剣聖
グレアム・ブラックウッド──かつて「剣聖」と呼ばれたその男が、こんな片田舎の町に身を置いているのには、それなりの事情がある。
彼は平民だったが、類稀なる剣の才を見込まれ、ライオネルと同じようにエリューシア学園へ特待生として入学した。そして騎士爵を得て、王立騎士団に入団する。
しかし、当時の王立騎士団は身分差別が激しく、貴族至上主義が幅を利かせていたこともあり、平民出身の彼は多くの苦労を強いられた。剣の腕は誰よりも上だったが、それが貴族の騎士たちの嫉妬を招き、筆舌に尽くしがたい扱いを受けたという。
最後には、やってもいない罪をなすりつけられ、騎士団を去ることになった。
──後に彼の汚名はすすがれることになるが、「剣聖」が騎士団に戻ることは、二度となかった。
なお、これはゲーム設定集の受け売りだ。王国の公式文書には残っていない。
ヴィンセントが団長となり、今の王立騎士団は大きく変わった。だが──過去の汚点を、わざわざ残しておくこともないのだろう。
貴族からそのような扱いを受けた彼が、貴族嫌いになったとしても、何ら不思議ではない。
そして──
「貴族に跨がせる敷居はない」
……筆頭公爵家の名を持つ私が、彼に毛嫌いされても、仕方のないことだった。
「師匠、クラリス殿は確かに貴族ですが、師匠が思っているような貴族では……」
「筆頭公爵家のお嬢様が貴族じゃなかったら、誰が貴族なんだ」
「俺だって貴族ですよ、師匠」
「お前が貴族だったら、平民みんな貴族だ」
「ひでぇ!」
どうやらヴィンセントは、貴族らしくないという一点でノーカウントにしてもらえているらしい。
グレアムは騎士団ではひどい扱いを受けていたものの、その剣の才に心酔する者も多く、特に後輩からは慕われていたという。
そのひとりがヴィンセントで、彼は貴族でありながらも、グレアムの中では信頼できる人物として位置づけられているようだ。
しかし──グレアムと何のつながりもなく、貴族の頂点に立つ筆頭公爵家の人間である私は、当然、受け入れてもらえるはずもなかった。
……本来の「ライオネルルート」であれば、ここで道場の中に通され、最近森で起こっている異変について情報をもらうはずだった。
しかし、ここで無駄な問答を続けていても、話は進まない。
私は、グレアムを説得しようとするライオネルに声をかけた。
「ライオネル様。わたくしは、先に宿へ戻っております」
私の言葉に、ライオネルは困ったように眉根を寄せる。
「ですが、クラリス殿……」
「……お久しぶりなのでしょう? 積もるお話もあると思います。どうぞ、ごゆっくりお話ください」
高い位置にある彼のアイスグレーの瞳を見上げ、静かに告げる。
少しだけ逡巡を見せたが、ライオネルは私の顔をじっと見つめ、小さく頷いた。
町に着いたときに取っておいた宿へ戻り、私はベッドに腰掛けた。
ライオネルとヴィンセント、そしてリナは、グレアムの道場に残り、彼と話をしている。
リナも私と一緒に宿へ戻ろうとしたが、私はそれを制した。
ここは「ライオネルルート」の中でも、特に重要な場面だ。
「古代の神」の本体は、ノクスウッドの大森林の奥に封印されている。
そして、その場所を見つけるきっかけとなるのは──ライオネルの弟、エリアスの命を奪った青い獣が再び現れたという話を、グレアムから聞くことだった。
ライオネルの過去を知らないヒロインが、その事実を知るのも、この場面だ。
つまり──リナがその場にいることで、「古代の神」の本体へとつながる情報が得られるはずだ。
……もちろん、私はその場所を知っている。
これを“守護者”としての記憶だと言い張り、一気に封印へ向かってもよかった。
ただ。
私の手で、彼を“その場”へ連れていくことは──したくなかった。
……これは、私の欺瞞だ。
彼を傷つけるようなことをしたくないという……ただの、自己欺瞞。
ベッドに身を預け、天井を見上げる。
梁がむき出しの、飾り気のない木組みが目に映った。
町で一番上等な宿を取ったものの、宿泊者は冒険者が多く、貴族が泊まることを想定していないのだろう。貴族の屋敷とは、雲泥の差だった。
私は、貴族で。
ライオネルは、騎士爵を得たとはいえ、それは一代限りの爵位であり、もとは平民だ。
……私たちの間には、大きな壁がある。
「剣聖」でさえ乗り越えられなかった壁は、私の奥底に沈めた感情が表に出る隙を、与えてはくれなかった。
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次回は4月24日(金) 19:00更新予定です。
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