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第16話

  

 翌朝、ヴァレスタのギルド入口前はいつもより落ち着かなかった。


 依頼板の前にいる冒険者たちも、受付へ並ぶ者たちも、ちらちらと入口の方を見ている。

 大きな声を出しているわけではないのに、ギルド全体がざわついていた。


 理由はすぐに分かった。


 入口近くに、二人の冒険者が立っていたからだ。


 一人は金色の髪の男。

 白い胴衣に長めの上着を合わせ、片側の肩には紫色の布が縫い込んである。

 腰には形の整った長剣を差している。

 派手な装備ではないのに、布も革も金具も一目で普通の物ではないと分かる。


 もう一人は黒い外套をまとった女だった。

 フードを下ろしているが、その根元から深い緑の髪が少しだけ見えていた。

 相対的な背丈や髪の長さから、女だろうことは推定できる。だが、他にわかることがほとんどない。

 そこに立っているのに、気を抜くと意識から外れそうになるほどその存在が希釈されている。


 金髪の男がこちらを見てくる。

 思わず僕は立ち止まった。

 男の口元が楽しそうに上がった。


「久しぶりだな、アーテル」


 その声を聞いた瞬間、体に緊張が走った。

 リナが横で僕を見る。


「知り合い? ――ってこの人たち、昨日街の大通りで見かけた人かも」


「私も見ました。かなり強そうな二人組だったのでよく覚えています」


 二人は声を揃えて言う。

 僕はリンドリウムでギルドへ価値を示すために殺されかけたことと、Bランクの魔物――グリムアッシュタイガから命を助けてもらったことの両方を思い出していた。


「一度戦って、一度助けてもらった」


「一度……戦った?」


 リナの声が少し低くなった。

 イスカも静かに目を細め、金髪の男と黒い外套の女を見比べている。


 男は気にした様子もなく、まるで前から決まっていたことみたいに言った。


「こんな形で会えるとはな。ようやく、お前を俺たちのパーティに入れられる」


「……え?」


 僕だけじゃない。

 リナもイスカもその場で固まった。


 黒い外套の女――カスミが、深く息を吐く。


「シヴァ。語弊がある言い方はやめて」


「違うか?」


「違う。今回は一時的な同行。ルルレーダンの調査で私たちがアーテルたちに付くの。パーティ加入じゃないわ」


「結果的に一緒に潜るだろ」


「それを普通は『同行する』って言うの」


 シヴァが少しだけ肩をすくめた。

 反省しているようには見えない。


 カスミがこちらへ視線を向ける。


「久しぶりね、アーテル。リナも」


「……カスミ?」


 リナの表情が少し緩む。

 そうだ。

 カスミは僕たちを何度か《影帳(かげとばり)》で運んでくれたことがある。僕だけでなく、カスミについてはリナも知っている相手だ。


 ただ、シヴァは違う。

 リンドリウムにいたときには、リナと直接会ったことはない。

 イスカに限っては二人とも面識がないだろう。


 カスミはリナへ軽く頷き、それからイスカを見た。


「あなたがイスカね。報告書に名前があったわ」


「はい、イスカです。よろしくお願いします」


 イスカは丁寧に頭を下げた。

 初対面でも相手が誰かは分かっているのだろう。

 Aランクパーティのシヴァとカスミ。

 僕は最初は知らなかったが、二人はかなり有名な冒険者らしい。


 シヴァはそんなイスカの反応すら面白そうに見ていたが、すぐに僕へ視線を戻した。


「紋章の力もだいぶ使えるようになったようだな」


「……どこまで⋯⋯知ってるんだ?」


「そうだな。位階0のお前が、虎紋のレンを倒した決め手くらいは知ってる」


 最後の一撃——《黒雷(こくらい)一槍(いっそう)


