第12話
ヴァレスタへ戻った頃には、空が赤く傾き始めていた。
北門に到着したところで、ドーレマンが振り返る。
「お前たち、静かで飯のうまい店があるんだがどうだ?」
リナはその言葉に疲れを忘れたかのように跳びついた。
迷宮から戻ってきたばかりで体は重い。
だが、ゆっくり休みながら温かい食べ物でも食べれば、少しは疲れもとれそうだった。
ドーレマンに連れられて入ったのは、北門と工房区画の間にある民家のような店だった。
表に看板はなく、知らない人間がふらりと入れる空気ではない。
中へ入ると印象が変わった。
木の机はよく磨かれ、壁際の棚には香草の束と乾燥した豆袋などが並んでいる。
煮込み料理の匂いだろうか、そこに焼き物系の脂の焼けた香ばしい匂いが重なっていた。
ドーレマンの顔を見た店員は、すぐさま僕たちを奥の席へ通してくれる。
「ねえ、ここすごい」
リナが真顔になって言うと、ドーレマンが少し目をつむって頷いた。
「騒がしい店だと、帰ってきた日に余計疲れるからな。その点、ここは俺たち以外の人は気にしないでいい」
席に着いてからすぐに料理が運ばれてきた。
大きめの皿には香草をまぶして焼いた肉が厚く切られて載っている。
表面はこんがりと焼いており、中へナイフが入るたびに肉汁がじわっと滲んだ。
隣には焼いた根菜が並び、別の深皿には豆と肉を煮込んだスープが入っている。柔らかく煮られた具材が室内の明かりを反射し、思わず喉が鳴る。
焼きたての平パンは端がぱりっとしていて、ちぎると中から湯気がのぼった。
「いただきます」と言うやいなや、リナが一番に煮込みスープを口へ運んでいる。
「……何、このおいしさ」
「それは香草と鳥の出汁だ。ここの名物だ」
ドーレマンが当然みたいに言う。
イスカは平パンを小さくちぎって口に入れた後、感嘆の息を漏らした。
「このパンもとてもおいしいです」
僕も肉を切って口へ入れる。
香ばしさの後に、熱い脂と肉の旨みが一気に広がった。迷宮の中で干し肉や芋を食べていたときとは、比べ物にならないほど満たされた気持ちとなっていた。
しばらくはみんな黙って食べた。
温かい物がそのまま身体へ染みていく感じがした。
皿の上が半分くらい空いたところで、ドーレマンが口を開く。
「無事戻ったこれた祝いだと思ってくれ」
僕たちは顔を上げた。
「明日と明後日でやることは二つだ。調整と補給だな」
「二日とも?」
リナが聞く。
「ああ。まずは疲れをしっかりとって体を調整しろ。あとは使った消耗品の補給を万全に整える。それに『翠脈石』を鍛冶師のところへ持っていかなければならならんだろ」
僕たちは頷く。
まずは次の探索に向けてしっかりと準備を怠らないようにする。
ドーレマンは肉を切り分けて食べながら言う。
「この数日、お前たちのパーティについてわかったことがある。お前たちなら連携がしっかりとれたら、Cランクでも討伐できるようになるだろう。だが、誰か一人崩れたら、全てが壊れる危うさも同時にもっている。個々の強さをもっと上げて、連携の練習も進めることは必須要件だ」
「⋯⋯わかった。いろいろありがとう。もっと練習する」
「ドーレマンが来てくれてなかったら危なかった」
僕たちがが口々に答えると、ドーレマンはそれ以上は何も言わなかった。
最後に出てきた小皿には、蜜をかけた冷たい果実に砕いた木の実が乗っている可愛らしいデザートだった。
それを見たイスカの目が、ほんの少しだけ止まる。
「これ、僕の分もいるか?」
僕はすでに満足していたため、イスカに提案する。
だが、イスカはすぐ目を逸らすように落ち着かなくなった。
「……え、いいんですか?」
「やっぱイスカはこういうのが好きなんだ」
「好きなのではなく、嫌いではないだけ、です」
言い方はいつも通りだったが、僕のデザートと自分のデザートの両方を食べるスプーンの動きはかなり早かった。
