閑話「Aランクパーティ」
ヴァレスタ中央通りの奥にある『風見鷲亭』は、商会主や上級冒険者が使う宿として知られている。
その最上階には、大通りを見下ろせるテラス席があり、下の喧騒はその高さもあって少し遠い。
そこに『雷紋』のシヴァは立っていた。
金色の髪。白い胴衣と長めの上着。
片側の肩に落とした紫の布が、上階の風を受けてゆるく揺れている。
細身だが力強さも感じる体つきだ。
腰の長剣の柄と鍔は美術品みたいに整っているが、飾り物の気配はない。
全部が実戦のためにそこへあった。
その隣には『影紋』のカスミが音もなく立っていた。
フードをとった姿は深緑の髪で、隙間から先が尖った耳が覗いている。
黒い外套の裾が風に揺れて音を立てているが、本人の気配はかなり薄く、そこにいると分かって見なければ見落とすだろう。
「それで、あいつはこの街に本当にいるのか?」
シヴァが口元だけで笑いながら言う。
「アーテルのこと? まだ気になっているのね」
「お前のせいで勧誘しそこねたからな」
目が楽しそうに細くなる。
「いつの間にかリンドリウムから消えていたが、まさかたまたま通りかかったヴァレスタにいるとはな」
「⋯⋯あえてこの依頼選んだんでしょ。報告に名前があったから」
「ははは、バレてたか」
「依頼と私情を混ぜないで。シヴァはすぐ遊ぶんだから」
「今回はまだ何もしてないって」
「今の顔はこれから何かする顔だわ」
シヴァは少しだけ肩をすくめた。
反論はしない。カスミにそこを突かれるのは慣れている表情だった。
「それで、今日通りで見かけたあの子がリナか?」
「そう。アーテルと一緒にいる『解紋』の子。私は何度か《影帳》で運んだことがあるわ」
「俺は会ってはいないが、彼女も面白そうだ」
「会わなくてよかったと思うけど」
「⋯⋯なぜ?」
「初対面でアーテルに斬りかかるような人には、向こうも会いたくないでしょう」
「あれはギルドから価値を試せと言われてたからだ。手っ取り早く示せて良かっただろ。結果的に生きてたし」
「ただの結果論よ」
その返答に対してシヴァは笑うが、カスミは笑わない。だが、本気で突き放しているわけでもなかった。
二人の間には何度も同じようなやり取りを重ねてきた信頼関係があるのがわかる。
その時、カスミの目が通りの奥へ動いた。
雑貨屋の軒先。
荷運びの男。
壁際で立ち止まる女。
どれも通行人に見える。
実際、何もしなければ通行人のままだ。
「……来ている」
シヴァの笑みが薄くなる。
「誰が?」
「白の『外の手』に近い気配」
「何の目的だ? 今回の依頼にもある迷宮の件か?」
「わからない。もしかするとアーテルの紋章⋯⋯か。目をつけられたんでしょう。必然よ」
「だろうな。あいつはまた流れの真ん中にいる」
「面白がらないで」
「分かってる」
カスミはすぐには返事をしなかった。
その沈黙だけで、釘を刺しているのだと分かる。
シヴァは小さく息を吐き、下の通りへ目を戻した。
「ただ、白が先に手を伸ばすなら別だ。久しぶりに会う前に横から持っていかれるのは、さすがに面白くない」
「そのときは私が動くわ」
「俺じゃないのか」
「あなたが動くと大きくなる」
「何も言えん」
シヴァは笑った。
だが、その目はもう遊びだけではなくなっていた。
◇◆♢◆♢◆♢
同じ頃、ヴァレスタのギルド奥では別の二人が依頼書を受け取っていた。
背の高い男は、淡い青灰色の髪を後ろで軽くまとめている。体格は細すぎず、厚すぎず、無駄がない。表情はほとんど動かないが、立っているだけで周囲の温度が半歩下がったような気配があった。
Aランクパーティのメンバーの一人『氷紋』のレイナス。彼自身はAランクが近づいているBランク冒険者である。
