第13話
雑貨屋を出た僕たちは、北門の工房区画へ向かった。
イスカの案内で、例の鍛冶屋へ行くためだ。
通りに面した扉は半分だけ開いていて、中から熱気が流れてくる。
鉄を打つ音は今は止んでいたが、炉の火はまだ赤く生きていた。
壁際には剣や槍の穂先が並び、奥の棚には金具や芯材が無造作に積まれている。
「ナリュー、いますか?」
イスカが声をかけると、奥から女が出てきた。
僕たちより年上だと一目で分かるが、一人で工房を回すには若く見える。
煤で少し汚れた赤髪を後ろで一つにまとめ、かいていた汗を拭っていた
手に持っていた布で指先を拭きながら、まずイスカを見る。
「……またお前か」
低く芯のある、よく通る声だった。
「今度は何だ。刃こぼれの泣きつきなら後回しだぞ」
「修理ではありません。それに泣きついてないです。……今日は相談があります」
「なら聞こう」
ぶっきらぼうに返してから、女――ナリューは僕たちの持つ袋へ目をやった。
「また面倒なもんをウチに持ちこんできたのか?」
呆れは混じっていたが、嫌そうな色は薄い。
厄介事に慣れている顔でもある。
「ドーレマンとは知り合いなんだな」
僕が聞くと、ナリューは少しだけ目を逸らした。
「知り合いってより腐れ縁だな。あいつがまだ現場で暴れてた頃から見てる。昔から、厄介なもんを見つける目だけは妙に利くんだよ」
そう言ってから、僕たちへ視線を戻す。
本人は気づいていないようだったが、「あいつ」と言う時だけ少し響きが柔らかかった。
「私はナリュー。この工房の主だ。それで、持ってきたのは何だ」
僕たちは魔道袋や革袋にパンパンに詰めてきたを『翠脈石』を見せる。
ナリューはすぐそれを一つずつ摘まみ、断面を光へ傾けて鑑定している。
刃先で表面を軽く削ったり、爪で弾いて音も確かめたりと色々調べていた。
「……やっぱりか」
短く息を吐く。
「これ、全部翠脈石か? 今見たものだと、未精製だが質は悪くない」
「迷宮で採取できそうなものは、ほとんど運んできた」
「なるほど、これだけの量がまだ手付かずだったなんてな。翠緑の迷宮だろ?」
その問いには、今は曖昧に頷くだけにしておいた。
「――翠脈石って、結局どういう石なんだ?」
僕が聞くと、ナリューは石を持ったまま答えた。
「この鉱石はとにかく『力』の通りが良く、硬くて丈夫だ。魔道具や武具の芯材に向いてる。だが、採れる量が少ないから希少なんだ。これだけ全部精製できれば、精製料を引いても金貨400……いや、500枚は値がつくだろう」
リナが目を丸くした。
「これだけ売れば、私、一生暮らせる?」
「いや、それは無理だろう……」
ナリューは翠脈石を置き、今度は僕たちの装備へ目を向けた。
最初に受け取ったのはイスカの細剣だ。
鞘から抜き、光へかざし、重心を確かめるように二、三度だけ静かに振る。
「……まだ保ってるな。だが――」
そこでイスカを見る。
「私が作ったときよりも、かなり負荷がかかっている。おそらく、お前の動きに追いついていないのが原因だろう」
この細剣を打ったのはナリュー本人だ。
出来が悪いと言っているわけではない。イスカの成長が、最初の想定を追い越し始めているのだ。
「これだけ翠脈石があればできることは多い。どうする? イスカの細剣にこの希少な鉱石をかなり使ってもいいのか?」
僕がリナを見ると、リナは大きく頷いた。
「イスカが強くなれるなら、もちろん」
イスカが一歩前へ出る。
「リナ、アーテル。ありがとうございます」
「いいだろう。それに多く使うと言ってもこれだけの量だ。お前たち二人の装備にも使える。遺物でも付加的な強化ならできるからな」
ナリューはそう言って、今度はリナの鎖を持ち上げた。
節をいくつか揺らし、戻りの速さを見ている。
「この遺物は節の何か所かに翠脈石を使ってみるか。重さの乗り方やズレを整えれば、今より狙い通りに動かせるはずだ」
「速さも変わる?」
リナが聞き返すと、ナリューは鎖を机へ戻した。
「ああ。速度に振る形もありだろう。敵が通る場所を絞るなら、そっちを伸ばした方がいいがどうする?」
リナが小さく息を呑む。
「……それ、今ほしい力。お願い」
