私が選んだ結末 1
──時は流れて。
私たちは、学園を卒業した。
生徒会は再入会してくれたノアが会長に就き、ルークが副会長、リナが書記を務めている。
一年生にも優秀な子がいて、生徒会に加わってくれたようだ。
リナは先輩になったことで、さらに張り切っているらしいが──ルークの話によると、空回りしすぎて見事なポンコツぶりを発揮しているらしい。
それを目の当たりにした後輩たちは、「自分たちがしっかりしなければ」と決意し、結果としてより優秀さを発揮しているのだとか。
……なんというか。
ある意味、ヒロインらしいのかもしれない。
王城内にも変化があった。
私たちと同じく学園を卒業したカイルとディアナの結婚式が執り行われ、その場でヴィステリア公爵家の代替わりが発表された。
ヴィステリア公爵は地位を退き、カイルがその座を引き継ぐ。
もちろん、カイルはまだ卒業したばかりの若輩者だ。
公爵は当面、カイルの補佐として政務を支えることになっている。
だが、この事実は貴族たちに一つの結末を示していた。
──ヴィステリア公爵家の失墜。
貴族社会を取り仕切っていたと言っても過言ではない名門の家長が、学園を出たばかりの若者に代わる。
それは、誰の目にも明らかな没落だった。
ヴィステリア公爵夫人は、体調を崩したとの理由で避暑地へ移ることになった。
それもまた、一つの栄華を築いた三大公爵家の一角が、静かに退場していくことを象徴していた。
カイルへの引き継ぎが完全に終われば、公爵自身も夫人のもとへ退くという。
……この先、ヴィステリア公爵家を支えることになるカイルとディアナの責任は重い。
けれど、あのバカップル──もとい、二人の絆があれば。
きっと、乗り越えていけるだろう。
ヴィステリア公爵夫人の不在によって、貴族至上主義の勢力は鳴りを潜めた。
ヴィステリア公爵家の没落が、国の方針を示すものだと誰もが理解したからだ。
貴族と平民。
どちらも、国の礎であること。
その方針に反する者は、ヴィステリア公爵家と同じ末路をたどる──
そう、暗黙のうちに示されたのだ。
そして同時に。
彼らは、ヴィステリア公爵夫人と最も近いと目されていた人物──ガルストン・フォーレンスの行く末を、固唾をのんで見守った。
その結末は──
──ゆっくりとまぶたを持ち上げ、鏡に映る自身を見つめる。
純白のドレスは、女性らしさを引き立てるように、体のラインに沿って美しく仕立てられている。
胸元の刺繍は控えめながら上品で、背に流れるヴェールが静かに揺れた。
黒髪と純白のコントラストが、凛とした印象をいっそう際立たせる。
背後では、一世一代の仕事を終えたと言わんばかりに、額の汗を拭うエミリアの姿が見える。
その顔には、珍しく満足げな笑みが浮かんでいた。
確かに、鏡に映る自身の姿は、完璧な──花嫁姿だった。
今日は、アレクシスとの結婚式。
一ミリも隙のない姿に仕上げてくれたエミリアの手腕には感動するが──
……本当に、この表情筋は。
こういうときくらい、もう少し仕事をしてくれてもいいのに。
試しに、にこりと笑ってみる。
…………だめだ。びくともしない。
この一年。
前世の記憶を取り戻してから、少しずつ可動域が広がってきたと思っていた表情筋だが、自分の意図どおりに動かすには、まだ時間がかかるらしい。
王妃殿下のようなたおやかな笑みを浮かべられるようにならなければ、国民から“愛想のない王太子妃”として嫌われてしまうかもしれない。
これからは毎日、表情筋の筋トレをしようと、私は心の中で静かに誓った。
「──クラリス様」
背後から、聞き慣れた声が私を呼ぶ。
鏡越しに、扉からそっと顔を覗かせるリナの姿が映った。
同じように鏡越しに私の花嫁姿を目にしたリナが、突然ぶわりと涙をあふれさせた。
「クラリス様……お、お綺麗です……!!」
目から滂沱の涙を流す彼女に、私は内心で小さく苦笑しながら振り返る。
リナもまた、見事なドレス姿に身を包んでいた。
