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影闘士 改稿版  作者: たまごがわ
第1章
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第4話 模倣

 血の滴る音が聞こえた。

 その音に拓士は後ろを振り向いて瞠目する。

「お前……!」

「よくここが分かりましたね。どうやって来たのですか?」

 拓士の後ろには、右肩と左太ももを氷柱で貫かれた結羽がいた。

「……油断しちゃ駄目でしょ?」

 拓士はすぐに理解した。ロベリアは氷柱に貫かれていなかった。

 影操者は一人ずつ何かしらの能力を持っている。おそらく、ロベリアの能力は“模倣(コピー)”だ。氷柱を躱したロベリアはそれを数まで模倣し、同じように攻撃した。

そして、その氷柱から結羽が自分を庇ったのだ。

 結羽の足下に血溜まりができて、拓士の脳裏に忘れられない悲劇の記憶が蘇る。

「何でお前が……」

 痛みで顔をしかめながら氷柱を抜く結羽に、拓士は震える声で問いかける。

 結羽は拓士に苦笑して答える。

「……心配だったからかな。何か嫌な予感がして走っていたら、いつの間にかここにいたんだ。それより……」

 結羽は前方にいるロベリアを睨んだ。

「まずは、あいつを倒さないと」

 結羽の顔は青ざめていたが、その瞳は力を失っていない。

「……ああ」

 ぎこちなく頷いた拓士に結羽は微笑んだ。

「薊君は右から行って」

 結羽は拓士の返事を待たずに駆けだした。

 血を散らしながら向かってくる結羽を、ロベリアは鼻で笑った。

「あなたは馬鹿ですか? 深手を負いながら向かってくるなんて。……死んで下さい!」

 ロベリアが結羽の喉元を切り裂こうとした時、ロベリアの視界から結羽が消えた。

「……!? 一体どこへ……」

 ロベリアが結羽を探していると、拓士が向かってきて、その体を斜めに斬りつける。ロベリアは痛みに顔を歪めながらも拓士を睨み、短剣で喉元を切り裂こうとする。拓士はそれを躱して後ろに飛び退いた。

ロベリアの意識が完全に拓士に向いた瞬間、結羽はロベリアの背後に現れ、双剣でロベリアの首を刎ねた。

 赤い鮮血が噴出し、ロベリアの体が灰になると、影世界が消滅して元の場所に戻った。

 それと同時に結羽はその場に頽(くずお)れた。



 拓士は、仰向けに倒れている結羽の元に近づいて見下ろす。

「……おい、起きろ。そこにいたら通行人の邪魔になるだろ」

 邪魔になどならない。ここは人が滅多に来ない公園の中だ。

 結羽はうっすらと目を開けて、拓士に微笑む。

「……ごめん。すぐに起きるから、薊君は先に帰ってていいよ……?」

 頭がぼうっとする。血が出過ぎたのだろう。眠たくて、すぐにでも目を閉じたい。

「そこで寝ていたら……!」

 拓士は吐きだすように言おうとするが、言葉が続かない。結羽を見ているだけで心が苦しくなる。

 地面が結羽の血で染まっていき、記憶がまた蘇る。誰かのこんな姿を見るのは、あの日以来だ。

 血を流し、倒れている姿は、影鬼に殺された両親と。


 ―――……拓士……ごめんね………


 三年前、自分の目の前で貫かれたあいつに似ていて。

 拓士は過去の記憶を振り払うように頭を振ると、再び大剣を召喚した。親指を噛んで、そこから流れる血を大剣の刀身に付ける。

 そして、結羽の傷口に大剣を当てて、傷を凍らせて塞ごうとする。

 この女と自分は何の関係も無い。この女がここで消滅した(しんだ)としても、どうでも良いはずなのだ。だが、過去に自分の目の前で死んでいった者たちと重なって、どうしても放っておけなかった。