 あの一撃はリナを避難所へ運んだ後、レンを倒すために絞り出した技だ。


 何より、あの《黒雷・一槍》はシヴァがBランクの魔物――グリムアッシュタイガを倒すところを目の前でしっかり見ることができたからこそ、生まれた技だった。


 シヴァの圧倒的な『雷』が街の煙を裂き、あの巨大な虎を一撃で葬った。

 それを見たとき、僕はただ圧倒されただけじゃなかった。


 悔しかった。

 あんな技を撃てる力が、心の底から自分に必要だと思ってしまった。


 シヴァに憧れているつもりはない。

 むしろ、こっちは散々振り回された側だ。


 それなのにレンを前にした最後の最後で、僕の中から出てきた形は雷紋の技に近かった。


 『黒』を雷みたいに走らせたあの一撃。


 頭のどこかで追いかけていた気持ちを認めるのは少し歯がゆかった。

 シヴァはそんな僕の顔を見て悟ったのだろう。

 楽しそうに目を細めて遠慮なく言う。


「アーテル、お前、あの技は俺の雷を見て考えただろ。かなり無茶だったはずだが、面白い形だった」


「……見ていたのか」


「俺に憧れるとはな、気持ちは分かるが」


 シヴァは声を出して笑った。


 違う――と言い切りたかったが、完全には否定できないのも確かだった。

 僕が黙ったせいで、リナの視線がこちらへ刺さる。


「アーテル?」


「あとで話す」


 短くそう言うしかなかった。


「これ以上はやめておくか。カスミに怒られる」


「もう怒ってるわ」


 カスミの声は静かだった。

 シヴァはそこでようやく口を閉じた。


 リナは何か聞きたそうにしていたが、今は周りに人が多すぎる。僕も詳しく話せる状況ではなかった。


 そのとき、ギルド職員が近づいてきた。


「皆さん、お揃いですね。奥の部屋へお願いします。皆さんをこちらへお呼びした副支部長は出ておりまして部屋は自由に使ってください。あと……支部長があとで挨拶に来るそうです」


 僕たちは職員に案内され、受付横の扉から奥へ入る。

 通路を抜けると、地図と控えの置かれた小部屋に通された。


 机の上にはヴァレスタ周辺の地図が広げられていた。

 ルルレーダンの迷宮と翠緑の迷宮――二つの位置が赤い印で示されている。


 僕たちが席に着くと、カスミが地図の前に立った。

 シヴァは座らず、壁にもたれているままだ。


「今回、表向きにはAランクパーティへの調査依頼として処理されているわ。まだ大きく公表はされていない。変に広まれば、腕試しの冒険者や商人が動いて余計に危険になるから」


 カスミは地図の上へ指を置く。


「私とシヴァはアーテルたちと一緒にルルレーダン側へ入る。貴方たちが見つけた大穴の手前まで確認して、そこから先は状況次第で検討ね」


「その大穴の奥にはアッシュタイガが群れてた」


 僕が言うと、シヴァの笑みが少し薄くなる。


「らしいな。だから俺たちが付く」


 その声にはさっきまでの軽さが少しだけ消えていた。

 カスミが続ける。


「それから、うちのパーティの残り二人――レイナスとミレアは別件を確認する予定だから、二人は翠緑の迷宮側から潜ってもらう」


「翠緑側も調査するの?」


 リナが尋ねる。


「ええ。ルルレーダン側で見つかった湿地や植物、そして魔物たち。あとは灰白の層や翠脈石鉱。これらは翠緑側の生態や状態にかなりよく似ている。もし、二つの迷宮がどこかで繫がっているとすれば、戦力を分けて双方向から調査を進めた方が早いわ」


 ルルレーダンと翠緑の迷宮。

 地上では別々の入口と認識されているが、その地下階層でも本当に別々なのかは今の時点では分からない。


 イスカが静かに口を開く。


「もし中で繫がっていた場合、これまでの地図は当てにならなくなります」


「そうね」


 カスミは短く頷いた。


「だから、今回も進むことより確かめることが優先。あなたたちは発見者だけど、無理に奥へ入る必要はないわ」


 そこでシヴァが口を挟んだ。


「ただし、見るだけで終わるかどうかは分からん。迷宮はこっちの都合を待ってくれないからな」


 あの日、突然目の前に現れた大穴を思い出す。

 僕の背丈ほどもある草地の奥で、群れていたCランクの魔物――アッシュタイガ。


 今の僕たちにとっては見に行くだけでも、命を賭けなくてはならない場所だった。



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