店を出る頃には、もう空は暗くなっていた。
ドーレマンは「少し寄る場所がある」とだけ言って、ギルドの方向へ歩いていった。
僕たちは家に着いて簡易的なお湯がでるシャワーを使って体をすっきりさせてから、探索でくたびれていた衣類や装備の手入れをした。
だいたいの装備の点検なども終わったあたりで、体の限界をようやくはっきりと感じた。
僕たちは各々が部屋に戻ると、そのまますぐに眠るのだった。
―――――
同じ頃、ドーレマンはギルドの一室で用紙を受け取っていた。
昨日持ち帰った灰白の層、その欠片の鑑定結果だ。
灯りの下で目を走らせ、最後の一文で手が止まる。
――灰白の石層内部に、未精製の翠脈石鉱を確認。
ドーレマンは小さく息を吐いた。
「……やはりそうだろうな」
大穴の向こうの湿地帯。
壁の中まで這っていた植物の根。
ルルレーダン側の隠し部屋にあった『翠脈石』の採掘ポイント。
これらは、やはり別々の話ではなかった。
ドーレマンはその鑑定結果の用紙を畳み、机へ置いた。
今回、久しぶりに事務仕事から解放され、現場に戻った。
やはり現場のほうが性に合っているのを実感した数日となっていた。
―――――
翌朝、僕たちはドーレマンに紹介された鍛冶屋へ行く前に、以前も行ったことがある北門付近の雑貨屋へ寄った。
表に吊るされた布札が風に揺れ、店の前には縄束や油紙の包み、金具付きの水筒なんかが並んでいる。
中へ入ると、回復薬、乾燥させた果実や肉、湿気取りの薬草袋から旅に便利な魔道具全般と、多種多様な商品が所狭しと置いてある。
迷宮へ持ち込む物のほとんどがここで揃うといっても過言ではないだろう。
「いらっしゃいませ」
奥から出てきたのは、あの若い女店員だった。
柔らかい声でほほ笑んで対応してくれる。
だが、こっちの持ち物や靴の泥まで一度で見られている感じがした。
「また迷宮探索の準備ですか?」
「まあ、そんな感じ」
リナが答えると、女は棚から迷わず何点か下ろしてくる。
相手を見てすぐに最適を判断する。
かなりやり手の店員だろう。
「湿気が強い場所なら、寝具と一緒に『乾燥石』を使うといいですよ。あと、湿気から持ち物を守る『防湿布』も置いてます。保存食と魔灯の予備などの補給も大丈夫ですか? 」
僕は少しだけ女を見る。
言っていることは自然だ。選ぶ物や考えもかなり的確。
「迷宮内は風が抜けるので、火を使っても大丈夫です。湿気が強いところだと火があるだけで心強いですよ」
「詳しい。お姉さんも探索者なの?」
「いえいえ、私はそんな。お客さんを見ていてわかるようになっただけです」
「へぇ、すごい観察力」
リナが言うと、女は肩をすくめる。
「この辺り、迷宮に潜る方が多いですからね」
そこでイスカの視線が、棚の端に止まった。
小瓶に詰められた、様々な色がついたきれいな砂糖菓子だった。
丸くて小さい、花の形をしたやつだ。
女店員がすぐに気づく。
「それ、甘すぎなくて食べやすいですよ」
イスカは一瞬だけ黙ってから、すっと目を戻した。
「……補給用なら、適度に甘いものは悪くないかもしれません。頭が冴えます」
リナが笑った後、少し真面目な顔になって言う。
「じゃあ私はとびきり上質な干し肉にする」
「補給用ですから」
リナとイスカが意気投合したように買う方向へもっていく。
「……少しだけならな」
こんな二人に駄目だとは言えなかった。
結局、その小瓶と干し肉も追加で買った。
会計を済ませる時、女店員は包みをきれいに分けながら言った。
「お気をつけて。北門側は最近、戻ってくる方の顔が以前より疲れてるので」
「そこまで分かるのか」
僕が言うと、女は少しだけ笑う。
「店に立ってると、そういうのは見えますので」
店の外へ出た後も、その言い方が少しだけ僕の頭に残っていた。
ただの世間話とも言える。迷宮の疲れもまだ残っている。考えすぎだ――と、今は気にしないことにした。




