エピローグ2
「ハハ、そうですか……」
すっかり尻に敷かれているらしいブラッドを横目に、Kと咲良が視線を交わす。
作詞であろうか。
カウンターに突っ伏すようにして鉛筆を走らせるカンナの左眼は、眼帯に覆われていた。
彼女の明るさに救われる思いだが、左手小指も第一関節より先が失われている。
全部の指を落とすのが『5』事件犯人の犯行であるはずだったが、カンナに対するライムの恋心が凶行を躊躇わせたのだろう。
胸にも大きな傷痕が残っているという。
それでも、低体温状態で発見されて出血が少なかったことが功を奏し、先週退院を果たしたのであった。
銃弾と爆発による怪我で一緒に入院していたブラッドと共にだ。
「……カンナ、ごめんね」
咲良の消え入りそうな囁きに、彼女は不思議そうに顔をあげる。
「どうして君が謝るの? ブラッドに偉そうなこと言ったから? それだったら私、別に構わないって言ってるじゃない」
悪戯っぽい笑顔が眩しい。
「……カンナの眼、おれが預かってて。カンナが助かったって知ってたら、すぐに入院先にその眼を持って行ったのに。おれ、知らなかったから……」
なぁんだ、と彼女は笑う。
「君のところに眼があったのは、ブラッドが警察署から証拠品を盗んで持ち込んだからでしょ。君のせいじゃないよ」
ほらブラッド、謝ってと言われて、大男は素直に頭を下げた。
「すまない。迷惑をかけた」
それにね、とカンナは眼帯の隙間に指を入れる。
チラッめくった左目の位置には、濃い緑の眼球が嵌まっていた。
「実は気に入ってるの。ブラッドの目と同じ色だからね」
義眼である。カンナの薄い緑色の眼球に対応する義眼がなく、これが使われたらしい。
「でも……」
まだモジモジと俯く美容整形医を、カンナは強い目線で制した。
義眼の左眼もまるで彼女の意志を映すようで、その緑は透明に輝いて見える。
「それに私の目、役に立ってるんでしょ。だったら……それでいい」
「カンナぁ……」
涙ながらに彼女に抱き着こうとした咲良を、ブラッドが受け止める。
「義眼でも見えるようになるかもしれないと、医者が言っていたらしい」
「どういうこと?」
「えっと……」
助けを求めるようにブラッド、恋人を見やる。
カンナは呆れたように肩をすくめてみせた。
「義眼の中にレンズを入れるんだって。そこに小型の電荷結合素子を仕込むって話よ。それで撮影した画像データを電気信号に変換して、電極チップを通して細胞に届けるとか何とか。そうしたら理論的には義眼でも見えるはずだって」
「へぇ…………」
夢の技術みたいだけど。
今のところはと続ける。
「まぁ、希望があるのは良いことだと思う」
不安が心に過ぎらないはずがない。
しかし彼女は前向きな言葉で締めくくった。
「カンナのために目が必要なら、オレのを使えばいい」
大男の思いつめた表情に、当のカンナは顔をしかめる。
「そういう話してるんじゃないから、もぅ! 目はいらないから。それよりブラッド、車はどうしたの?」
大男、目に見えてシュンとした様子で身を縮める。
「……オレのFAVスコーピオンはなくなってしまった。警察署の前に停めたはずだが、
退院して取りに行くとそこには何もなくて。車の残骸があったから、もしかしたら爆破されたのだろうか……」
すまない、と呟く。
足がないということで、恋人たちは当初の予定どおり街を出ることが叶わなくなったようだ。
「では、車の手配がつくまてで構いません。カンナさん、ステージに立ってくださいよ。新作じゃなくても構わないんですから」
あきらめの悪い店長が食い下がってくるのを、カンナは軽やかな笑顔で無視していた。
咲良の頬に微笑が刻まれる。
このまま目を閉じれば瞼の裏に在りし日のシリアルKの喧騒が浮かぶようだ。
ステージで声高らかにラップを歌うカンナ。
それに聞きほれるブラッドと自分。
カウンターにはK。
その横で売り物のビールを飲む樹楽。
テーブル席では男にフラれた女刑事が管を巻いている。
ホールにはカラフルな髪をした双子が無駄口と情報を振りまいている。
──だが、その光景は二度と見られないものであった。
「さてと、弁当ふたつできましたよ」
そんな咲良の眼前に、Kが大皿二枚をニュッと差し出す。
「えっ、お弁当って頼んだよね? もうちょっとコンパクトで持ちやすいものにしてよ」
「すみませんね。何分、久々の開店なので」
悪びれる様子もなく「お皿は返しにきてくださいね」なんて述べるKから、ひったくるようにして皿を受け取る。
「じゃあ行くね。またね、カンナ。また歌ってね。樹楽もまたね」
女性陣にだけ挨拶して、咲良は店を出た。




