【ライオネル】救済
俺の家族は、町の外れにある墓地で、静かに眠っている。
病に倒れた両親。
そして、魔物の手によって命を奪われた弟。
俺は家族全員を失ったのに、おめおめと一人、生き残っている。
この町に戻ると、嫌でもその事実を思い出してしまう。
だから俺は、ずっとこの地へ戻ることができなかった。
「古代の神」の件がなければ、俺がここへ帰ってくることはなかっただろう。
だが今、俺はここにいる。
ここへ戻ってこられた安堵と、今まで戻れなかった罪悪感と。
それらの感情が混ざり合い、俺は寝つくことができなかった。
明日のことを考えれば、早く休むべきだとはわかっている。
それでも俺は、自分の心をなだめるため、家族の墓へ向かうことにした。
町の中は、しんと静まり返っていた。
冒険者の多い町だからか、普段は夜遅くまで大声で騒ぐ輩がうろついていることも珍しくない。
だが今は、森の騒動もあってか、いつもより人通りが少ないようだった。
そんな中、俺の背後をぴたりとついてくる気配に気づく。
初めは気のせいかとも思ったが、その歩みは俺のそれと完全に一致しており、明らかに後をつけてきている。
……森に入れなくなり、仕事を失った冒険者が、物取りを考えているのかもしれない。
俺は小さく息をつくと、角を曲がったところで姿を隠した。
気配を殺し、後を追ってきた人物を待つ。
その人物が角に差し掛かった瞬間、腕を掴み、体を壁に押し付ける。
──思ったより、小柄な人物だった。
もっと荒くれ者を想像していたため、その腕の細さに一瞬戸惑う。
思わずわずかに身を引いたところで、背後から差し込む月明かりが、その人物を照らし出した。
「……クラリス殿?」
月明かりが、彼女──クラリス殿の白い顔を照らす。
紫紺の瞳は大きく見開かれ、こちらを凝視していた。
彼女もまた、俺の存在に驚いているようだった。
「ライオネル様……」
戸惑いを含んだ声を耳にし、俺はすぐに自らの行いを詫びた。
「も、申し訳ありません。誰かに後をつけられていると思って、それで──」
そこまで言って、ようやく今の状況に気づく。
彼女を壁に押し付け、至近距離まで迫っている自分の姿に、血の気が引いた。
──俺は、なんてことを……!
慌てて後ずさり、彼女から距離を取る。
俺という壁がなくなったことで、待っていたかのように月明かりが彼女の全身を照らした。
外出用のローブに身を包んだクラリス殿は、掴まれていた手首をもう片方の手で押さえている。
驚きに見開かれる紫紺の瞳は、しっかりとこちらを捉えていた。
かすかに開いた朱色の唇は、少し震えているように見える。
怖がらせてしまったのかもしれない。
だが、俺はこんな状況にもかかわらず──
彼女のことを……綺麗だと、思ってしまった。
「ほ、本当に申し訳ありません……」
二重の意味で、俺は謝罪の言葉を口にした。
何を考えているんだ、俺は。
自身の中にある不純な感情に、俺は自分を殴りたくなった。
彼女から返事が返ってこないことに焦っていると、しばらくして落ち着いたのか、彼女は小さく首を振った。
「いえ、わたくしのほうこそ、黙って後をつけてしまい、申し訳ございませんでした」
彼女の声を聞けたことに安堵しつつ、同時に焦燥感が込み上げてくる。
彼女に気づいたのが俺だったからよかったが、もし他の誰かが先に彼女を見つけ、俺と同じような行動をとっていたとしていたら──
そんな最悪の想像が脳裏を駆け巡り、背筋が凍る。
気づけば、俺は彼女に向かって声を荒らげていた。
「こんな時間にお一人で出歩くなど危険です! 何かあったらどうするんですか……!」
俺がいないところで、もし彼女が他の男に何かされたとしたら──
俺はそいつを、どうするかわからない。
彼女を守ると誓ったのに、守りきれなかったとしたら──
……俺はもう、二度と自分を許せない。
俺の焦燥が伝わったのか、彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
「……申し訳ございません。ライオネル様がどこかに向かわれる姿をお見かけして、心配になって……」
「……っ」
──俺のせいだ。
