身を寄せる」「泣く」「逃げる」の三つで構成されている。
だがここで重要なのは、行く先々で人望を獲得しているということだ。
徐州の陶謙は死の間際に「劉備殿に徐州を継いでほしい」と遺言した。劉備は泣いて断った。三回断ってようやく受けた。
曹操のもとにいたときも、曹操は劉備の器の大きさを見抜いていた。
有名な「煮酒論英雄」のエピソード。
曹操は劉備と酒を飲みながら言った。
「天下の英雄は、君と俺だけだ」
劉備は箸を落とした。
「ちょ、曹操さん、それ冗談きついっすよ~」
ちょうど雷が鳴ったので、「雷にビックリしただけです」とごまかした。
曹操は「なんだ、雷が怖いのか」と笑って警戒を解いた。
――いや、騙されんな曹操。
だがこの「自分を小さく見せて生き延びる」能力こそが劉備の真骨頂だった。
劉備は曹操のもとを離れ、荊州の劉表に身を寄せた。
そこで数年間、ほぼニートだった。
ある日、厠から出た劉備は自分の太ももを見て泣いた。
「太ももに肉がついてしまった……馬に乗って戦場を駆け回っていた頃は引き締まっていたのに……俺は何をやっているんだ……」
「髀肉の嘆」。
太ももの脂肪を見て泣く男。だがこの嘆きが、次の大転換点への布石になる。
第九章 ~ 三顧の礼 ~ ニート訪問を三回やる執念 ~
劉備のもとに、ある情報がもたらされた。
「荊州の隆中に、とんでもない天才が隠れ住んでいる」
名前は諸葛亮、字は孔明。
自称「臥龍(がりゅう=伏せている龍)」。
二十七歳。無職。草庵で読書しながら天下を論じるのが趣味。
現代で言えば「実家暮らしで政治評論ばかりしている高学歴ニート」である。
だが周囲の評価は異常に高かった。
「諸葛亮を得る者は天下を得る」
ここまで言われたら行くしかない。
劉備は関羽と張飛を連れて、諸葛亮の草庵を訪ねた。
一回目:留守。
「いないの?」
「お出かけ中です」
「……帰ります」
二回目:また留守。しかも真冬。雪が降っている。
「また留守!?」
張飛がキレた。「兄者、もういいでしょう! たかが百姓の小僧一匹に、なんで二回も足を運ぶんですか! 縄で縛って連れてくりゃいいんだ!」
「黙れ張飛」
三回目:いた。……が、昼寝中。
「お昼寝中です」
「待つ」
「兄者!! もう火つけましょうよこの小屋に!!」
「黙れ張飛」
劉備は雪の中、草庵の前で何時間も立って待った。
ようやく目覚めた諸葛亮は、庵の前にずぶ濡れで立っている中年のオジサン(劉備・47歳)と、横でプリプリ怒っている大男二人(関羽・張飛)を見た。
「……どちら様?」
「劉備です。あなたに天下の計を聞きたい」
こうして始まった会談で、諸葛亮は「天下三分の計」を披露した。
内容を要約すると:
「曹操は強すぎるので正面からは無理。孫権は江東で三代の基盤があるので同盟相手。あなたはまず荊州と益州を取りなさい。そうすれば天下を三つに分けて、曹操に対抗できます」
天下三分の計。
つまり「一位は無理だから三位を目指しましょう」というリアリスト戦略。
劉備は泣いた(また泣いた)。
「先生、俺についてきてくれますか」
「三回も来られたら断れないでしょう」
こうしてニートがニートをスカウトした。
だがこの出会いが、三国志の歴史を決定的に変えることになる。




