エピローグ3
ゴット・シュヴェルツェン特有の灰色の空は、今日は随分と澄んでいるように見える。
あの日、あの戦争の前後で何人も死んだよな……。
そんなことを思いながら、シリアルK入口脇の外階段に向かったときだ。
「ふざけるなっ!」
怒声と共に銃声が耳をつんざく。
咄嗟にその場にしゃがみ込む咲良。
音の流れから銃口が上空を向いていることはほどなくして分かったが、足が震える。
まったく、皿を落とさなかっただけ誉めてほしいよ。
そうぼやきながら咲良は振り返った。
そこにいたのは黄金色の髪を風に靡かせる女。
そして、闇夜もかくやという黒づくめの男であった。
銃声の出処が、女の持つゴツイ銃であることは察せられる。
「や、やあ、ゴルト。それから降夜も」
なるべく刺激しないように声をかけると、降夜はビクリと身を震わせ、ゴルトは車椅子を自ら動かして咲良の元へやってきた。
薔薇色に輝く頬からは溌剌とした印象しか受けないが、彼女の両足は今、麻痺により動かすことが難しい状態だという。
マフィア間の抗争で屋敷も組織も失ったため、信じられないことに降夜のあのボロ屋にふたりで住んでいるのだとか。
「ドクター咲良といったか。聞け」
傲慢な口調での命令に、咲良は「ヒィ」と小さな悲鳴をあげる。
「降夜のやつ有り金全部、競馬につぎ込んでスッたと抜かしやがる」
「えっ、それホントなの? 降夜……」
二人の視線が冷たいと感じたのだろう。
降夜は尻ポケットの競馬新聞を見えないようにグイグイと押し込んだ。
「ク、クルと思ったんだ……。当たれば家だって修理できるし、ミサの病院代も……」
「信じられるか?」
激高したゴルトが引き取る。
「こんな街オサラバして日本へ行こうと言っていたのに、その飛行機代までスったと抜かす!」
「うわぁ、降夜。それは……うわぁ……」
僕を見るな……と、黒づくめの男は呻いた。
「コイツやめて、うちに来たらどう? 同じビルだから造りは一緒だけど、降夜のうちよりははかにマシだよ」
たわむれにゴルトちゃんと呼んでみたら案の定、口の中に銃口を突っこまれた。
「うぐ……じょ、冗談だって……」
咲良の口から抜いた銃口をわざとらしくハンカチで拭いているところが、小娘ながら腹立たしいところだ。
「何故貴様の家になど? フン、わたしは降夜のところにしか行かん」
その言葉に、傍らで律儀に顔を赤らめる降夜。
咲良は「チクショー」と吠えた。
「何だよ、どいつもこいつも。やってらんないよ!」
おれだって今回の騒動じゃ四方八方から迷惑被って大変だったんだからねと凄む。
だが、哀しいかな。
凄んだところで怖くも何ともないピンクカラコン男は、両手の皿を強奪されるという暴挙に晒されることとなる。
「そういうわけで金がないんだ。許せ」
なんて嘯く犯人はゴルトであった。
悪びれる様子が欠片も感じられないところが驚きである。
懇願して何とか一皿返してもらって、咲良は物騒な二人からじりじりと後ずさった。
当初の目的を思い出したのだろう。
カンカンと軽い音を立てながらビルの外階段を登って行った。
このビルにはエレベーターがない。
階段を四階まで上ると息が切れてきた。
年齢のせいじゃない。こんな馬鹿みたいに大きい皿を持ってるせいだと自分を慰め、彼は殊更静かに四階をやり過ごした。
ここにあの女刑事の住む部屋がある事を最近知ったからだ。




