自分で選ぶ道 1
学園に来るのは、数カ月ぶりだろうか。
「古代の神」との決戦以来、私はここを訪れることができずにいた。
決戦で負った傷が癒えてからも、ローザルディアへ向かう準備などに追われ、結局、学園に戻る余裕はなかったのだ。
あのとき現れた魔物たちの影響で、学園は一時休校となっていた。
だが今は、すでに日常を取り戻している。
生徒会室へ向かう途中で目に入る、いつもと変わらぬ光景。
その平穏さに、私はそっと胸を撫で下ろした。
──誰も失わずにすんで、良かった。
下手をすれば、人死が出ていてもおかしくない状況だった。
それを防げたのは──私一人の力ではない。
学園の教師たち。
騎士団の団員たち。
そして、いざというときに備え、裏で手を回してくれていた父たち。
皆のおかげで、この日常は守られたのだ。
そう。
私はいつも、誰かに支えられてきた。
──私がクラリス様を守ります……!
先日の出来事が、まだ胸の奥に残っている。
私の前で、自身の意思を高らかに宣言したリナの顔が、脳裏に浮かんだ。
その真っ直ぐすぎる言葉を思い出し、私は内心で小さく苦笑する。
「私は、殿下のお嫁さんになんかならないですから!」
開口一番、リナが叫んだ言葉に、私は固まった。
“なんか”とまで言われたアレクシスに同情すべきなのか。
それとも、そもそも──どうやって彼女がここに来たのかを問いただすべきなのか。
あまりの混乱に、思考が追いつかない。
「……あの、リナ? とにかく、入って」
リナがどうやってここまで来たのかはわからない。
だが今は夜だ。そして、ここは公爵邸。
いくらリナが国の要人になったとはいえ、不法侵入を咎められない保証はない。
私はまず、彼女を第三者の目に触れさせないことを優先した。
リナは私の言葉に素直に従い、部屋の中へ足を踏み入れる。
椅子を勧めようとした、その瞬間。
彼女は、そんな余裕はないと言わんばかりに、私の手を掴んだ。
「クラリス様! だから、不安にならなくても大丈夫ですから……!」
「わ、わかったわリナ、落ち着いて……」
私の言葉など聞こえていないかのように、リナはぐいぐいと前のめりになる。
その勢いに、私は思わず後退りした。
強い光を宿すエメラルドグリーンの瞳が、まっすぐに私を映している。
リナの瞳に映る私は、無表情のはずなのに。
けれど、ひどく動揺しているように見えた。
「私はっ!」
リナは言葉を吐き出すと、私の手を痛いほど強く握った。
「クラリス様に……幸せになってほしいんです……!!」
「……!」
大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
こらえきれなくなった感情の波と必死に戦いながら、言葉を紡ごうとしているのが伝わってきた。
「私、ずっと、クラリス様に守られて、ばかりで……っ。なのに、私のせいで、クラリス様が苦しんでて……っ!」
途切れ途切れになりながらも、リナは必死に想いを伝えようとしている。
私はただ、その姿を見つめながら──自分の手を握る彼女の体温を感じていた。
──私は。
喉が、きゅっと詰まった。
胸の奥に溜まっていたものが、熱を持って込み上げてくる。
私は……ちゃんと、“選んで”きたのではないだろうか?
初めは、自分が生き残るためだった。
そのために、リナと攻略キャラたちの絆を育てようとした。
けれど、いつしか──
私は、リナのことを、大切な存在だと自覚した。
そのときから。
私は、彼女に“幸せ”になってほしいと──
彼女が幸せになれる道を、選ぼうとしてきた。
そうだ。
私はちゃんと、自分で、自分の道を……選んで、きたのだ。
そのことに思い至った瞬間、自分の中の熱を抑えきれなくなり──
私は、必死に言葉を紡ぎ続けるリナを、強く抱きしめた。
抱きしめられたリナから、「ふぇっ!?」と小さな悲鳴が上がる。
……これも、あのときと同じ。
「古代の神」に取り込まれそうになっていたリナを、助け出したときと。
私は──
彼女を失いたくないと、心から思った。
そして。
ローザルディアで、アレクシスに手を握られたとき。
私は──
彼の隣にいたいと、心から思った。
リナを大切に思う気持ちも。
アレクシスを──好き、だと……思う気持ちも。
どちらも、私が“選んだ”気持ちだ。
「あ、あの、クラリス様っ、わ、私っ」
相変わらず私の腕の中で動揺しているリナは、少し上ずった声で、けれど決意したかのように言葉を発する。
「わ、私は、今までいっぱい、クラリス様に守ってもらったから──」
彼女の手が私の背中に回され、きつく抱きしめられた。
「今度は、私がクラリス様を守ります……!」
その言葉が──
私の中に、じんわりと染み渡っていく。
目に込み上げる熱いものを必死にこらえながら、私はそっとリナから体を離した。
涙に揺れるリナの瞳は、それでもしっかりと、こちらを見つめていた。
「……では、わたくしを守れるくらい、強くなってもらわないといけないわね」
「──っ、はい……!」
私の言葉に、リナの表情がぱっと輝いた。
けれどすぐに、何かを思いついたように「そっか、それなら……」と小さく呟き、ぶつぶつと独り言を始める。
その切り替えの早さに、私は心の中で苦笑した。
リナは、私のためにここまで来てくれた。
自分自身が、貴族の複雑な思惑の渦中に置かれているにもかかわらず。
それでもなお、私のために、無理を押してここまで来てくれたのだ。
──だったら、私は?
リナのために。
アレクシスのために。
そして──この国のために。
私に、できることは何か。
私は、選ばなければならない。
自分で、自分の道を──
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次回は3月3日(火) 19:00更新予定です。
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