その隣にいる女は柔らかい栗色の髪を肩口で揺らし、白に近い淡色の外套をまとっていた。
見た目だけなら神殿の祈り手か、どこかの穏やかな貴族令嬢にも見える。
だが、彼女が依頼書へ目を落とした瞬間、傍にいた職員の背筋が自然と伸びた。
『呪紋』のミレア。その界隈では有名なAランク冒険者だ。
「また私たちは翠緑側ですか」
ミレアは依頼書を読みながら、少し困ったように笑った。
「シヴァとカスミがルルレーダン側。俺たちは翠緑側。なぜいつもこのペアなんだ」
レイナスは淡々と答える。
「たまには四人で一緒に動いてもいいと思いませんか?」
「四人で動くと、依頼よりこちらの戦力の方が目立つ」
「それは少し言い方が自意識過剰すぎませんか」
「事実だ」
ミレアはにこりと笑った。
その笑みを見て、依頼書を持ってきた職員が少しだけ下がる。
「レイナスは、本当に遠慮がありませんね」
「遠慮では魔物は止まらない」
「そういうところです」
ミレアは小さくため息をつき、依頼書の一点へ指を置いた。
「翠緑の迷宮中層で、獣型の動きが増えている。虫系は少なく、植物系が多い。なのにルルレーダン側では、虫、植物、獣が同じ深さで混じり始めている」
「それに、灰白層と翠脈石鉱の報告」
「はい。普通なら違う迷宮の話です。でも今回は別々ではないかもしれません」
レイナスは地図を広げた。
ルルレーダンと翠緑の迷宮は、地上では離れている。
だが、地下まで同じように離れているとは限らない。
「合流する可能性もあるか」
「本当にそうなったら、笑えませんね」
ミレアは柔らかく言った。
声は穏やかなのに、言葉の中身は重い。
「それと――」
レイナスが地図を畳みながら言う。
「さっき通りで見た黒髪の少年。あれがシヴァの言っていたアーテルか」
「たぶんそうですね。何かおかしな技を試していましたね」
「⋯⋯シヴァが気に入るわけだ」
「ええ。危なっかしいですが、見ていて退屈はしなさそうでした」
ミレアはそこで、ほんの少しだけ首を傾けた。
「ただ、見ていたのは私たちだけではありませんでしたね」
「あぁ。これも報告しておくか」
「いえ、おそらくシヴァとカスミも気づいているでしょう」
「なら、向こうに任せる」
「レイナスは冷たいですね」
「シヴァが勝手に前へ出る。カスミが止める。いつも通りだ」
それを聞いて、ミレアは今度こそ少しだけ笑った。
「本当に、いつも通りですね」
♢◆♢◆♢◆♢
日が傾き始めた頃、四人は《風見鷲亭》の奥にある貸し切りの部屋へ集まっていた。
中央には大きな円卓があり、壁にはヴァレスタ周辺の地図が掛けられている。窓の外には交易路が見え、その先にルルレーダン方面の低い山影が沈んでいた。
シヴァは席に座らず、地図の前に立っている。
カスミは扉に近い影の薄い場所。
ミレアは円卓の傍のソファにゆったりと座っている。
レイナスは窓側で腕を組んで外を見ていた。
「で、結局また二手か」
「そうなりますね」
ミレアが穏やかに答えた。
「シヴァとカスミはルルレーダン側。アーテルたちと合流して、例の大穴があるという場所付近を確認。その先は状況次第です。ただし、無理に押し込まないこと」
「俺たちがいても、か?」
「今回はかなり異質な事態だから、慎重にってことよ」
声は変わらない。
だが、部屋の空気が少しだけ重くなる。
シヴァは肩をすくめた。
「分かった。今回はアーテルたちを見るのが目的だ。壊す気はない」
「壊すという言い方をやめなさい」
カスミが静かに刺す。
「じゃあ、鍛える」
「それも今は違うわ」
「難しいな」
「普通に守ればいいのよ」
シヴァは少し考え、それから納得したように頷いた。
