第7話 悪夢の始まりと終わり
私の目の前で一週間に一回、必ず誰かが死ぬ。
佳奈が悪夢を見るようになったのは、中学生になってからだ。
ある日の月曜日、目の前で猫が車にはねられた。
次の週の木曜日、目の前で老婆が倒壊した建物の下敷きになった。
さらに次の週の火曜日、目の前で男性がビルの上から落下してきた。
そんな夢を一週間に一回、必ず見ていた。そしてその夢で見たのと同じ場所で、同じ人たちの誰もが、寿命が尽きて亡くなった。
佳奈は怖くなって、通学路を変えたり、休日はどこにも行かないようにしたりしたが、それが無意味だと言うように、自分の目の前で誰かが死に続けた。
「佳奈。どうしたの?」
夢のせいで寝不足で顔色が悪くなっていたある日、仲が良い姉が佳奈を心配して尋ねて来た。自分一人ではどうしようもないことは分かっていたので、すぐに話した。
姉は、今にも泣きそうな顔をした佳奈の手を、両手のひらで優しく包み込む。そして、佳奈ににっこりと笑いかけた。
「もう大丈夫。これで、佳奈の目の前で誰も死なないよ」
「……うん!」
そんな姉につられて佳奈もにっこりと笑った。
姉は昔から、自分が不安な時はこうしてくれた。すると本当に不安が無くなるから、不思議だ。もしかしたら姉は、影闘士とは別の特別な力を持っているのかもしれない。
それから、しばらくの間は佳奈の目の前で誰かが死ぬことは無かった。だが、佳奈が中等部を修了した一週間後の金曜日。
久しぶりに悪夢を見た。でも姉がおまじないをしてくれたから、大丈夫だと思った。だが。
目の前で姉が死んだ。
通り魔に遭って、ナイフで胸を刺されたのだ。
「ごめんね……嘘、ついちゃった……」
姉が哀しげな笑みを浮かべて、冷えていく手に撫でられる中、佳奈は神に願うしかなかった。姉は自分と五歳違うだけで、まだ若い。寿命は残っているはずだと。
だが、姉はそのまま息を引き取った。この世界の理からすれば、姉の寿命はここで終わりだったのだ。とても信じられなかったが、佳奈にはどうすることもできなかった。
今、目の前で傷ついている結羽と、あの時の姉の姿を重ね合わせてしまう。
佳奈は思わず、後ずさりをしていた。そんな佳奈を見てザクロは優雅に微笑む。
「どうしたのかしら? あなたは先程、死にたいと言いましたわよね?」
佳奈はびくっと体を震わせる。確かにそう言った。でも今は。
「最期だから教えてあげるわ。前にあなたの目の前で死が訪れていたのは、私の能力よ」
「……え?」
佳奈は瞠目する。あの繰り返された悪夢が彼女の能力ならば、もしかして。
「でもあなたのお姉さまが私の能力を遮っていたせいで、あなたを殺せなかった。だから、その前にあの女を殺して差し上げたの」
「……!」
姉の命を奪ったのは自分の目の前にいる、残酷なことを嗤いながらやる女。
「―――佳奈ちゃんは……殺させない……!」
結羽が、体をふらつかせながら立ち上がる。その瞳はまだ輝きを失っていない。
「しつこいですわね。……影鬼、あの死に損ないを殺しなさい!」
ザクロに召喚された影鬼の群れが、結羽の方へ向かっていく。
佳奈は何とかしようと一生懸命考えていた。だが、自分は影闘士ではない、ただの無力な存在だ。それでも、彼女を助けたい。
その時、佳奈は姉の最期の言葉を思い出す。
―――目の前に、助けを求めている人がいたら、その人を必ず助けてあげてね
「さあ、無様に血肉を撒き散らすがいいわ!」
結羽を襲おうとしていた影鬼の体に巨大な穴が開いていて、絶叫しながら崩れる。
結羽の目の前には、新たな影闘士になった佳奈がいた。
ザクロの顔に、初めて動揺の色が広がる。
「驚きましたわ。まさか、あなたが影闘士になるなんて……」
左目が緑色に変わった佳奈はザクロを睨み、今まででは想像出来ないような強い声で言った。
「“目の前に助けを求めている人がいたら、その人を必ず助けてあげてね”。姉に最期にそう言われました。だから……だから今、ここで悪夢を終わらせます!」
佳奈は深緑色の拳銃を構えて、ザクロに向かって駆け出した。
「生まれたての影闘士など、すぐに片付けて差し上げますわ!」
ザクロが佳奈に影鬼を召喚しようとした時、振り上げた左腕が焼き切られる。失血で青白い顔をした結羽が、双剣で切断したのだ。
「深手を負いながら、まだ動けるなんて。……っ!」
ザクロの一瞬の隙を突いた佳奈は、拳銃で心臓辺りを撃ち抜く。ザクロの体はすぐに灰になり、影世界が消滅した。
次話は9月7日に投稿予定です。




