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第6話

  

 前方の暗がりから、一目で兜虫(かぶとむし)型と分かる魔物が姿を現した。


 黒灰色の殻は分厚く、丸く盛り上がった背が鈍く光っている。頭は低く突き出し、その先には太く長い角が一本あった。


 前脚は他の脚より明らかに太く、先端が平たく広がっていて、この辺りの壁や石柱でも削り取れそうな鋭い形をしている。


 そいつは腹を低くしたまま床を擦って進んできた。

 その太い前脚を振るうたびに石床をがりがりと削り、砕けた石片と白い粉が跳ねる。


「Dランクの魔物、グラインドビートルだ。足元を崩されるな。――上からも来るぞ」


 ドーレマンの声の直後、先ほど天井に見えた白っぽい何かが落ちてきて石床を鳴らした。


 こちらは人の頭ほどの平たい胴に、細く長い脚が八本ある蜘蛛のような魔物だ。

 その白い外殻は天井や石壁の色に溶け込みやすく、少し目を離すだけで見失いそうになる。


 落ちてきた後は、すぐに壁や石柱へ跳びつき、音もなく張りついた。


「ハングスパイダーです。Fランクですが……数が多い⋯⋯八体くらいいます」


 イスカが言い終わるより先に、そのうちの一体が石柱へ糸を飛ばし、そのまま大きく弾むように跳び掛かってきた。

 ハングスパイダーは壁、石柱、地面へと糸を渡りながら位置を変えるせいで、どこから来るのかが掴みにくい。


 前には巨大なグラインドビートル。天井や周囲からはハングスパイダーの群れ。


「三人で捌いてみろ」


 ドーレマンはそれだけ言って後ろへ下がった。


 その瞬間、ハングスパイダーの臀部から白糸が走る。


「右上、来る!」


 リナの声で振り向いた時には、もう遅かった。糸が僕の右腕と足へ絡みつき、一気に締め付けてくる。


 細いのにかなり頑丈な糸だ。

 切り離すのが一瞬遅れ、その隙へグラインドビートルが突進してきた。


「――っ!」


 僕は何とか朧差で糸を断ち、そのまま横へ跳ぶ。

 さっきまで僕がいた場所を、グラインドビートルの角が低く擦り抜けた。

 太い前脚が石床を抉り、飛んだ石片が頬をかすめていった。


「違う魔物なのに、協力してる……?」


 リナが驚きの声を上げると、ドーレマンが反応した。


「魔物たちは互いの利益になる場合には協力に近い動きをとることもある。覚えておけ」


 石柱の影へ逃げたハングスパイダーへ、イスカが《閃駆(せんく)》で回り込んだ。

 細剣が白い腹を斜めに裂き、一体目が床へ落ちる。

 

