第4話 模倣
血の滴る音が聞こえた。
その音に拓士は後ろを振り向いて瞠目する。
「お前……!」
「よくここが分かりましたね。どうやって来たのですか?」
拓士の後ろには、右肩と左太ももを氷柱で貫かれた結羽がいた。
「……油断しちゃ駄目でしょ?」
拓士はすぐに理解した。ロベリアは氷柱に貫かれていなかった。
影操者は一人ずつ何かしらの能力を持っている。おそらく、ロベリアの能力は“模倣”だ。氷柱を躱したロベリアはそれを数まで模倣し、同じように攻撃した。
そして、その氷柱から結羽が自分を庇ったのだ。
結羽の足下に血溜まりができて、拓士の脳裏に忘れられない悲劇の記憶が蘇る。
「何でお前が……」
痛みで顔をしかめながら氷柱を抜く結羽に、拓士は震える声で問いかける。
結羽は拓士に苦笑して答える。
「……心配だったからかな。何か嫌な予感がして走っていたら、いつの間にかここにいたんだ。それより……」
結羽は前方にいるロベリアを睨んだ。
「まずは、あいつを倒さないと」
結羽の顔は青ざめていたが、その瞳は力を失っていない。
「……ああ」
ぎこちなく頷いた拓士に結羽は微笑んだ。
「薊君は右から行って」
結羽は拓士の返事を待たずに駆けだした。
血を散らしながら向かってくる結羽を、ロベリアは鼻で笑った。
「あなたは馬鹿ですか? 深手を負いながら向かってくるなんて。……死んで下さい!」
ロベリアが結羽の喉元を切り裂こうとした時、ロベリアの視界から結羽が消えた。
「……!? 一体どこへ……」
ロベリアが結羽を探していると、拓士が向かってきて、その体を斜めに斬りつける。ロベリアは痛みに顔を歪めながらも拓士を睨み、短剣で喉元を切り裂こうとする。拓士はそれを躱して後ろに飛び退いた。
ロベリアの意識が完全に拓士に向いた瞬間、結羽はロベリアの背後に現れ、双剣でロベリアの首を刎ねた。
赤い鮮血が噴出し、ロベリアの体が灰になると、影世界が消滅して元の場所に戻った。
それと同時に結羽はその場に頽れた。
拓士は、仰向けに倒れている結羽の元に近づいて見下ろす。
「……おい、起きろ。そこにいたら通行人の邪魔になるだろ」
邪魔になどならない。ここは人が滅多に来ない公園の中だ。
結羽はうっすらと目を開けて、拓士に微笑む。
「……ごめん。すぐに起きるから、薊君は先に帰ってていいよ……?」
頭がぼうっとする。血が出過ぎたのだろう。眠たくて、すぐにでも目を閉じたい。
「そこで寝ていたら……!」
拓士は吐きだすように言おうとするが、言葉が続かない。結羽を見ているだけで心が苦しくなる。
地面が結羽の血で染まっていき、記憶がまた蘇る。誰かのこんな姿を見るのは、あの日以来だ。
血を流し、倒れている姿は、影鬼に殺された両親と。
―――……拓士……ごめんね………
三年前、自分の目の前で貫かれたあいつに似ていて。
拓士は過去の記憶を振り払うように頭を振ると、再び大剣を召喚した。親指を噛んで、そこから流れる血を大剣の刀身に付ける。
そして、結羽の傷口に大剣を当てて、傷を凍らせて塞ごうとする。
この女と自分は何の関係も無い。この女がここで消滅したとしても、どうでも良いはずなのだ。だが、過去に自分の目の前で死んでいった者たちと重なって、どうしても放っておけなかった。
塞いだと思った傷は完全には塞げず、赤い血を流し続けている。
「なんで……なんで止まらないんだよ! おい、しっかりしろ胡蝶蘭!」
目を閉じている結羽に拓士は声をかけ続ける。それは悲鳴に近い叫びだった。
こいつと、大切な人たちの姿が重なってしまう。
「胡蝶蘭! おい、胡蝶蘭!」
段々と白くなっていく結羽の顔に、拓士は焦りを隠せない。
