第8話 再会
影世界が消滅し、元の場所に戻って来た佳奈は、拳銃を消すとすぐに結羽を探して、見つける。
「こ、胡蝶蘭さん!」
佳奈は結羽のもとに駆け寄った。壁に寄りかかっている結羽の腹部からは、出血が止まらず、彼女の顔は更に青白くなっていく。
「どうしよう……この近くに病院なんて……」
おろおろする佳奈の背後から、誰かが近づいてくる。そして、佳奈に声をかけた。
「おい」
佳奈が驚いて後ろを振り向くと、そこには拓士がいた。
「薊さん!? どうしてここに?」
拓士は佳奈の問いには答えず、結羽に近づくと、影闘士の力で傷を凍らせていく。
「とりあえずこれで何とかなるか……」
拓士はそう呟くと、結羽を抱きかかえて歩き出した。拓士の思いもよらない行動に佳奈は瞠目する。
「え……? ど、どこに行くんですか!」
「病院に決まってるだろ」
「この近くにあるんですか?」
「ある」
一瞬の沈黙が降りた後、佳奈は拓士に問う。
「……胡蝶蘭さん、助かりますよね」
「……助かるに決まってるだろ」
そして病院に着くまでの間、二人の間に会話は全くなく、どちらも無言だった。
やがて、病院というには少しこじんまりとした建物の前に辿り着いた。拓士は玄関の横にあるインターホンを押す。
すると、インターホンのマイク部分から女性の声が聞こえてきた。
『はい。ちょっと待っててね』
足音が聞こえてきたと思ったら、少し大きめの玄関のドアが開き、黒髪を後ろで結んでいる白衣の女性がいた。女性は拓士に抱えられた結羽を見る。
「結羽ちゃん、また怪我しちゃったのね。拓士君、結羽ちゃんを病室のベッドに寝かせおいて」
「はい」
女性はそのままどこかに行ってしまい、拓士は病室に入っていく。佳奈は一瞬、どうしようか迷ったが、拓士について行って病室に入った。
拓士が結羽を真っ白な病室のベッドに横たわらせるとほぼ同時に、少し音を立てて病室の扉が開いて、先程の女性が入ってくる。その手には、包帯とパジャマがある。
「治療するからこれ、持っていてくれない?」
「は、はい!」
佳奈は女性に話かけられたことに驚きつつも、返事をして渡された包帯とパジャマを持つ。するとその直後、女性の左目が水色に変わり、空色の杖が召喚されて、結羽の傷口に杖を当てる。
戦う時とは違う、優しい魔力が発せられ、少しずつ傷口が塞がっているように見える。
半分くらい傷口が塞がった時、女性は杖を消す。
女性の額にはうっすらと汗が滲んでいる。見た目より、多くの魔力を使うようだ。
「結羽ちゃんをパジャマに着替えさせるから、手伝って」
女性がそう言った途端、拓士は病室の外へ出てしまう。
「あれ? 薊さん?」
不思議そうな佳奈に対し、女性はくすりと笑う。
「結羽ちゃんに気を遣っているのよ」
女性は傷口に包帯を巻き、佳奈は結羽を私服からパジャマに着替えさせる。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
女性が佳奈に向けて笑みを浮かべる。結羽の着替えが終わったことを察したのか、拓士が病室に入ってきて、頭を下げる
「心美さん、ありがとうございました」
そしてすぐに病室から出ていった。
この人は、心美さんというのか。
病室から出て行こうとする心美に、佳奈もお礼を言う。
「胡蝶蘭さんを助けていただき、ありがとうございました」
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね。名前は何ていうの?」
佳奈は少し恥ずかしそうにはにかみながら答えた。
「柳佳奈です」
その日の夜、結羽が寝ているベッドの横に、佳奈と未來は座っていた。
佳奈は拳銃を持っていた自分の手を見つめる。本当に、自分は影闘士になったのだ。遠くから見ているだけだった存在に今、自分がなっている。
それを自覚した瞬間、佳奈の体が小刻みに震えだす。
怖いのだ。影闘士たちがいつも死と隣り合わせで戦っていることを知ったから。自分なんかが戦って、生き残れるのだろうかと。
そんな佳奈に未來は静かな口調で言う。
「……厳しいことを言うけど、影闘士はいつ死ぬか分からないの。死ぬのが怖いなら、今日のことは全て忘れて帰って」
でも、と未來は続ける。
「戦う道を選ぶのなら、結羽ちゃんが目を覚ますまで……ずっと傍にいてあげて」
「……はい」
佳奈は、その場から動かなかった。
佳奈が影闘士になってから、一か月近くが経過した。結羽の怪我は完治し、今は学校からの帰り道で、結羽と未來、拓士、佳奈の四人で下校している。と言っても拓士は未來に半ば無理やり引っ張ってこられたようなものなのだが。
「久しぶりの学校、楽しかったなぁ。あ、そういえばもう六月なんだね」
結羽は三人に笑いかける。
「一か月の間、お前を押さえるのは大変だったけどな」
拓士はため息をつく。
「隙を見て、何度も病院を抜け出そうとするし」
「早く学校に行きたい気持ちは分かりますが……」
未來と佳奈は苦笑している。
今回も、結羽は病院から抜け出そうとした。前回のこともあって、未來と心美はもちろん、佳奈と時々拓士も見張っていた為、ほとんどは未遂で終わった。
だが、二回だけ結羽は病院から抜け出すことに成功している。それでも、一回目は病院の近くの道路で、二回目は学校の校門ですぐに見つかって連れ戻されたのだが。
そんな他愛のない会話をしている時、通りの角を曲がった瞬間、結羽は立ち止まった。
結羽の視線の先には、同い年くらいの少年が立っている。茶髪で、灰色の瞳の自分と同じくらいの少年。
結羽は少年を信じられないような顔で見ている。やがて、少年は結羽を見て、嬉しそうに笑いかけた。
「久しぶりだな、結羽!」
声も顔も、あの頃より大人びているが、面影はちゃんとある。
「……一希?」
その呟きは拓士たちの耳に、確かに届いた。
幼い頃から、予知夢を見る女がいた。
幼い頃は見た夢を家族や友達に教えて、そのまま現実になったことを凄いと褒められて、それが嬉しかった。
だが、成長するに従って、見るのは悪夢だけになってしまった。
誰かが大切なものを失くす。誰かが怪我をする。誰かが死んでしまう。
予知夢のことはすっかり嫌いになり、夢の内容を誰かに教えることもなくなっていた。
それでも予知夢を見続けてしまった。今のところ、夢に出て来るのは自分の知らない人だけだった。
だが、怖かった。いつか、自分の大切な人がこの予知夢に出てきてしまうことが。
高校生になったある日、見てしまった。両親が影鬼に殺されてしまう予知夢を。
両親に今日は仕事に行くなと懇願したが、ただの夢だと流されてしまった。
そして、両親は影鬼に殺された。両親を覚えているのは、自分だけとなった。
どうして自分は覚えているのか分からない。きっとこんな予知夢があるからだろう。
だから自分は苦しむ。もっと必死になって両親を説得したら、助かったのではないかと。自分だけが苦しい思いをする。
だから独りになって思うのだ。
「……家族すら守れないんだったら、最初からこんな夢、見たくなかった……!」
そんな言葉を吐露した時、女は影世界に引きずり込まれた。
次話は9月21日に投稿予定です。




