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第7話

  

 大広間の先に続いていた通路を下っていくと、さらに空気が冷えてくるのを感じた。

 僕たちは壁に印をつけながら進んでいる。


 下りの通路は真っすぐではない。

 ときに緩く折れ、途中で道幅も変化している。

 進めば進むほど、両脇の石壁が削られている箇所が増えてきた。


 ――競り場の連中が人為的に掘った跡。


 大広間で見たものより削りが荒く見える。

 壁の表面だけを剥がした場所もあれば、体ごと入れそうなくらい深く掘られている場所もあった。


 地面には灰白の欠片が飛び散り、ところどころに割れた木箱の板や縄の切れ端も落ちている。


「こっちの方が本気で掘り進めてるっぽい」


 リナが壁を見ながら言った。


「大広間のものより『質』が良かったのでしょうか」


 たしかに、地面に零れている欠片の大きさが違う。

 大広間に落ちていたものは手のひらに乗る程度だったが、今ここに転がっているものは、両手で抱えるくらいの石塊もある。


 リナがしゃがみ込み、それらの石片へ目を向けた。


「《解読(パース)》で見ても中身が良いかどうかはわからない。だけど、大広間の壁の中と同じ材質なのは確か」


 ドーレマンも地面から小さい欠片を拾い、重さを確かめるように掌で転がした。


「昨日持ち帰った分はまだ詳細な鑑定結果が出ていないが、競り場の裏の連中にとってはこれに価値があるということだ。冒険者たちが派遣されるまでに、できるだけ多く採取したかったはず」