「なるほど。守りながら見る」
「そこまで難しく考えないで」
レイナスが窓際から地図へ目を戻す。
「俺たちは翠緑側から入る。中層の湿地、未踏破付近の魔物の動き、あとは灰白層に近い壁材があるかを確認する」
「もし同じものが見つかったら?」
「ルルレーダンと翠緑は、地下で繫がっている可能性が高くなる」
短い答えだった。
だが、その場の全員が意味を理解していた。
地上では別々の迷宮。
出現する魔物や迷宮内の様子も、冒険者たちの認識も違う。
それなのに迷宮内のどこかで繫がっているなら、今までの地図も危険度も大きく変わる。
「あとは⋯⋯もともと一つだった可能性もあります」
ミレアが言った。
「人間側が――地上の入口だけを見て別々に呼んでいた。もしそうなら⋯⋯今回見つかった大穴はただの横道ではないかもしません」
「他の部分でも繋がっている可能性があるわね」
カスミが続けるとシヴァが口の端を歪めた。
「面白いな」
「面白いで済ませる規模じゃないわ」
「分かってる。だから調査に行けってことだろ」
シヴァは地図の一点を指で叩いた。
ルルレーダン側に付けられた新しい印。
アーテルたちが見つけたという大穴の推定位置だ。
「ここらでアッシュタイガが群れている報告があっただろ。あいつらは群れない。つまり、もっと危ないのがいる」
レイナスが無表情で言う。
「Cランクが群れでいてまだ先があるなら、普通は封鎖だ」
「普通ならな」
シヴァの目が細くなる。
「だが、今回の発見者はアーテルたちだ。一度見て帰ってきた。副支部長がいたからできた芸当だろうが、この事態を見つけた功績はでかい」
「そもそもルルレーダンの真の入口を見つけたのもアーテルたちらしいわよ」
カスミが静かに言う。
「アーテル以外ともまだ会ってないのは損した気分だ」
「アーテル⋯⋯シヴァがそこまで気に入る子なら、少し楽しみですね」
「お前も気に入るぞ。面白い」
「私は面白さだけで判断しませんよ」
ミレアは依頼書を閉じる。
「では、明日の朝。ギルドでアーテルたちと顔合わせ。その後、シヴァとカスミはルルレーダン側。私とレイナスは翠緑側へ」
「翠緑側ではまだ未踏破のどこかがポイントになっているだろう。死ぬなよ」
シヴァが軽く言う。
部屋の空気が一瞬だけ止まった。
もし本当に迷宮の中で合流したなら、それは仮説が現実になったということだ。
ミレアは少しだけ目を細める。
「そのときはそこが今回の答えに一番近い場所ですね」
レイナスも頷いた。
「同時に⋯⋯一番危ない場所でもある」
「なら、なおさら先に見ておかないとな」
シヴァは笑った。
遊びの笑みではない。
面白いものを前にしたときの子どもみたいな無邪気な笑みだった。
◆♢◆♢◆♢◆
翌朝。
ヴァレスタのギルド前は、いつもより少し早い時間から人の出入りが多かった。
依頼板の前では冒険者たちが声を交わし、受付の奥では職員が何枚もの控えを運んでいる。
その入口近くでシヴァは待っていた。
カスミは少し離れた柱の陰に立っている。
見えているのに、意識しなければ見落としそうな立ち方だった。
やがて、通りの向こうから三人が来る。
黒髪の少年。
鎖を腰に掛ける少女。
背が低い、もの静かそうな少女。
シヴァはアーテルを見つけた瞬間、楽しそうに笑った。
「久しぶりだな、アーテル」
その声に、アーテルの足が止まる。
リナは隣で警戒し、イスカは静かに目を細めた。
カスミだけが、小さく息を吐いている。
シヴァはまるで当然のように言った。
「こんな形で会えるとはな。ようやく、お前を俺たちのパーティに入れられる」
朝のギルド前で、その言葉だけがはっきりと響いた。




