【ライオネル】静かな誓い 2
転移魔法陣を通るときの感覚は、何度経験しても慣れない。
自分の体が分解されるような違和感に襲われたかと思うと、次の瞬間には、まったく別の景色が視界に広がっている。
人によっては、転移酔いを起こす者もいるらしい。
幸い、俺はそこまでひどくはなかったが──
転移を終えた瞬間、思わず目眩を覚えた。
転移酔いを起こしたからではない。
転移先で、真っ先に目に飛び込んできた光景のせいだ。
俺の後に魔法陣を通ってきたリナ殿が、俺がその場で立ち止まっていることに気づかず、背中にぶつかってくる。
申し訳なさを覚えながらも、俺は謝罪の言葉すら口にすることができなかった。
「ラ、ライオネル先生?」
背後から、戸惑うような声が聞こえてくる。
だが、俺はその場から動くことができない。
俺の緊張を察したのか、リナ殿はそっと身を乗り出し、俺越しに──
俺が今、対峙しているものを見た。
「──……っ!!」
リナ殿が、声にならない声を上げる。
俺も、まったく同じ気持ちだった。
転移魔法陣を抜けた先は、エヴァレット公爵邸の地下。
通常であれば、非常時以外、誰も立ち入るはずのない場所だ。
そこに──
その人物は、立っていた。
「──エドワード様……」
俺は、絞り出すような声でその名を呼んだ。
なぜここに──などとは、口にできない。
宰相閣下にしてみれば、問われるべきは、俺たちの方なのだろう。
エドワード様の瞳が、俺たちを静かに捉えている。
クラリス殿の紫紺の瞳より、ほんのわずかに淡い色をしたその眼差しが。
氷のような冷たさを宿す視線に射抜かれ、体が動かない。
遠征で相対してきた魔物たち以上の威圧感が、そこにはあった。
永遠にも思えた沈黙は──
エドワード様の、重いため息によって終わりを告げる。
「……来たか」
諦めにも似たその声音に、俺は思わず目を見張った。
だが、そんな俺の反応など意に介さぬ様子で、エドワード様は静かに背を向ける。
「クラリスに会いに来たのだろう。ついてくるといい」
──どうして、この人たちは。
宰相閣下と団長の背中が、重なって見える。
まるで、俺たちの行動を最初から見越していたかのように。
先回りして、待っていたかのように。
……ガルストン様の提言は、アレクシス殿下やクラリス殿、リナ殿にとって、到底受け入れられるものではないだろう。
だが、この国にとって。
陛下や宰相閣下にとっては、無碍にはできない提言だったはずだ。
貴族も平民も、この国を支える礎である──
その国是を示すためには、最善の策と思われたからだ。
けれど。
それでも──
国の要人としてではなく。
ただ、彼らを知る一人として。
──彼らが、幸せになる選択をしてほしい。
……きっと、皆がそう願っているのだ。
俺より先に、リナ殿が脇をすり抜け、エドワード様の後を追った。
俺もまた、余計な言葉を飲み込み、静かにその背に続いた。
クラリス殿の部屋の前で、リナ殿の控えめなノック音が響いた。
俺はエドワード様とともに、廊下の角からその様子を見守っている。
今は、二人で話をさせてあげたい。
俺の存在がノイズにならないよう、ここで待つことにした。
「ライオネル」
宰相閣下の静かな呼びかけに、俺は小さく「はい」と答える。
「お前は、いいのか」
──何を、とは言わない。
その言葉に含まれた意味を悟り、俺は小さく苦笑した。
エドワード様と言葉を交わす機会は、そう多くない。
俺がヴィンセント団長と行動を共にすることが多いせいもあり、何度も顔を合わせていたが、挨拶を交わす程度の交流だった。
だが、エドワード様の視野は広い。
俺が彼女に抱く感情など──すでに見通されていたのかもしれない。
「……俺の望みは、彼女の幸せです」
それだけは、揺るがない。
俺は、この剣を誰かを守るために振るうと決めた。
剣を振るうことで、救われる命があるのなら──
俺は、その人々のために戦う。
二度と、弟──エリアスのような悲劇を繰り返さないために。
そして、彼女がアレクシス殿下とともに治めることになるであろう、この国のために。
……この剣で、彼女の力になるのだ。
俺は静かに、エドワード様を見返した。
彼の瞳に宿る色が、わずかに和らいだ気がしたのは──
きっと、気のせいではないだろう。
クラリス殿との会話を終えて戻ってきたリナ殿の顔は、涙に濡れていた。
けれど、その表情には迷いよりも、何かを決めた者の強さが宿っている。
──彼女の想いは、きっと通じたのだろう。
俺たちが城に戻ると、転移の間でヴィンセント団長が待っていた。
「……クラリスの嬢ちゃんには、会えたみてぇだな」
俺の隣で、リナ殿が真剣な表情のまま頷く。
胸の前でぎゅっと手を握りしめると、勢いよく顔を上げた。
その強い眼差しが、まっすぐに団長を射抜く。
団長も、何かを感じ取ったのか、自然と表情を改めた。
「……師匠。私、王様にお願いすること、決めました」
リナ殿が口にしたのは、謁見の間で陛下が約束した褒美の件だろう。
あのとき、願いを口にしたのはアレクシス殿下だけだった。
リナ殿は今──
これから先、自分が進むべき道を、確かに見据えている。
だからこそ、そのための願いを口にするのだ。
「私は──」
……彼女が告げた願いを聞き、俺とヴィンセント団長は思わず顔を見合わせた。
次の瞬間、団長は豪快に笑い、俺は苦笑を漏らす。
──これでは、協力しないわけにはいかない。
俺は、俺にできることをしよう。
クラリス殿を守るために、この剣を捧げる。
それが──俺の、彼女に対する誓いなのだから。
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次回は2月27日(金) 19:00更新予定です。
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