【リナ】未来 1
アレクシス殿下が謁見の間を飛び出してから。
しばらく部屋の中に落ちていた、重い重い沈黙を──
王様の大きなため息が破った。
「……はーっ、まったく。本当に不器用で面倒くさい男だな、あいつは……」
先ほどまでの、まさに“王様”といった威厳のある姿は、どこへ行ったのか。
玉座の肘掛けに肘をつき、頭を押さえるその姿は、手のかかる息子に振り回される親のそれだった。
私はそのあまりの変わりように、思わず唖然としてしまう。
え……?
どういうこと?
「あなたの学生時代にそっくりですよ、アルフォンス様」
すっかり王様らしくなくなった王様に、隣に座る王妃様が冷ややかな視線を向ける。
その視線と言葉に顔をしかめた王様を、私の後ろにいたヴィンセント師匠が、大爆笑しながら指を差した。
「だよなぁ! リヴィアもそう思うだろ?」
心底楽しそうに笑う師匠に、王様はあからさまに不満げな表情を浮かべる。
……ますます、わからない。
さっきまでの、あの大変な雰囲気は──いったい、どこへ行っちゃったの?
「うるさいぞ、お前たち! あそこまでお膳立てしてやったんだ。これで結果を出さなかったら、私は知らんからな」
態度だけでなく、口調まで完全に王様らしくなくなった王様は、すねたように明後日の方向を向いた。
……お膳立て?
ということは──
…………どういうこと??
「あなたも、意地悪ですこと」
王妃様が、くすりと微笑む。
「あれではまるで、クラリスが自ら婚約者の座を降りたように聞こえてしまいますわ」
「えっ」
思わず、声が出てしまった。
慌てて口を塞いだけれど、もう遅い。
王妃様の視線が、こちらに向けられる。
王妃様は、にっこりと優しい笑顔を浮かべた。
「驚かせてしまって、ごめんなさいね。リナさん」
「慈愛の花妃」として皆に敬われている王妃様の笑顔は、本当に花のように綺麗だ。
「クラリスは、何も諦めておりません。あの子自身の未来も、アレクシスとの未来のことも」
そして、静かに続けた。
「彼女は──最善の策を探しに行ったのです」
──その言葉は。
私の胸の奥に、じんわりと染み込んでいって。
気づけば──
私の目から、ぽろりと涙が溢れていた。
クラリス様は……
何ひとつ、諦めてなんか、いない。
そのことが、本当に嬉しくて。
私は、次から次へと溢れてくる涙を、どうしても止めることができなかった。
「ですが、クラリス殿は転移魔法陣を使って、何を……」
私と同じように安心した様子で、ライオネル先生が疑問を口にする。
確かに。
クラリス様は、転移魔法陣を使って何をするのだろう。
それが、本当に未来につながる選択なのだろうか──
「それは、アレクシスが無事にクラリスを連れて帰ってきたら……直接、お話を聞くことにしましょう」
王妃様はそう言って、意味ありげに微笑んだ。
どうやら、今は内緒ということらしい。
……気になる。
けれど、王妃様の言う通りだ。
私も──
クラリス様の口から、クラリス様の未来の話を聞きたい……!
「あの愚息がうまくやったとして──リナ。そなたは、どうする?」
いつの間にか王としての威厳を取り戻した王様が、静かに問いかけてくる。
ガルストン様は、私を養子にすると言ってくれた。
でも、それは私を王太子妃にしたかったからで──
もちろん、私はそんなつもりはない。
だから、ガルストン様の養子になる気も、最初からなかった。
……そんなことを言ったら、セシリアさんは、少しがっかりするかもしれないけれど。
私はもう、決めたんだ。
大丈夫。
セシリアさんなら、きっと、わかってくれる。
「……ガルストン様と、お話をしようと思います」
ガルストン様が私を王太子妃にしようとしたのは、平民もこの国を支える大切な存在だと示すためだと聞いた。
ルークくんは、それは建前で、ガルストン様が権力を握りたいだけだと言っていたけれど──
ガルストン様のセシリアさんに対する態度は、ほかの貴族の人たちと比べて……やっぱり、優しいと思った。
あの人は、本当に、平民のことを考えてくれる人なのかもしれない。
でも──
私が王太子妃になるよりも。
クラリス様が王太子妃になったほうが、この国のためになる。
私は、そう信じている。
「ガルストン様の養子にはなれませんと……ちゃんと、お話しします」
私は、まっすぐ王様の目を見て言った。
王様は一瞬、ほんの少しだけ遠くを見るような表情を浮かべたが、すぐにその視線を戻した。
「そうか。……そうだな。そのほうが、そなたのためにもなるだろう」
このときの王様の言葉の意味を、私が本当に理解するのは──まだ少し、先のことになる。
お読みいただきありがとうございます。
次回は3月20日(金) 19:00更新予定です。
感想・ブクマ・ポイントで応援いただけると、とても励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。