ナリューが、相手の求めているものをちゃんと見ているのが伝わってきた。
ガイールの遺物——レッグガードもナリュ―から提案があったが、そちらは辞退していた。
まだ使い始めたばかりということもあるだろうが、今は誰かに預けるという行為そのものが嫌なのかもしれない。
最後に、ナリューの視線が僕の持つ朧差と黒鉄の小手へ落ちる。
僕はその二つを手渡すと、まず朧差を抜いて刃を見て、それから小手の指先や強度などを確かめていた。
ナリュ―の眉が少しだけ寄る。
「……お前のは一番面倒だな」
「……そうなのか?」
「こっちの小太刀は、出力の大きい技にも耐えられるよう調整されてる。かなり腕のいい鍛冶師の仕事だ。これは私が触らない方がいい。使い続けるなら今後も作ったやつに見てもらえ」
リンドリウムの薬師ロンネスを思い出す。
ロンネスは、自分の家の裏に隠し工房を持っていた薬師兼鍛冶師だ。
僕は朧差を見る。
もともとは二本の遺物として手に入れた武器だった。だが、ロンネスはそれを一つの武器として調整してみせた。
あの手際の良さなどを思い出すと、実は鍛冶師としてもかなりすごい人なのだろう。
ナリューはそのまま続けた。
「――だが、小手の方は強度を上げておかないと、お前の技に耐えられていないように見える」
そう言って、作業台を指で軽く叩く。
「では何から取り掛かる?」
最初に口を開いたのはリナだった。
「細剣からお願い」
迷いのない声だった。
「僕もまだ鍛えるべきことは他にある。それでいい」
それを聞いたナリューがすぐ頷く。
「よし」
話をまとめるように言う。
「細剣だけなら三日で返す。芯を替えて、今の形に馴染ませるところまでだ。鎖と小手までまとめてやるなら、さらに四日はみておいてくれ。それでもいいか?」
「わかった。それで頼む。ただ、迷宮に行かないといけないから、一度細剣ができたときに改めて考える」
僕の言葉にナリューは頷き、さっそくイスカの細剣を受け取って布に巻き、奥の棚へ置いた。
「では三日後の午後に取りに来い」
イスカは腰の軽くなった鞘を見てから、小さく頭を下げた。
「お願いします」
ナリューは翠脈石の袋を鍛冶場へ運ぶ。僕たちもそれを手伝った。
「代金の細かい話も、受け取りの時で構わん。あいつの紹介だしな」
リナがちらっと僕を見る。だが、何も言わなかった。
話を終え、僕たちは工房を出た。
外へ出ると、炉の熱が背中に残ったまま風が頬に当たる。
工房区画の通りは、金具を打つ音と炭の匂いで満ちていた。
「三日か」
僕が呟くと、リナが息を吐く。
「思ったより早い」
「前に、バビルにやられて溶けた細剣を直す時はもっとかかりました。今回とは別なのでしょうけど――」
イスカはそう言ってから立ち止まり、僕たちの方へ向き直った。
「それよりも翠脈石をたくさん使うことなってしまいました。二人とも、ありがとうございます」
「イスカのためなら、当たりまえ」
「だな。仲間が強くなってくれたら、僕たちにも余裕ができる」
「それに私の鎖にも使えるんだからいい。楽しみ」
「ありがとうございます。……二人とパーティを組めて、本当に良かったです」
そう言って、イスカは少しだけ地面を見つめてた。
珍しく感情が顔に出ているのを見て、僕たちは自然に笑う。
「僕もだ」
「私も」
そのまま三人で工房区画を抜け、ギルドへ寄った。
掲示板の前で足を止め、依頼票を眺める。
「三日間は迷宮なし」
リナが先に言う。
「そもそもイスカの武器がないのに潜るのは危ないからな」
手前までなら、と一瞬考えた。だがそれはやめておく。
大穴の前まで行くにも途中での戦闘は多い。今の三人で無理をする意味はない。
イスカも頷いた
「じゃあ、各自で準備と休息。余裕があればソロで自由に依頼、って感じにするか」
「賛成!」
「はい」
明日からしばらく、ヴァレスタでの自由時間になりそうだった。
ずっと誰かと動いていたから、何か違和感を感じるが、それも含めて少し楽しみに思うのだった。
■ 翠脈石
力の通りが良くなる性質を持つ透き通った緑色の希少な鉱石。
武具や魔道具に用いられ、強化素材としての価値が高い。採取量が少ないため高価。




