私が選んだ結末 2
リナの涙まみれの顔を、エミリアのスペシャルテクニックで見事に回復させた後、私たちは控えの間を出た。
扉の外に立つ人物を視界に捉えた瞬間──あまりの神々しさに、目が焼かれそうになる。
そこには、白い礼装に身を包んだアレクシスが立っていた。
ただでさえ直視するのに精神力を要する美貌だというのに、最近の彼は……神々しさが一段階上がっている。
あの日。
アレクシスと……その、互いの想いを確かめ合った、あの日から。
もともと優秀だった彼だが、さらに異常なまでの行動力を見せるようになった。
すでに動き出していたルークと連携し、とうとう彼は、ほとんどの貴族から支持を取り付けることに成功したのだ。
あまりの優秀ぶりに驚愕したが──その原動力が、あの日の出来事だったという事実は。
なんともこそばゆくて、落ち着かなくて。
……そわそわしてしまう。
そういえば、クラス劇の後も、溜まっていた大量の生徒会の仕事を、彼は一人で片付けていたことを思い出す。
──「ずっと好きだった」と言われ。
自分がそれに今までまったく気づけなかったことへの罪悪感が、後ろめたさとなって、私の中でもやもやと燻っている。
彼は、パッケージのセンターを飾る、メインの攻略キャラだ。
彼の言動は、すべてヒロインの──リナのものだと、思い込んでしまっても仕方ないはず。
……そうよね?
誰か、そうだと言って。
「クラリス」
私の内心の葛藤など知る由もないのだろう。
アレクシスはその美貌をさらに輝かせながら、こちらへ歩み寄ってくる。
眩しすぎて直視できず、網膜を守るためにそっと目を伏せる。
だが、彼はお構いなしに私の肩へ手を添えると、そのまま顔を近づけ、息のかかる距離で囁いた。
「綺麗だ、クラリス」
至近距離で覗き込まれ、私は本気で息の根を止められそうになる。
その顔に浮かぶ笑みは、隠す気など微塵もない、真っ直ぐな愛情に満ちていた。
……最近の彼は、本当に遠慮がない。
ド直球すぎる愛情表現に、「本当にこれがあのアレクシス?」と、実は中身が入れ替わってしまったのではないかと本気で心配になる。
私が前世の記憶を思い出したときも、こんなふうに周囲を戸惑わせていたのだろうか。
実はアレクシスも転生者で、それでこんなにも人が変わったようになってしまったのでは──
そんな、ありえなくもない妄想を繰り広げていたせいか、彼の顔がさらに近づいてくるのに気づけなかった。
──ちょ、ちょっと!?
私が身を引くより先に、アレクシスの体が後ろへ引かれた。
おかげで私は、人前でキスシーンを晒すという大失態を犯さずに済んだ。
「──調子に乗りすぎ」
アレクシスを後ろから引っ張った人物が、低い声で彼を睨みつける。
彼──ルークは、私たちの間にすっと立ち、にこりと微笑んだ。
「姉さん……すごく綺麗だよ」
その微笑みは、少しだけ寂しそうで。
けれど同時に、何かを吹っ切ったような晴れやかさも宿していた。
この数ヶ月で、彼も大きく成長した。
学生の身でありながら、私やアレクシスのために貴族社会へ踏み込み、多くのつながりを築いてきた。
本当に、将来のエヴァレット家当主にふさわしい働きぶりだ。
「ありがとう、ルーク。……エヴァレット家のことは、お願いいたします」
「任せておいて……と言いたいところだけど、あの父さんと二人になるのかと思うと、今から気が滅入るね」
冗談めかして肩をすくめるルークは、年齢相応の少年らしい表情をしていた。
その様子を心の中で微笑ましく見守っていると、脇に追いやられていたアレクシスが、不満げに私たちの間へ割って入った。
「おい、ルーク。邪魔をするな」
「浮かれすぎて頭が湧いてるんじゃないの? 場所をわきまえなよ、場所を」
二人がいつもの言い合いを始めたので、私はそっとその場を離れ、リナの隣へ移動する。
