【リナ】世界を変えるために
「リナ、起きなさい」
クラリス様の声に、私は「ふぁっ!?」と変な声を上げながら目を覚ました。
窓からは明るい日差しが差し込み、すでに朝が来たことを教えてくれている。
声のした方へ視線を向けると、いつも通り完璧に身支度を整えたクラリス様が立っていた。
私は、間抜けな顔を晒して寝ていたであろう自分の状況に思い至り、ばっと体を起こす。
「ご、ごめんなさい、クラリス様!」
クラリス様にこんな姿を見られてしまうなんて……!
穴があったら入りたいって、きっとこういうときに使う言葉だ。
クラリス様と同じ部屋で寝るなんて、恥ずかしくて眠れないかもって思っていたのに、多分私はすぐに寝てしまって……しかもクラリス様よりあとに起きてしまった。
恥ずかしいのは私の存在だった……!
とんだ醜態を晒してしまったことに半泣きになりながら、ベッドを出る。
そこでふと違和感を覚え、クラリス様を見上げた。
そこに立っているのは、いつもの完璧なクラリス様だ。
……でも、ちょっと……?
「クラリス様、もしかして、あまり眠れませんでしたか……?」
私の言葉に、クラリス様が押し黙る。
表情は変わらない。
でも、私にはわかった。
……クラリス様が、少しだけ動揺している。
なんで?
もしかして、本当に眠れなかったんだろうか。
まさか──私がいびきをかいていて、それがうるさくて……!?
まったく自覚はないけれど、もしそうだとしたら……私はなんてことをしてしまったのだろう。
あわわわとクラリス様に謝ろうと手を伸ばして──逆に、他の誰かにその手を掴まれた。
「──リナ様。準備をいたしましょう」
クラリス様の侍女のエミリアさんだった。
すでにクラリス様の支度を完璧に整えた彼女は、次は私の番だと言わんばかりに、私の手をしっかりと握っている。
今の私は、確かに寝起きのひどい姿だ。
でも、それよりもクラリス様に謝るほうが先で──
……そんな私の願いが聞き入れられるはずもなく、私はエミリアさんにずるずると鏡台の前へ引きずられていった。
寝起きの姿から、人様に見せられる状態に整えてもらった私は、無事遅刻することなく、みんなと合流できた。
本当にエミリアさん、優秀すぎる。私一人だったら、寝癖の一つや二つ、残っていたに違いない。
心の中で深く感謝しつつ、エミリアさんに見送られて、大師匠の道場へ向かう。
私たちはこれから、ノクスウッドの森に入ることになっている。
森の中には、普段は遭遇しないような強力な魔物がいるらしい。
それを想像して、私は思わず身を震わせた。
──正直、めちゃくちゃ怖い。
学園の訓練用区域にいた魔物だって怖かったのに、それとは比べものにならないほど強い魔物がいるなんて、想像もしたくない。
でも。
ここには騎士団長である師匠もいるし、師匠に武術大会で勝利したライオネル先生もいる。
しかも、その二人の師匠である大師匠までいるのだ。
きっと、大丈夫。
私は、先を歩くクラリス様の背中をそっと見つめた。
……クラリス様も、強い。
けど、クラリス様が傷つく姿は、もう二度と見たくない。
クラリス様が一緒にいてくれることは、とても心強い。
けれど同時に、とても怖い。
また、クラリス様が私のせいで傷つくことになったら──私は、嫌だ。
だから私は、「封印の鍵」の力を、ちゃんと使えるようにならなきゃいけない。
「古代の神」と遭遇したとき、今度こそ完全に封印できるように。
……ただ、私は前回、どうやってその力を使ったのか、まったく覚えていない。
傷を負ったクラリス様を見て、頭がカッとなって──気づいたら、すべてが終わっていた。
覚えているのは、まるで死んでしまったかのように青白く、動かなくなったクラリス様の顔だけだ。
私は、服の下に隠れている「封印の鍵」に、そっと触れた。
──お願いだから。
もう一度だけ、私に力を貸してください。
「お前も行くのか」
道場の前で待っていてくれた大師匠は、クラリス様の姿を見てそう言った。
その顔には明らかな嫌悪が浮かんでいて、私は内心ムッとした。
「はい。わたくしは、リナを守るためにここにいます」
けれどクラリス様は、平然とそんなことを言うものだから──
私は嬉しくなって、顔がにやけるのを止められなくなった。
クラリス様は「封印の鍵」の守護者として、ずっと私のことを見守っていてくれた。
その話を聞いたとき、義務感から私を守ってくれていたのかと、一瞬だけ不安になった。
でも、すぐに思い直した。
クラリス様が私にしてきてくれたこと。
それは、義務感だけではできないことばかりだった。
ときには厳しく。
ときには優しく。
……どんなときでも、ずっとそばにいてくれた。
私は、そんなクラリス様が──
そこまで考えて、私は恥ずかしくなり、頭をぶんぶんと振った。
クラリス様がこちらに視線を向ける。
無表情だけれど、私の行動を不思議に思っていることはわかった。
……ちょっと落ち着こう。
大師匠は昔、貴族に嫌なことをされて、貴族嫌いになってしまったらしい。
貴族には、いい人もいれば、悪い人もいる。
きっと大師匠は、その“悪い人”に当たってしまったのだろう。
でも、それは平民だって同じだ。
平民にだって、いい人もいれば、悪い人もいる。
大師匠だって、そのくらいわかっているはずだ。
たぶん、意固地になってしまって、素直になれないだけ。
だから私は、大師匠にクラリス様のいいところを、もっと知ってもらおうと思う。
だって、そうじゃないと──
ライオネル先生が、困ると思うから。
視線を正面に戻したクラリス様の横顔を、そっと窺う。
その少し先、クラリス様より高い位置に、ライオネル先生の顔も見えた。
ライオネル先生は、クラリス様のことが好きだ。
これは、絶対。
ライオネル先生のクラリス様を見る目は、優しいけれど、確かな情熱がこもっている。
恋を、している目だ。
……同じ人に恋をしているから、私にはわかる。
そして、きっとクラリス様も──
クラリス様に視線を戻すと、その顔がライオネル先生を見上げて、すぐに俯いたのがわかった。
何かを伝えたいのに、伝えられない。
そんな葛藤が、はっきりと伝わってくる。
私は、そんな二人の様子に胸がドキドキするのと同時に、ちくりと胸が痛んだ。
クラリス様には、アレクシス殿下という婚約者がいる。
ライオネル先生は、騎士爵を持っていても、平民出身だ。
二人の間には、大きな──大きな壁がある。
……そんな壁、壊してしまいたい。
「好き」という感情だけでは、どうにもならない世界に、二人はいる。
でも、もし私がここで、二人と一緒に「古代の神」を封印できたら──
世界は、変わるかもしれない。
私は顔を上げ、気合いを入れるように一歩を踏み出した。
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次回は5月8日(金) 19:00更新予定です。
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