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第14話

  

 工房を出ても、炉の熱はまだ背中に薄く残っていた。

 大通りに出た途端、涼しい風が頬を撫で、火と鉄の匂いを少しずつさらっていく。


「三日後か」


 リナが快晴の空を見上げた。


「思ったより早かったね」


「翠脈石の精製もある。三日で強化までいくのはすごい人なんだろうな」


 僕が言うと、イスカは腰元の空いた場所へそっと手をやった。

 いつもある重さがない。

 その違和感を確かめるみたいな仕草だった。


「……ですが、三日は長いです」


 イスカは少しだけ目を逸らした。


「ギルドからもらったルルレーダンの迷宮の先行探索権ですが、細剣の強化が終わる予定時点で残り三日間という感じですね」


「⋯⋯じゃあ、この三日はしっかり準備と休養にあてて、無駄にならないようにしよう」


 そのまま三人で一度家へ戻る。


 荷を下ろして大広間の机へ向かった時、ようやく今日やるべきことが一つ残っていたのを思い出した。


「……後回しにしていたが、魔核を済ませよう」


 今回までに溜めていた分を袋から並べていく。

 レトルファング、ハングスパイダー、サンドローチ。ミックスプラント。グラインドビートル、スパインローチ。


 探索の中で、魔核を回収を続けていたおかげで机の上は思ったより埋まっていた。


「けっこうある」


 リナが机を見下ろす。


「可能な限り抜いて帰ってきたからな」


 僕は抽出器を机へ置いた。


 まず、取ってきた魔核をランクごとに分ける。

 F、E、Dランクの魔核を順に入れて、ランクだけは混ぜずに順番に抽出していくと、最後には小瓶が三本、机の上へ並んだ。


 Fランクの瓶はほとんど透明だった。

 Eランクは薄く黄緑が差していて、光へかざすとやわらかく色が浮く。

 そしてDランクの瓶だけは量こそ少ないのに、底で重く沈むみたいな黒色の光を持っていた。


「……分かりやすい」


 リナが小瓶を覗き込む。


「やっぱり強い方が濃のかな?」


「見た目だけでも違いますが、粘度というか、そういう違いもあります」


 僕は三本を見比べ、小さな杯を三つ並べた。


「分けて飲もう。ランクごとにまとまってるし、どう出るかも見やすい」


 まずはFランクから分ける。

 量はけっこうあったが、3人で分けるとそれほど多くない。


「じゃあ、いく」


 リナの声に合わせて、一緒に口へ運ぶ。


 ほとんど水みたいだった。

 だが、飲み込んだあとで喉の奥にかすかな熱が残る。


「今日のは薄い」

「でも、何もないわけじゃないな」

「少し、体の奥が温かいです」


 次にEランク。

 こっちは思っていたより味があった。

 少し苦くて、薬草を煮詰めたみたいな青臭い後味が舌に残った。


「うわ、これまずい」


 リナが顔をしかめる。


「まだ飲める方だ」


「アーテルは味覚、変」


「我慢してるだけだ」


 軽く言い返しながらも、Fとは違う熱が胸の奥へじわりと広がっていくのが分かった。

 

 Fランクの紋滓(もんし)よりも、もう少し深いところへ落ちてくる感じがある。

 体が一段軽くなっていた。


 最後に、Dランクの瓶が残った。


 量が一番少ないせいか、杯へ注ぐだけで少し緊張した。

 リナが小瓶を見つめたまま言う。


「これが一番きつそう」


「たぶん、そうです」


 イスカまで珍しく先に同意した。

 僕たちは一度だけ顔を見合わせ、それから一緒に飲む。


 ――予想外に甘かった。


 ただ甘いだけじゃない。

 最初に濃い甘さが舌へ広がり、そのあとから少し遅れて、焦がした砂糖みたいなほろ苦さが追いかけてくる。


 ありえないが、どこかお菓子みたいな癖になる味に戸惑う。そのなかに、金属っぽい硬さも混じっていた。


「……あれ」


 最初に声を漏らしたのはリナだった。


「美味しい、かも」


「だよな、スパインローチの姿を思うと⋯⋯だが」


 僕が言うと、イスカも小さく頷いた。


「はい。ただ、かなり甘いです」


 飲み込んで少しすると、胸の奥へ落ちた熱が一気に広がった。

 腹の底から何かが押し上がってくるような感覚で、明らかに今までのものより強い。


 僕は椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。


「今のはよく分かった」


「うん」


「かなり体が軽くなりました」


 しばらくそのまま熱が落ち着くのを待ってから、僕たちは顔を見合わせた。


「でも、位階が上がるほどじゃなさそう」


「そうだな。無駄じゃない」


「はい。ちゃんと前に進んでいます」


 三日後には、鍛え直したイスカの細剣が戻る。


 今のままだと、大穴の向こうへすぐには踏み込めないだろう。

 あの向こう側へ行くには強くならなくてはならない。

 机上には空になった三本の小瓶だけが残っていた。



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