扉の外では、リナの護衛として同行していたライオネルも待っていてくれた。
彼は私の姿を一瞬、ほうけたように見つめ──はっと我に返ると、慌てて姿勢を正す。
「……おめでとうございます、クラリス殿」
少し照れた様子で祝辞を述べるライオネルは──やっぱり尊い。
彼は今、リナの護衛であると同時に、剣術の個別指導も続けてくれている。
リナから王立騎士団に入りたいと打ち明けられたとき、私は内心ひっくり返りそうになった。
もちろん、表情には出さなかったけれど。
そのくらい、衝撃だったのだ。
ゲーム中、ヒロインが王立騎士団に入る展開はどのルートにもなかった。少なくとも、無課金ルートには。
だからこそ、リナの口からその話を聞いたとき、私は混乱した。
確かに、体力に全振りしているとしか思えない彼女のパラメータを考えれば、ある意味では現実的な選択肢だ。
とはいえ、剣術は力だけでどうにかなるものではない。技術も必要だ。
ポンコツに毛が生えた程度の彼女が王立騎士団に入るなど、どう考えても無謀に思えた。
──しかし。
この数ヶ月で、リナは驚くほど成長した。
王立騎士団入団という目標に向かい、努力と根性を剣術の修行に全力投下したのだ。
その結果──
……まあ、なんとか他の生徒と遜色ない程度には成長した。
ポンコツから“普通”レベルになったというだけだけれど。
それでも、卒業する頃には──おそらく、王立騎士団にぎりぎり入団できるくらいの実力は身についているだろうと、予想できた。
「約束は、守りますから!」
王立騎士団への入団を希望していると私に告げたとき、リナは拳を力強く握りしめ、そう宣言した。
──わたくしを守れるくらい、強くなってもらわないといけないわね。
確かに私は、そう言った。
言ったけれど……まさか、こう来るとは。
さすがというべきか、なんというべきか。
……この真っ直ぐさは、まさにヒロインだ。
「ライオネル様。リナのご指導、いつもありがとうございます」
私がお礼を述べると、ライオネルは苦笑しながら小さくかぶりを振った。
「いいえ、俺は大したことはできていません。ですが、彼女は……あなたのために、頑張っています」
将来、私の護衛騎士になることを目指して、日々努力を重ねているらしい。
なんだか攻略キャラに尽くされるヒロインの気分だ。
……いや、私は悪役令嬢なのだけれど。悪役令嬢の護衛騎士を目指すヒロインとは、一体どういう構図なのか。
アレクシスと私の結婚が正式に公表されたとき、一部の貴族からは、私を“救国の聖女”に婚約者の座を譲らなかった“悪役令嬢”だと揶揄する声も上がった。
筆頭公爵家の権力を笠に着て、国の未来を顧みず、王太子に固執する悪女である──と。
だが、その声はごく少数にとどまった。
結婚と同時に公表された私たちの決断が、それを打ち消してくれたのだ。
私たちは結婚式の後、国中を巡ることを決めている。
それは形式的な視察ではない。
実際に各地へ滞在し、そこに住む人々と交流する。
数年をかけて国を回り、おそらく王都へ戻るころには、リナも学園を卒業し、王立騎士団に入団しているはずだ。
王太子と王太子妃が王都を離れ、各地に住まうなど、前代未聞のことだった。
それでも──私たちは二人で話し合い、そう決めた。
王都にいるだけでは、国中の声を本当に聞くことはできない。
たとえ声が届いたとしても、それはどこかで歪められたものかもしれない。
だから私たちは、その土地へ赴く。
貴族も平民も関係なく──“民”と、向き合うために。
これが──私たちの出した答えだった。
アレクシスはこの答えを掲げ、貴族たちを掌握し、結果として貴族至上主義の声を抑え込んだ。
そしてガルストンとは別の形で、“民と共に歩む”国の姿を示した。
こうして、本来のアレクシスルートでヒロインが座るはずだった王太子妃の席に、私は座ることになった。