俺が彼女を、危険にさらしてしまった。
そんな後悔と共に。
彼女が俺を心配してくれたという事実に、言葉にできないほどの喜びが込み上げてきて──
全身が、ゆっくりと熱を帯びていく。
「……少しだけ、お時間をいただけませんか」
気づけば、俺はそんな言葉を口にしていた。
簡素な石で作られた三つの墓石が、寄り添うように並んでいた。
風雨に晒されて角はわずかに削れ、刻まれた文字もところどころかすれている。
だが、手入れは行き届いており、雑草一つない。
……きっと、師匠がここを守ってくれていたのだろう。
そのことに感謝しながら、俺はそっと墓石に触れた。
「……ここに、俺の家族が眠っています」
俺は墓石の前に跪くと、祈りを捧げた。
突然思い立って来たものだから、花など用意していない。次に来るときは必ず持ってくると、心の中で詫びる。
隣で、クラリス殿が同じように跪く気配がした。
視線をそちらに向けると、俺と同じように祈りを捧げてくれる彼女の姿があった。
その姿に目頭が熱くなり、俺は慌てて正面を向く。
「俺は……両親と、弟と一緒に、この町に住んでいました」
俺は家族の墓石を見つめながら、口を開いた。
クラリス殿がこちらを向く気配を感じたが、俺は彼女の方を向くことができなかった。
迷惑かもしれない。
けれど──彼女に、聞いてほしかった。
「両親は、俺が子供の頃に流行り病に倒れて……俺は、弟と……エリアスと二人で、生きてきました」
子供二人ではあったが、俺は体格に恵まれていたおかげで、大人の仕事も引き受けられ、生活費を稼ぐことができた。
エリアスも、慣れないながら家事を頑張ってくれて──俺たちは二人でも、なんとか生きてこられた。
──あの日までは。
「ですが、あのとき……俺がエリアスと一緒に森に入り、魔物に……青い獣に、エリアスは──」
あのときの色が、俺の脳裏に蘇る。
青い獣。
赤い飛沫。
──赤と青が交錯する世界で響く、エリアスの悲鳴。
嫌な音を立てる心臓と、荒くなる息に、思わず眉根が寄る。
あのときのことを思い出すと、どうしても平常心を保てなくなる。
俺の中に刻まれた色が、俺を責め立てるのだ。
なぜお前だけ生きているのか──と。
なんとか平常心を取り戻そうと、大きく息を吸ったとき。
あたたかい何かが、俺を包み込んだ。
「……ライオネル様」
それがクラリス殿の腕だと気づいた瞬間、俺の息が止まる。
別の意味で騒がしくなった心臓と、酸欠に近い状態の頭が、俺から思考を奪っていく。
「ク、クラリス殿……っ」
かろうじて残った息で彼女の名を呼ぶが、その声は自分でも聞き取れないほどかすれていた。
彼女の腕が、俺を優しく包み込んでいる。
それだけではない。
彼女の胸が俺の頬に触れている。ローブ越しでもわかるその柔らかさに、思わず叫び出しそうになる。
──こんなことをされたら、俺は……!
腹の底からせり上がってくる自身の欲望を、必死で押しとどめていると、不意に彼女の声が耳に届いた。
「……ご自分を責めないでください」
その声が、俺の中で暴れていたものを、静かに沈めた。
彼女の腕に、さらに力がこもる。
まるで何かから俺を守るように、強く抱きしめられた。
「ライオネル様のご家族は……きっと、そんなことを望んでおりません」
額に、冷たいものが落ちてくる。
彼女の顎から伝った水が、俺の額を濡らした。
「わたくしも……ライオネル様には、幸せになってほしいのです」
──その腕はかすかに震えていたが、俺をしっかりと抱きとめ、離さない。
俺が自分を責め続けてきたこと。
まるで、生き残ったことそのものが罪であるかのように感じていたこと。
そうした俺の弱さから膨らんだ負の感情を、すべて包み込むかのように、彼女は俺を抱きしめてくれた。
──なぜ、あなたは……
目の奥に熱いものが込み上げる。
俺はそれを押さえきれず、彼女の胸に顔を埋め、震える唇を噛んだ。
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次回は5月5日(火) 19:00更新予定です。
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