また、俺は目の前で罪の無い人を失うのか。
拓士の瞳から、涙が一滴零れた。
「拓士君! 結羽ちゃんどうしたの!?」
突然の声に拓士は振り返る。血塗れの結羽に驚いた未來が駆け寄ってきた。
「このままじゃ、胡蝶蘭が……!」
明らかに冷静さを失っている拓士と、目を開けない結羽の様子で状況を察した未來は、拓士についてくるように促す。
「結羽ちゃんを抱えて、あたしについてきて」
静かな未來の言葉に、拓士も冷静さを取り戻す。
「それで助かるのか?」
「うん、助かるよ」
「分かった」
未來の言葉に拓士は頷いて、結羽を抱き上げる。そして彼らは駆け出した。
結羽が目を覚ましたのは、ロベリアを倒した翌日の朝だった。薄っすらと瞼を開けて、自分の周りを見る。清潔感のある真っ白な壁と真っ白なベッドで、ここが自宅ではないことはすぐに分かった。おそらくここは病院の一室なのだろう。
少しずつ意識がはっきりしてきた時、声が聞こえた。
「結羽ちゃん! よかった……」
少し涙ぐんだ様子の未來が、安心したような声で言った。そして、病室の扉の近くには拓士が立っていて、ほっとしたような顔をしている。結羽の視線に気づくと、拓士は何事もなかったように顔を逸らした。
そんな拓士を見ながら、未來はニヤニヤして結羽に話す。
「拓士君、今はいつも通りだけど、結羽ちゃんが怪我した時はすごく焦っていたんだよ?」
「……もう大丈夫みたいだな。じゃあな」
そう素っ気なく言うと、拓士は病室から出ていった。少し顔が赤くなっていた気がするが、気のせいだろう。
結羽は昨日のことを思い出そうとする。ロベリアを倒して、それからの記憶が曖昧だ。気を失う前、拓士が必死に声をかけ続けてくれていたことだけは覚えている。そういえば、助けてくれたお礼を言うのを忘れていた。
拓士を追いかけるために起き上がろうとするが、傷の痛みでそれが出来ない。
「―――まだ動いちゃ駄目よ。傷が塞がったばかりなんだから」
そう言いながら白衣の女性が病室に入ってきた。黒髪を後ろで結んでいる、眼鏡の女性だ。誰かと似ている気がする。
「私は下野心美。ここは影闘士専用の病院よ」
下野という苗字を聞いて、結羽は未來を見ると、彼女は頷く。
「うん。この人はあたしのママよ。あたしのママとパパは、ここで影闘士の傷を癒しているの」
「そうなんだ……」
そんな会話をしていると、心美は身長の半分程の長さの杖を召喚する。彼女の左目は水色に変わっている。つまり、水の影闘士だ。
心美は結羽の着ているパジャマのボタンを外し、傷口に巻いている包帯を取る。そして、傷に杖の先端を近づけると杖が輝いて、その光が傷に吸い込まれていき、傷が少し薄くなったように見える。それを一分程度した後、心美は包帯を再び巻いた。
「これで、あと二週間は安静にしてね。戦うのはその一週間後まで待ってね」
「はい、分かりました」
結羽が頷くと、心美は病室から出ていった。
「ねぇ、未來ちゃん」
「なに?」
結羽は心美が出ていった扉の方を見ながら尋ねる。
「未來ちゃんの両親って、傷を癒す影闘士なんだよね?」
「うん。その代わり、全く戦えないけどね」
心美のように戦いで負った傷を治す影闘士は、世界中にいる人数を合わせても、影鬼と戦う影闘士の数の一割にも満たない。傷を治す場合、戦うよりもさらに多くの魔力が必要になり、その魔力の繊細なコントロールも出来なければならない。その為、人数がかなり少ないのだ。
「あたしのママとパパが傷を治して元気になっていく人を見ると、あたしも嬉しくなるんだ」
そう言った未來の顔は、とても誇らしげだった。
次話は7月27日に投稿予定です。