私では、ゲーム中のヒロインのように、平民との絆を象徴する王太子妃にはなれないかもしれない。
──けれど、それでいい。
私は、筆頭公爵家の令嬢だ。
それは変えられない。
ならば、その立場のまま。
その立場だからこそ、できる最大限を尽くせばいい。
私には、前世の記憶もある。
その記憶もまた、私を支えてくれる。
──全部、私なのだ。
公爵令嬢である私も。
前世を知る私も。
悪役令嬢と呼ばれた私も。
それぞれの輪郭は、まだ少し曖昧だけれど。
そのすべてを抱えた存在──
それが、クラリス・エヴァレットなのだから。
式が執り行われる大聖堂の前で、私は父とともに入場を待っていた。
侍従が、入場の準備が整ったことを告げる。
父は静かに、私へと手を差し伸べた。
父にエスコートされるのは、これが初めてかもしれない。
そして──きっと、最後だ。
私は、その手にそっと自分の手を重ねた。
父の薄紫の瞳が、静かにこちらを見つめている。
私も、その視線をまっすぐに受け止めた。
言葉はない。
表情も、変わらない。
ただ──ほんの一瞬だけ。
父の手に、力がこもる。
私の手を、確かめるように握った。
それもすぐに解け、父は私を大聖堂の入口へと導く。
──それだけで、十分だった。
巨大な扉が、厳かに開かれる。
赤い絨毯の先には、アレクシスが立っていた。
まっすぐに、私を見つめながら。
左右の参列者の列には、貴族たちが並んでいる。
その中に、リナとルークの姿もあった。
父に手を引かれ、私はその間をゆっくりと歩いていく。
……不意に。
耳元で、声が聞こえた。
「おめでとう、“お姫様”」
遠い昔。
まだ幼かった私に──母との“約束”という希望をくれた、あの声。
それが、確かに囁いた。
私は、奥歯をそっと噛みしめる。
そして、音にはならない声で、唇だけを動かした。
──ありがとう、“魔法使い”さん。
その言葉は、空気を震わせることはなかったけれど。
それでも──
“魔法使い”さんは、きっと微笑んでくれていると思う。
父にエスコートされ、アレクシスの前に立つ。
差し出された彼の手に、自分の手を重ねると──その指が、静かに絡み、そっと握られた。
アレクシスと父が、わずかに視線を交わす。
小さく頷いたアレクシスに、父は静かに一礼し、参列者の列へと下がっていった。
大聖堂の最奥。
壁には王家の紋章と並び、三大公爵家の紋章を織り込んだタペストリーが掲げられている。
その荘厳な背景を背に、祭壇の上では、国王の正装に身を包んだ陛下が私たちを待っていた。
私は、隣に立つアレクシスを見上げる。
アレクシスもまた、真っ直ぐに私を見つめ返してくれた。
薄氷のような瞳に宿るのは、深く、静かな愛情の光。
──きっと。
私の瞳にも、同じ光が宿っている。
ずっと、一緒に歩んできた。
婚約者として。
ライバルとして。
そして、これからは──
人生をともに歩む、伴侶として。
一緒に、歩み続ける。
私が選んだ結末は。
彼の隣に在ることなのだから──
アレクシスルートは、これにて完結となります。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
アレクシスルートのあとがきは「活動報告」に掲載いたします。
ここまで静かに更新を続けてまいりましたが、
最後なので少し語らせていただければと思います。
もし興味のある方は、そちらをご覧ください。
(色々とぶっちゃけているので、雰囲気を壊したくない方はご遠慮ください……笑)
次のルートはライオネルになります。
騎士ルートは一週間お休みをいただいたあと、
4月10日(金)からスタート予定です。
ブックマークをしたままお待ちいただけると嬉しいです。
引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。




