クロスファイア(1月11日・2)5
「真霧?」
「何、シル?」
少女はこちらを振り向くが、その視線は彼の顔から外れていた。
彼女の眸は痛々しいくらいに充血している。
「見えないのか? さっきの爆撃で目をやられたな」
それを言うと心配をかけ、足を引っ張ると思って黙っていたのか。
「う……」
真霧はゴシゴシと眸を擦る。否定はしないその態度が答えを表していた。
「真霧、心配いらない。直ぐにここから出してやるから」
そう言うと少女は「うん」と小さく頷いた。
完全に視力を失っていてもシルヴァー+クロイツに対する信頼感、あるいは気遣いからか、不安そうな表情は見せない。
異変に気付いて、咲良と名乗った男も不安気に真霧を見詰めている。
シルヴァー+クロイツは舌打ちした。
警察署に逃げ込んだのは俺の判断ミスだ。
いや、あの時点で最適の選択であった事は確かだが、認識が甘かった。
自分が『シルヴァー+クロイツ』である以上、どこに居ても危険が付き纏うのだということ。
それに彼女を巻き込んではならない。
弾倉を取り替えているのか、あるいは追い詰めた者の見せる余裕か。
クロスファイアの静けさも気になるところだ。
──どうすれば……?
シルヴァー+クロイツは真霧の知り合いらしきチンピラを見やる。
信頼できるのか、この男は?
見極める暇もなかった。
「お前、ここから出たいか?」
ある意味、唐突すぎるその問いに咲良は憮然としたようだ。
シルヴァー+クロイツは再び舌打ちする。
頼りない事この上ない。しかし今はこいつしか居ないのだ。
彼はベレッタのグリップを咲良に差し出す。
「俺が逃がしてやる」
「え?」
咲良は反射的に銃を受け取った。
その手付きから、この日本人が初めて銃を触るわけではないという事が察せられる。
それがせめてもの救い、だろうか。
「逃がしてやるが、それには条件がある」
「な、何……?」
身構えるように咲良はこちらを見詰める。
聞くまでもないこと。
この少女を守れとの意志は伝わっていた。
「そ、それは……うん。勿論だけど、でもあんたは?」
「あいつの狙いはどうせ俺一人だ。まずは──」
咲良の手からベレッタを取る。
軽く手首を返して残りの弾丸七発を立て続けに撃ち込んだ。
「な、何を……?」
シルヴァー+クロイツが新たな弾倉を装填すると同時に、並ぶ独房扉の蝶番が音立てて弾け飛んだ。
捕まっていたチンピラ達が飛び出してきて瞬く間に廊下に溢れる。
直ぐ側で撃ち合いをされて生きた心地もしなかったのだろう。
彼等は当然の行動を取った。
つまり、唯一の出入口である階段に殺到したのだ。
再びベレッタを咲良の手に返し、シルヴァー+クロイツは早口で言った。
「俺はこいつ等に紛れてここを出る。警官達は俺を狙って追って来るだろう。全て裏手の方に引き付けるからお前たちはおとなしくしていて、五分経ったら真霧をつれてここを出ろ。できるだけ銃は撃たずに正面玄関に走れ。いいな」
言うだけ言って背を向けた銀髪の青年の腕を、必死の顔をした少女の手がつかむ。
「ま、待って。シル、一緒に……」
シルヴァー+クロイツは目を合わせる高さで真霧の前に腰を落とした。
「真霧……」
「シ、シルが一緒でなきゃ真霧は行かない!」
真霧、と宥める口調で名を呼ばれ少女は小さな身体を震わせた。
自分が彼の足を引っ張っているのが分かったから。
自分を無事に逃がす為に彼は敢えて危険な行動を取ろうとしている。
力ないこの腕と、そして役立たずのこの眸が恨めしかった。
感覚を失った眸からとめどなく涙が溢れる。
頬を流れる涙をそっと拭って、銀髪の青年は少女の細い肩を抱き締めた。
「出来るだけ建物から遠くへ逃げろ。俺もすぐに追いかける」
それでも何か言いかけた少女にいつもの言葉をかける。
──約束する、真霧。俺は必ず君の元へ戻る。だから今は無事に逃げ延びてくれ。
少女は頷くように俯いてしまった。
「シルぅ……」
真霧の声が涙に濡れる。
シルヴァー+クロイツとはあの戦場から──真霧の記憶が始まってからずっと一緒に居た。
こんなに呆気なく別れが訪れる筈なんてない。
そう自らに言い聞かせる。
頼むと押し付けるように少女を託され、咲良の顔も引き攣っていた。
今更ながら事態の深刻さに気付いたようだ。
「む、無茶だよ、おれは……」
「警官はすべて俺が引き付けると言ってるだろうが。お前は逃げるだけだ」
苛ついた声で凄まれ、咲良も泣き出しそうに身を震わせる。
「そ、そしたらあんたの身が……」
銀髪の青年が何事か呟いて彼等から背を向ける。
──俺が真霧の為に死ぬのは道理だ。
シルヴァー+クロイツはそう言って彼等の前から走り去った。




