第18話
入ってきた男は五十代半ばほどに見えた。
濃紺の上着は皺一つなく整えられ、胸元にはヴァレスタ支部長を示す金属の印章が下がっている。
腰には剣ではなく、封を押すための短い印具のようなものが収まっていた。
柔らかい笑みを浮かべているが、副支部長ドーレマンとは全く受ける印象が違う。
人を受け止めるための厳しさではなく、人を測るための厳しさを秘めている。
「話の途中に失礼する。ヴァレスタギルドの支部長ローディスだ」
ローディスはまずシヴァとカスミへ丁寧に頭を下げる。
「まずはシヴァ殿、カスミ殿。遠方からの助力、感謝します。Aランクパーティに動いていただけるのは、こちらとしても心強い」
「ふ、堅いな」
シヴァが軽く返す。
「国にほとんどいないAランクパーティへの礼を欠くほど、私は無能ではありません」
ローディスは笑みを崩さなかった。
それから、僕たち三人へ目を移す。
同じ顔のままなのに、空気が少し冷えた気がした。
「君たちが、ルルレーダンの迷宮の異常を見つけた三人だな。ドーレマンから報告は受けている」
「はい」
僕が答えると、ローディスは小さく頷いた。
「入口の調査、未知の大穴、そしてアッシュタイガの群れ。よく見つけ、よく生きて帰った。そこは評価している」
言葉だけなら褒められている。
だが、胸の奥に引っかかるものがあった。
「ただし、発見者であることと今後も奥へ踏み込める実力があるかは別問題だ」
リナの声に少し力が入る。
「……私たちは、もう行くなってこと?」
「⋯⋯そう言い切ってはいない。現場を見た君たちには案内役としての価値がある。報告では拾い切れない違和感もあるだろう。だが、戦力としてはまだまだ不安定だ。副支部長の報告でも、奥での戦闘は相当危うかったとある」
何も言い返せなかった。
モスバックボアを倒した後、僕はほとんど動けなくなった。
あの場にドーレマンがいなければ、突然出てきた二頭目の時点で終わっていたかもしれない。
ローディスはそこを逃がさない。
「強い一撃を出せる者ほど、自分の限界を見誤る。君が倒れれば、残る二人も危険に晒される。違うか?」
「……違わない」
「ならば、午後の確認では私も見せてもらおう。君たちがAランク冒険者に同行できるだけの動きが可能かどうか、見極めさせてもらう」
丁寧な声だった。
だからこそ、腹の奥に熱いものが残る。
発見したのは僕たちだが、今のままではその先へ進む権利すらない。
カスミが静かに口を開いた。
「現場を見たのはこの三人です。連れて行く意味はあるでしょう」
「承知しています。だから同行の余地は残しています」
ローディスは一歩も引かなかった。
「ただし、最終決定権は我々ギルドにある。許可できたとしても、彼らは案内と記録補助役。こちらとしては無理をさせる気はありません」
「決めるのが早いな」
シヴァが笑う。
「こういった決断を迅速かつ的確に行えるゆえ、支部長を任されておりますので」
「ふん、なかなか悪くない判断だな。まぁ、どちらにせよ、弱いやつは連れていかん」
「同意してもらえて何よりです」
ローディスは表情を変えない。
この人は、ただ偉そうにしているだけじゃない。
相手を立てながら、自分の位置を絶対に動かさない。
嫌な強さだった。
「午後は第三訓練場を押さえています。人払いも済ませました。結果次第で、正式な同行範囲を決めます」
それだけ告げると、ローディスは軽く頭を下げて部屋を出ていった。
扉が閉まった後、リナが小さく息を吐く。
「……感じ悪い」
「言っていることは正しいわ」
「正しいから、余計に嫌」
「それも分かるわ」
カスミは少しだけ口元を緩めた。
シヴァは扉の方を見たまま、面白そうに笑っている。
「ああいうやつは、笑いながら平気で縄をかけてくるから厄介なんだよ」
「シヴァ」
「分かってる。喧嘩は売らん」
「今さっきのは少し売っていたわ」
「⋯⋯控えめだったろ」
リナが呆れた顔をする。
イスカは黙っていたが、表情は硬い。
「第三訓練場……ですか」
イスカが小さく呟いた。
その声に、僕は顔を向ける。
「知ってるのか?」
「名前だけです。普通の打ち合いをする場所ではありません。壁や足場を動かせる、実戦確認用の訓練場だと聞いたことがあります」
「足場を動かせる?」
リナが眉を寄せた。
「迷宮内の崩れた床や、傾いた通路を再現するための場所です。場合によっては、捕獲した魔物を入れることもあるとか」
その一言で、部屋の空気が少し変わった。
ただシヴァと打ち合うだけではない。
ただ僕たちの強さを見るだけでもない。
迷宮の中で、誰が先を見るのか。
誰が崩れた足場を読むのか。
誰が敵の動きを止め、誰が逃げ道を作り――誰が決定するのか。
そういうものまで見られる場所。
「なるほどな」
シヴァが楽しそうに笑う。
「あいつ、口では止めるみたいなことを言ってたが、落とす気だけじゃねえな」
「どういうこと?」
リナが聞くと、シヴァは僕たち三人を順に見た。
「本当に連れて行く気がないなら、確認なんてしない。支部長の権限で終わらせればいい。だが、あいつは場を用意した。つまり、お前らを連れて行ける理由を探す気もあるってことだ」
「連れて行けない理由を探してる可能性もあるわ」
カスミが静かに言う。
「それもあるな」
シヴァはあっさり認めて笑った。
「だから面白いんだろ。午後の結果でどっちにも転んでもな」
僕は右手を握った。
同行できるだけの動き方。
足を引っ張らない力。
言われたことは悔しい。
だが、ここで腹を立てるだけなら、ローディスの言う通りだ。
第三訓練場で見られるのは、たぶん一撃の強さだけじゃない。
リナが何を読み、イスカがどこへ踏み込み、僕がどこで黒を使うのか。
三人で動く意味そのものを、あの人は見ようとしている。
「やれることをやるしかない」
僕が言うと、リナがこちらを見た。
「うん。言われっぱなしは嫌だし」
「ただの発見者だけで終わりたくないです」
イスカの声は静かだった。
だが、その目はもう伏せられていない。
シヴァがにやりと笑う。
「三人で何ができるか整理しておけ。迷宮で生き残るやつは、強いやつじゃない。自分たちが何をできるか、戦う前に分かってるやつだ」
その言葉で、僕たちの熱が少し変わった。
悔しさだけではない。
午後の確認が急にただの試験ではなくなった。
僕たち三人が、今のまま先へ進めるのか。
それとも、まだ入口に立つことすら許されないのか。
見せるしかない。僕たち三人が必要な意味を。