可憐な水色のドレスは彼女の明るさを引き立て、胸元にあしらわれた小さな花の刺繍が、どこか彼女らしい愛らしさを添えている。
……ただし。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が、すべてを台無しにしていた。
……まったく、この子は。
「しっかりしなさい、リナ。──あなたは、侯爵家の養子になるのだから」
「は、はいぃ……で、でも……だって、クラリス様が綺麗すぎてぇぇ……!!」
……だめだ、これは。
エミリアに化粧を直してもらわなければ、人前には出せない。
私は諦めて、リナを鏡の前に座らせる。
涙がドレスに落ちないよう、エミリアから受け取ったタオルを彼女に渡した。
彼女はそれを受け取るなり、顔を埋めて、さらに泣き出す。
「本当に、本当に素敵です、クラリス様ぁぁぁ……っ!!」
──リナを落ち着かせるには、しばらく時間がかかりそうだった。
そう。
リナは──ガルストンの養子になることが決まった。
ヴィステリア公爵夫人に最も近く、貴族至上主義の急先鋒と見なされていたガルストンは、それによって難を逃れたと受け止められている。
「封印の鍵」の力を持つリナを養子とした以上、国としても彼を容易には切り捨てられない。
そう判断されたのだ。
当初、国王陛下はリナが彼の養子となることに難色を示していた。
陛下の考えでは、おそらくヴィステリア公爵夫人と共に、ガルストンにも何らかの処分を下すつもりだったのだろう。
しかし──
リナの“強い要望”により。
ガルストンは彼女を養子とし、その立場を保った。
その代わりに。
彼はリナを王太子妃に据えるという自らの提案を撤回し、アレクシスと私が示した“新たな提案”に賛同することで、国への恭順を明確に示した。
……リナがなぜ、その選択をしたのか。
私は、その理由を聞いていない。
彼女は、ガルストンの養子にはならないと言っていた。
それでも考えを翻し、彼の養子となり──
結果として、ガルストンを救った。
……これは、私の憶測にすぎないけれど。
ガルストンは、ヴィステリア公爵夫人と共に、表舞台から退く覚悟をしていたのではないだろうか。
もちろん、リナが彼の提案通り王太子妃になる未来もあった。
しかし、それが叶わなかったときには──
貴族至上主義の勢力を削ぐため、ヴィステリア公爵夫人を道連れに、自らも退場することを選んだのではないか。
……そう考えるのは、穿ちすぎだろうか。
今回、ヴィステリア公爵家の没落を招いたのは、夫人の数々の不正と専横だった。
表に出ていたものも、出ていなかったものも。
それらが国にとって害悪と判断され、彼女は表舞台から退かされた。
その情報はおそらく、「王家の影」であるゼノからもたらされたものだ。
けれど、それだけでは三代公爵家の一角であるヴィステリア家を、ここまで追い詰めることはできない。
──ガルストンの証言があったからこそ。
国は、表立ってヴィステリア公爵家の影響力を削ぐことができたのだとしたら。
彼もまた、共に沈むつもりだったのかもしれない。
けれど。
それは、リナの行動によって──阻まれた。
後になって、リナから全力で謝られたけれど。
私は、理由を聞かなかった。
リナが、訳もなくそんな選択をするとは思えない。
きっと彼女なりの理由があって──ガルストンを救うと、決めたのだろう。
リナは、貴族社会の駆け引きなど理解していなかったはずだ。
けれど、人の感情には人一倍敏い子だ。
ガルストンが胸の奥に抱えていたものを察して──
彼を救うことを、選んだ。
私には、それだけがわかっていればいい。
代わりに私は、ガルストンの提案を越える未来を──
この国をより良くする道を、皆に示せばいいのだから。
アレクシスと、二人で。
お読みいただきありがとうございます。
アレクシスルート最終話は、
このあと3月31日(火) 19:10更新予定です。
どうぞ最後まで見届けていただけますと幸いです。