 その横を別の一体が走ったが、リナの鎖が石柱へ当たった返しで脚を払った。体勢を崩したところへ僕が踏み込む。


「《瞬纏(しゅんてん)》!」


 斬る瞬間だけ『黒』を乗せる。蜘蛛が逃げ切る前にその胴を断ち、二体目が沈んだ。


 だが、息をつく暇がない。


 背後で重い音が鳴った。

 グラインドビートルが壁へぶつかり、そのまま斜めに駆け上がって瞬時に向きを変えたのだ。

 体が重いくせに、踏み切る場所だけはやけに正確で力強い。そのおかげで、瞬時に方向転換ができるのだろう。


「アーテル!」


 避ける暇が無かったため、朧差を返して受ける。

 前脚が刃へぶつかり、腕が痺れた。


 Dランクだけあって、昨日のドレッドボアより押しがとても重い。

 しかも、ただ押してくるのではなく、床を削ってこちらの立つ場所ごと崩しにくる。


 グラインドビートルの方を見ていると、突然左から糸が飛んできた。

 身を捻ってぎりぎり避ける。

 白糸が頬の横を抜けていった。


 イスカが細剣で糸と本体を続けて払う。

 リナも鎖を振り、石柱を使って跳ぶ蜘蛛を壁へ叩きつけた。そこへ、イスカがとどめを刺す。

 三体目、四体目を続けて倒した。


「ハングスパイダーは私が相手をしますので、二人はビートルの方をお願いします!」


「分かった!」

「了解!」


 役割が見えた。

 イスカが蜘蛛を散らしてくれている間に、僕とリナでグラインドビートルを倒す。


 リナが地を蹴り、鎖を前脚へ巻きつけた。

 ガイールの遺物――レッグガードの助けで踏み込みがとても速い。

 だが、グラインドビートルが重すぎる。鎖が張り、リナの肩が引っぱられる。


 そこへ天井から二体のハングスパイダーが落ちる。


「《空架閃(くうかせん)》――!」


 イスカはその内の一体を突くと、ほぼ同時にもう一体の体を二つに断った。

 細剣が閃いた後には、二体がまとめて床へ落ちていた。


 だが、それを見たからなのか、グラインドビートルが狙いをイスカへと変えていた。


 《閃駆(せんく)》で無理に割ったこともあり、イスカの次の踏み込みが少しだけ遅れた。

 そこへ、グラインドビートルが低く頭を入れ、硬い石床の残った場所で踏み切って突進しようとして――。


 敵の体を斬るには距離が足りない。

 だが、あいつが今から踏む場所だけは見える。


 今までの『黒』は、全部僕を起点にしていた。


 足元へ落とす。

 点で撃つ。

 刃に乗せる。


 そういうものだと思い込んでいた。

 僕自身の近くじゃないと『黒』は使えないのだと。


 ――違う。

 固定観念に縛られるな。


 黒を遠隔で起こす。

 狙った場所へ置け。

 相手が立つ場所を潰す。


 僕は刃先をわずかに下げた。

 そして、あいつの踏み込み先――削れていない硬い石床が残る場所へ、『黒』を()()させる。


 穿つための点じゃない。

 そこに残すための点だ。


 次の瞬間、グラインドビートルの前脚がそこを踏んだ。


 ぐ、と踏み込みが鈍る。

 前へ出るはずだった重い体が、その場で一瞬だけ詰まった。

 『黒』が脚の下へ噛みついたみたいに、踏ん張りだけを奪っていた。


 小太刀へ大量の『黒』を注ぎ込み、踏み込んだ。


「《黒穿(こくせん)》――!」


 朧差を振り下ろす。

 『黒』が殻の繫ぎ目へ噛み込み、前半分ごと深く割った。グラインドビートルは石床を一度だけ掻き、鈍い音を残して動きを停止した。


 それに気付いたのか、残ったハングスパイダーが一斉に天井へ逃げていく。


「逃がさない!」


 リナの鎖が真上へ走る。

 片方の脚を絡めて引き、壁へ叩きつけた。もう一体は石柱を回って逃げたが、イスカが跳び込み、追いついたところで斬りつけた。


 イスカの細剣がハングスパイダーの白い腹を裂き、最後の一体が床に落ちる。

 大広間にようやく静けさが戻ってきた。


 ドーレマンが前へ出てきて、倒れた魔物を一瞥した後、僕の足元ではなく少し先の石床へ視線を落とした。

 『黒』を発生させた場所だけが、鈍く沈んで見える。


「⋯⋯アーテル、さっきのは何をした?」


 ドーレマンの問いに、僕は息を整えながらその場所を見た。


「斬るには距離が足りなかった。だから、あいつの体じゃなくて踏み込み先を沈めた」


 ドーレマンは短く頷いた。


「なるほど、悪くない。今の感覚を忘れるな」


 リナが『黒』の残る石床を見ながら言った。


「あの位置で留めることができた。だからアーテルの力を溜める時間ができたってことだね」


 ドーレマンはグラインドビートルの頭部の角の付け根へ刃を入れ、手早く角を切断し、その根元から魔核を抜きながら言う。


「今日はここで終わりじゃない。この大広間を抜けるぞ」


 僕たちはすぐに動いた。


 ハングスパイダーの魔核を抜き取ってから、戻る目印だけ残して、すぐに奥へ向き直る。


 大広間をしばらくと、やがて石柱の並びが切れた。

 その先には、ぽっかりと下りの通路が口を開いていた。


 その通路の手前の床には新しい靴跡が混じっていた。競り場の連中もこの先へ進んでいる可能性が高い。

 この辺りの壁も壊されていて、中へ灰白の層が剥き出しになっているのが見えた。


「どうする、下に行く?」


 リナが小さく聞いてきた。


「あぁ、そのために遠征の準備をしてきたんだ。もう少し進んでみよう」


 僕たちは息を整え、そのまま下っていく通路の奥へと足を踏み入れた。



  


■グラインドビートル:Dランク

黒灰色の分厚い殻と一本角を持つ大型の兜虫型の魔物。

太い前脚で石床や壁を削り、相手の足場を崩しながら重い突進攻撃を仕掛けてくる。

見た目以上に踏み切りが強力かつ正確であるため、方向転換が早く、その巨体に関わらず俊敏にも動ける。



■ハングスパイダー:Fランク

白色の外殻を持ち、壁や天井に紛れて張りつく蜘蛛型の魔物。糸を使って柱や壁を跳び回り、動きを止めてから群れで襲いかかる。

一体ごとの力はそこまで高くないが、数が揃うと攻撃の向きが読みづらく、一気に崩されやすい。


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