【アレクシス】答え 2
──彼女が……いない……?
父の言葉が、うまく頭に入ってこない。
クラリスが、ここにいない?
それは──
一体、どういう意味なのか……
「私はクラリスの望みを聞き──彼女に、転移魔法陣を使うことを許可した」
「な……っ」
城に設置されている転移魔法陣は、王都と遠方を結ぶものだ。
王の許可がなければ、使用することはできない。
父は──
クラリスの願いを聞き入れ、それを使うことを許可したという。
では、彼女の望みは……?
体の内側から、冷え切っていくのがわかる。
クラリスの望みは──
金縛りにあったように動けなくなった私に、父の冷ややかな視線が注がれる。
「……クラリスは、お前の代わりに、答えを出したということだ」
──自ら、身を引き。
私たちの前に立ちはだかっていた問題に、終止符を打った。
……まさか、そんな。
視界の端で、リナが蒼白な顔をしているのが見えた。
口元を押さえ、震えている。
ライオネルの表情にも、驚愕の色が滲んでいる。
ヴィンセントは乱暴に頭を掻き、黙ってこちらを睨みつけていた。
──そのすべてが。
私が招いた、結末だ。
私が、動かなかったばかりに。
彼女に──最悪の選択を、させてしまった。
周囲の声が、遠のいていく。
全身の感覚が、消え失せていく……
──アレクシス様のことも、必ずお守りいたします──
不意に。
彼女の言葉が、頭の奥で鮮明に響いた。
感覚を失いかけていた手に、かすかな力が宿る。
あのとき。
彼女は、私を守ると言ってくれた。
そして、私も。
彼女を守ると、誓った。
それなのに。
──私は、こんなところで何をしている……!!
腹の底から湧き上がる、自身への怒りに突き動かされるように、私は身を翻した。
「──今さら、どうするつもりだ」
背に投げかけられた、父の冷ややかな声。
「お前は答えを出せなかった。そのお前に、自分の望みを叶える権利など、ない」
容赦なく、言葉が突き刺さる。
私は──
父から課された問いに、答えを出せていない。
ガルストンの提言を越える、この国を、より良き未来へ導く方法を。
そんな私に、彼女の隣に在る資格などないと。
父は、そう断じているのだ。
私は、顔だけをゆっくりと父へ向けた。
その途中、階下に跪くリナたちの姿が視界に入る。
祈るように手を組んだまま。
それでも彼女は、強い意志を宿した瞳で、こちらを見つめていた。
──わかっている。
「私は──まだ、答えを出せていません」
父と視線が絡む。
そこにあったのは、父の顔ではない。
この国の王としての、厳しい眼差しだった。
私は、その視線を真正面から受け止める。
「ですが、私はクラリスとともに歩んでいくと、決めました」
国の未来。
そして、彼女との未来。
……初めから。
私一人で、答えを出せるものではなかった。
未来に繋がる道は──
私だけでは、選べない。
「私は必ず、“彼女とともに”、答えを出します」
二人で、選ぶのだ。
これから私たちが選ぶ道は──
誰かに与えられるものではない、二人の道なのだから。
国も、彼女も。
私は、どちらも守り抜きたい。
かつて、始祖エルヴィンがそうであったように。
愛する者を救い、国を救った、その在り方を。
私たちは──二人で、実現する。
私の宣言に、父は黙ってこちらを見つめている。
情けない答えだと、思われたかもしれない。
私は、自分一人では、父の課題を乗り越えられないと認めたのだから。
永遠にも続くかと思われた沈黙を、父の静かなため息が破った。
「……一度だけ、機会を与えよう」
父は私から視線を外し、城下を見下ろす窓へと向ける。
「そなたに、転移魔法陣を使う許可を与える。もし、それでも答えを出せなかったなら──」
言葉は、そこで一拍、区切られた。
──ガルストンの提言を採用する。
その宣告に、リナの顔色が、先ほどよりもさらに青ざめる。
そして──心底、嫌そうな表情を浮かべた。
……失礼な話だが。
その感想については、私もまったく同意見だった。
それに。
私は再び父に背を向けた。
「必ず──クラリスと共に、答えを持って帰ります」
──そんなことはさせないから、安心するといい。
謁見の間を出ると、私は転移魔法陣の敷かれた間へと向かった。
気だけが焦り、周囲の視線があるにもかかわらず、足は自然と走り出していた。
もしクラリスが、国を憂い。
リナのことを思い。
そして──自ら身を引いたのだとしたら。
彼女は、一体どこへ向かったのか。
一度、エヴァレット公爵邸に赴き、彼女の行き先に関する手がかりを探すべきかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、私は思わず足を止めた。
──そのとき。
「ローザルディアだ」
耳元で、確かに声がした。
はっとして振り返り、あたりを見回す。
一瞬、影のような黒いものが目の端に映ったが、それはすぐに霧散した。
私のすぐ近くには誰の姿もない。
遠巻きにこちらを見ていた貴族たちが、不思議そうな表情を浮かべているだけだ。
……空耳か?
いや。
今の声は、あまりにもはっきりとしていた。
「ローザルディアだ」と、そう言った。
それは──
彼女の、行き先を示しているのか……?
わからない。
転移魔法陣を使える機会は、一度きりだ。
もし、間違っていたら──
「古代の神」を封印したあと、リナの回復を待つ間にクラリスと交わした会話が、ふいに脳裏に蘇った。
──私は民たちの声を聞くことができ、その苦境を救うことができた。
……そうだ。
あのとき私は、民の声を聞き、彼らの苦しみを知った。
「古代の神」だけが、すべてではなかった。
それぞれに、別の痛みがあった。
私は彼らと触れ合うことで、その現実を知る機会を得たのだ。
もし、彼女が私との未来を諦めたのではなく。
私たちの未来へと続く道を、あの地に探しに行ったのだとしたら。
彼女は──
私を、そこで待っていてくれるのかもしれない。
そしてそれは、私にとって。
最後の機会になるのかもしれない──
足に、さらに力を込める。
脇目も振らず、私は走った。
もう、迷いはない。
──早く。
早く、彼女のもとへ──
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次回は3月17日(火) 19:00更新予定です。
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