「⋯⋯だとすれば――」


 ドーレマンの言葉がそこで止まった。

 直後、周囲でカサカサと乾いた音が重なってくる。

 全員の足が止まる。


 小さな音だったが、一つ二つではない。

 天井や地面、削られた壁の中から、何かが細かく擦れる音がたくさん聞こえてくる。


 掘り進められてできた穴の中は薄暗かったため、魔灯を点けて明かりを少し寄せると、それに反応するかのように黒茶色の影がいくつも動いた。


 その甲殻の光が反射するのを見た瞬間、思わずリナが大きな声を上げた。


「スパインローチ……?!」


 壁の中から顔を出したそいつらは、削れた灰白の層へ頭を寄せ、顎を細かく動かしていた。


「いや……違う。昨日のスパインローチよりサイズが半分くらいだ」


「あれはFランクのサンドローチ⋯⋯昨日のDランクのスパインローチとは似てるが別物だ。サンドローチは雑魚だが繁殖が速く、数もかなり多い」


 その口器には灰白の粉が付着していた。


「……あの灰色の欠片を……食べています」


 イスカが無表情のまま零した。


 そのうちの一体が頭を上げてこちらを見た後、じわじわと寄ってきた。

 その動きに周りの個体も釣られるように、壁の穴から二体、さらには石床の割れ目からまた一体、奥の暗がりからも二体……続けて黒い影がどんどん出てくる。


 僕は一歩前へ出て、先頭のサンドローチへ朧差を振るった。


「《瞬纏(しゅんてん)》――!」


 『黒』を乗せた小太刀の斬撃で、先頭にいたサンドローチの殻ごと斬り伏せる。

 だが、その横からもう一体。さらに壁の穴の奥からもう一体、また黒茶色の甲殻が現れた。


 一撃で葬れる。

 ――だが、きりがない。


 リナの鎖が鳴り、右壁を走っていた一体の体ごと払った。

 落ちたところへ狙ってイスカの細剣が胴体を突く。そして、その返しでもう一体の腹部も裂いた。


「ここで止まって戦うのはまずいです」


 イスカが短く言う。


「確かに。奥へ進みながら数を減らそう」


「分かった」


 僕が前を斬り開き、リナが壁と後ろを見て、イスカが抜けてくる個体を落とす。


 ドーレマンは自分に寄ってきたサンドローチだけを拳で瞬時に吹き飛ばしていた。


 ――そのとき、石壁を走っていた一体のサンドローチが、掘り跡の浅い段へ脚を掛け、そこを足場に跳ぼうとするところだった。


 僕はそこへ意識を向ける。

 目が届く離れた一箇所へ、『黒』を()()させる。


 まだはっきりと『黒』を遠隔で使う感覚が掴めていない。

 だが、これくらいの強さの敵のほうが、練習するにはちょうど良い。


 サンドローチが壁の堀り跡の上に生まれた『黒』に脚を取られた瞬間、動きが大きく鈍った。


「――やぁあ!」


 それを見越していたリナの鎖が飛ぶ。

 サンドローチは引き剥がされ、そのまま床へ叩きつけられた。そこへ僕が踏み込み、一気に体を断つ。

 ドーレマンは手を出さないまま、後ろから声だけを飛ばした。


「……全体的な動きや連携は良い感じだ。もう少し判断が早ければ尚良い」


 僕たちはドーレマンの言葉に頷くと、さらに奥へ下っていった。すると、通路の幅が急に広がった。


 最初の大広間ほどはいかないが、小部屋と呼ぶには広い空間だった。

 石柱がいくつか天井へ向かって立ち、床のあちこちに浅い窪みがあった。ここでは壁だけでなく石床まで削られている。その規模がさきほどまでとは異なっていた。


「……こんなに?」


 一角の壁、そして床――その一面まるごと大きく掘り進めている場所もあった。

 足元には大きな破片と、折れた木材や布が散らばっている。


 この量を《魔道鞄(マジックバッグ)》に入れるのは、100kg収納タイプでも無理だ。もっと上の高級なものではないと運べないだろう。


 だからこそ、人をたくさん使って人手だけで運ぼうとした痕跡が残っている。

 だが、これだけ魔物が出る場所ではそれは簡単ではないはずだ。


 そのとき、石床の割れ目や壁の穴の中には、細い緑色の何かが混じっていた。


「何これ……動いた?」


 リナが言った直後、壁の隙間から細い(つる)が何本も一気に伸びてきた。

 それぞれが鞭みたいにしなり、僕たちの足首を狙って石床を走る。


 僕たちは慌ててその場から跳び退いた。

 蔓の先端には細かい棘が並び、石へ打ちつけられた瞬間、乾いた音を鳴らした。


 割れ目の奥で、葉の束みたいなものが緑が揺れる。

 たくさんの細長い葉の奥に、暗い口みたいな穴が開いていた。


「植物系……の魔物か?」


 僕が声を上げると、ドーレマンが即座に返してきた。


「ミックスプラント⋯⋯? こいつは入り込める隙間があればどんどん潜って増えていくEランクの魔物だ。⋯⋯だが、まさかこんな所でも出会うとはな」


 サンドローチとミックスプラント。

 どちらも増えやすい類の魔物のようだ。かなり嫌な組み合わせだった。


 ミックスプラントが伸ばしてきた蔓を、リナが鎖で払った。その横をサンドローチが低く走ってきた。

 それを見ていたイスカが踏み込み、細剣でサンドローチの首元を落とす。

 返しの刃で、もう一本伸びてきた蔓も斬った。


「蔓は私が斬ります。先に進む方向を決めてください」


 その一言で、見るべき場所がはっきりした。


 壁際は駄目だ。

 穴が多すぎる。サンドローチもミックスプラントも、あそこからいくらでも出てくる。


「真ん中を進もう。襲ってくる敵は壁から引き剥がして倒しながら奥へ!」


「分かった!」


 リナが即座に返す。


 ミックスプラントの蔓とサンドローチの頭が、同じ壁の穴から続けて飛び出してきた。壁の中そのものが巣になっている。


 なら、壁際で受ける必要はない。


 僕は蔓が石へ力を預けている場所へ意識を向けた。

 さっき掴みかけた感覚が、今度はもっとはっきりと頭に浮かんでいた。それを言葉にする。


「――《留黒(とめぐろ)》」


 壁際の石へ置いた『黒』により力強さが宿った。

 伸びてきた蔓がそれに触れた瞬間、その動きが大きく鈍る。


「リナ!」

「うん!」


 鎖が瞬時に走った。

 止まった蔓へ巻きつき、そのまま横へ引き剥がす。根元の向きがずれたところへ、イスカが飛び込んだ。


 細剣が葉の束の奥、暗い口の脇へ深く入る。


 その隙に、穴から出てきたサンドローチを僕が斬った。

 一体、二体、三体。前へ出て、小部屋の真ん中へ押し返した。壁際へ寄せない。

 それだけで横から出てくる数が少し減った。


「そのまま前へ!」


 イスカが蔓を断ちながら列の後ろを守る。

 僕は前へ進みながら、右から出たサンドローチを斬り、左へ回ろうとした一体へ肩から押し込むように朧差を入れた。

 リナの鎖が床を這い、後ろから回ろうとしていた個体の脚を払う。


 そミックスプラントはまだ動いていた。

 斬られた蔓を振り回しながら、別の石の割れ目へ根を押し込もうとしていた。


「逃がさない!」


 露わになった根へ、リナの鎖が巻きついた。


「《錨鎖(アンカー)》!」


 イスカの細剣がそこへ重なった。

 根元近くを深く裂き、魔物の体勢が崩れる。


 僕も踏み込んだ。

 朧差をそのまま振り抜く。太い蔓と本体が少し遅れた形でまとめて裂け、緑の汁が飛んだ。


 残っていたサンドローチも、そのまま三人で続けて処理し、広間に出てきていた最後の一体をイスカが始末した。


 そこで、ようやく小部屋が静かになった。


 息を整えながら見回すと、壁の穴はまだいくつも空いている。

 だが、さっきみたいに四方を壁へ囲まれずに済んだ。


 ドーレマンが前へ出てきて、倒れた植物系魔物(ミックスプラント)と剥がれた壁の隙間を見ている。


「浅瀬なのに、これだけ種類が異なる魔物が出るのはおかしい。何が起こっているんだ⋯⋯?」


 ドーレマンが呟くように言う。

 リナがミックスプラントの死骸に目を向ける。


「これ、掘られた壁の奥の方まで根を張ってる」


「サンドローチが齧った隙間へ、そのまま入ってるんだろうな」


 このルルレーダンの真の入口は、やっぱりどこか違う。ドーレマンは大きな破片を一つ拾い、布へ包んだ。


「よし、今日はまだ進むぞ」


「どこまで行けばいい?」


 ドーレマンの言葉に、僕が尋ね返すと剥がれた壁とその奥へ続く細い通路を交互に見た。


「もう少し奥まで追う。予定通り迷宮内で一泊して、今は調査を優先するぞ。競り場の連中もだが、この迷宮自体も調べなくてはな」


 床には新しめの擦れ跡が続いている。

 すでにこの先まで行っているようだった。


「じゃあ僕らが寝泊まりできる場所も探しながら進もう」




  

■サンドローチ:Fランク

Dランクのスパインローチによく似た、小型の昆虫型魔物。

一体ずつなら対処しやすいが、繁殖が速く数が大量にいるため、壁の穴や床の割れ目から何体も続けて現れる。

何でも餌にして齧る性質があり、どこにでも巣を作る。



■ミックスプラント:Eランク

削れた壁や石の割れ目に根を張って広がる植物系の魔物。

細い蔓で足元を狙い、動きを止めたところへ棘や締め付けで追い打ちをかける。

迷宮などで出てくる場合は、自力で深く潜るというより、元々あった隙間やヒビに覆いかぶさるように入り込んで増えていく。

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