ep.3
(その少女の名前はレイア。教皇とごく限られた者達は聖女と呼んでいる。まさか本当に今更現れるとはね。聖女や勇者は生まれた時に占星術によって見付け出されると言われるが、読み違いでもあったのか。後天的に聖女の性質を得るなんていうことがあるのか――)
宿の一室で小さな手帳を片手に考え込む。
その手帳にはペンを走らせた跡がびっしりと敷き詰められていた。情報屋である俺の商売道具。そして俺の命を奪ってでも手に入れたい奴なんかいくらでもいるであろう「多くの人間の情報」そのものだった。
これ一冊で名のある貴族を没落させることも出来る。劇薬だ。ゆえに常に肌身離さず持ち歩いている。
そんな情報屋の興味といえば今はこれだ。新たな聖女。
教皇はまだその存在を秘匿しているが、どこかしらから情報ってのは漏れるものだ。
国民はお伽噺の聖女がもし存在するとしたら自分らが守られるのだろうとありがたがっているが、彼女に関してはどうやったって不自然すぎる。
教皇が何か企んでいるんじゃないか?聖女の力は本物なのか?捏造ではないだろうか。
小部屋の窓辺に腰掛ける。ここから見る景色が好きだった。大聖堂と王城とを同時に望むこの城下町は、いつだってこの国一番の賑わいだ。行き交う人々、荷を抱えて運ぶ商人、裏通りに入っていく男女。いつだって見ていて飽きない、情報の宝庫だ。役に立つ情報かどうかはともかく。
――と。大聖堂の方角から不自然に急ぎ足で大聖堂から飛び出してくる、目立つ白服。件の聖女。
急ぎ腰に下げている単眼鏡を取り出して覗き見る。明らかに「ワケありです」と書かれた焦った表情が見て取れた。
そして、聖服ではないごく一般的に着用される服に身を包み、聖徒の身分を隠しながら、しかし露骨に聖女の背中を追う男が二人。
「はは、最高だ」
すぐに窓から降り宿屋を飛び出す。どう近付くべきか迷っていた人物が自ら転がり込んできた。
こんな幸運があるだろうか。早速捕まえて事情を聞かせてもらうとしよう。
(――と思ったんだけどなぁ。)
今は死の森を直前に控えての野宿中だ。なんと、例の聖女と一緒にだ。
彼女は結局ほとんどを語らず、ずっと表情を強張らせたままだった。まるで死刑になる朝でも待っているかのように。
あの場所から離れなければと言う彼女に、こんな提案をしたのはダメ元だった。
聖女の加護があれば死の森の呪いを跳ね返せるはずだ、なんて言い張る奴の話を聞いたことがあった。これも望み薄ではあるが、一理無くもない。
死の森についての情報はほとんど残っていない。その名の通り、そこに行き戻って来た奴が居ないからだ。誰も知らない情報というのは、そのまま金になる。
何より、俺は森の呪いが実在しようと生きて戻れる自信があった。そう「俺一人」なら。これは良い機会だ。
最悪聖女は役に立たなければ、そこに置いて一人で戻ればいい。それに、この少女が聖女の皮を被った何かなら、高確率で道中ボロを出すだろう。
そのために旅道具もロクに持たず、野宿をしているわけだが。
(普通に寝ちゃうんだ、そうやって)
その聖女、レイアは箱入りの出身なのか、そういう設定なのか。物を知らない子だった。
数日間の旅をするのに寝袋一つも持たず、食い物は水と干し肉だけ。そんな酷な環境をわざわざ用意したというのに「そういうものなのか」みたいな顔しかせず、文句も言わず。今も木に背中を預けてすやすや眠っている。
普通の女の子はベッドで眠りたいだの、歩き疲れて足が痛いだのと文句を言いそうなもの。
ここまで演技が出来るとしたら大したもんだ。
(いや、まだ可能性はあるか)
俺が眠るのを待ち、事を起こそうとしている可能性もある。逃げ出すか、逆に一人で森へ入っていくか、俺を襲って何かを奪おうと考えているか。
何を企んでいるかは知らないが、あまりに胡散臭すぎる存在だ。
ベルトに掛けた革製の鞘から、静かに短剣を抜く。鋭い奴ならこの時点で気付くはずだが、レイアはまるで起きない。音も無く立ち上がり、少女の側に片膝をつく。そして少女に覆いかぶさるように片手を木の幹に添える。焚き火に照らされていた少女の顔が、俺の影で遮られて陰る。ここに来ても、彼女はまだ瞼一つ揺らしはしない。
そっと、短剣を少女の喉元へと寄せる。
いつ、その瞼が開かれ攻撃を食らっても避けられるように、指先一つまで神経を尖らせながら。
しかし――。
(…………本当に、寝てる)
思わず呆気に取られる。
もう俺が腕を引くだけでこの喉は裂かれるというのに、その少女はぐっすりと眠り続けているだけだ。
試しに短剣の柄の部分でコンと頭を小突いてみても同様だ。
(これは――)
話が変わってきた。再び焚き火を挟んだ位置に戻り、眠る少女を眺める。
情報屋という職業柄、いくらでも汚いモノなんて見てきている。俺自身だってそうだ。
だから思い至らなかったのだ。彼女が本当に何も知らない、ただ純粋な少女である可能性に。
「そんな子をこんな場所に連れてきて野ざらしで寝かせてるって?しかも、寝込みに刃物まで突き付けて?……はは、絵に描いたようなクズだ」
我ながら、と自嘲を漏らす。命の保証の無い、いや命が無くなる可能性の方が高いと言われる、曰く付きの森。
もう明日にはその森に踏み込んでしまう。
彼女がこの森に行くと言い出した理由は分からない、が自棄になって命を絶とうとしているようにも見えなかった。初対面の俺のためというワケでもないだろう。何か目当てがあるはずだ。
「……じゃ、せめてものお詫びに守らせてよ。それが見付かるまで」
聞こえているはずもない少女に呟く。俺が一方的に疑って掛かって、最後には見殺しにしようとしていた挙句、勝手に罪悪感を抱いているなんて知る由も無いはずだが。
もし魔物が出てきたとして、弱いモンなら倒せるし、そうでなかったとしても逃げ足には自信がある。そうして森から連れ帰って終わりにしよう、勘違いから生まれたこの変な旅は。
森を出た彼女がどうしようと、聖徒に捕らえられようと、もうその先は俺の知ることではない。当然、面白いことに巻き込まれるのなら情報収集はさせてもらうが。
(そう、俺みたいなのがこういう子に近付くと、いつだってロクなことになんないからさ)
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