 塞いだと思った傷は完全には塞げず、赤い血を流し続けている。

「なんで……なんで止まらないんだよ! おい、しっかりしろ胡蝶蘭!」

 目を閉じている結羽に拓士は声をかけ続ける。それは悲鳴に近い叫びだった。

 こいつと、大切な人たちの姿が重なってしまう。

「胡蝶蘭! おい、胡蝶蘭!」

 段々と白くなっていく結羽の顔に、拓士は焦りを隠せない。

 また、俺は目の前で罪の無い人を失うのか。

 拓士の瞳から、涙が一滴零れた。

「拓士君! 結羽ちゃんどうしたの!?」

 突然の声に拓士は振り返る。血塗れの結羽に驚いた未來が駆け寄ってきた。

「このままじゃ、胡蝶蘭が……!」

 明らかに冷静さを失っている拓士と、目を開けない結羽の様子で状況を察した未來は、拓士についてくるように促す。

「結羽ちゃんを抱えて、あたしについてきて」

 静かな未來の言葉に、拓士も冷静さを取り戻す。

「それで助かるのか?」

「うん、助かるよ」

「分かった」

 未來の言葉に拓士は頷いて、結羽を抱き上げる。そして彼らは駆け出した。





 結羽が目を覚ましたのは、ロベリアを倒した翌日の朝だった。薄っすらと瞼を開けて、自分の周りを見る。清潔感のある真っ白な壁と真っ白なベッドで、ここが自宅ではないことはすぐに分かった。おそらくここは病院の一室なのだろう。

 少しずつ意識がはっきりしてきた時、声が聞こえた。

「結羽ちゃん! よかった……」

 少し涙ぐんだ様子の未來が、安心したような声で言った。そして、病室の扉の近くには拓士が立っていて、ほっとしたような顔をしている。結羽の視線に気づくと、拓士は何事もなかったように顔を逸らした。

 そんな拓士を見ながら、未來はニヤニヤして結羽に話す。

「拓士君、今はいつも通りだけど、結羽ちゃんが怪我した時はすごく焦っていたんだよ?」

「……もう大丈夫みたいだな。じゃあな」

 そう素っ気なく言うと、拓士は病室から出ていった。少し顔が赤くなっていた気がするが、気のせいだろう。

 結羽は昨日のことを思い出そうとする。ロベリアを倒して、それからの記憶が曖昧だ。気を失う前、拓士が必死に声をかけ続けてくれていたことだけは覚えている。そういえば、助けてくれたお礼を言うのを忘れていた。

 拓士を追いかけるために起き上がろうとするが、傷の痛みでそれが出来ない。

「―――まだ動いちゃ駄目よ。傷が塞がったばかりなんだから」

 そう言いながら白衣の女性が病室に入ってきた。黒髪を後ろで結んでいる、眼鏡の女性だ。誰かと似ている気がする。

「私は下野(しもつけ)心美(ここみ)。ここは影闘士専用の病院よ」

 下野という苗字を聞いて、結羽は未來を見ると、彼女は頷く。

「うん。この人はあたしのママよ。あたしのママとパパは、ここで影闘士の傷を癒しているの」

「そうなんだ……」

 そんな会話をしていると、心美は身長の半分程の長さの杖を召喚する。彼女の左目は水色に変わっている。つまり、水の影闘士だ。

 心美は結羽の着ているパジャマのボタンを外し、傷口に巻いている包帯を取る。そして、傷に杖の先端を近づけると杖が輝いて、その光が傷に吸い込まれていき、傷が少し薄くなったように見える。それを一分程度した後、心美は包帯を再び巻いた。

「これで、あと二週間は安静にしてね。戦うのはその一週間後まで待ってね」

「はい、分かりました」

 結羽が頷くと、心美は病室から出ていった。

「ねぇ、未來ちゃん」

「なに?」

 結羽は心美が出ていった扉の方を見ながら尋ねる。

「未來ちゃんの両親って、傷を癒す影闘士なんだよね?」

「うん。その代わり、全く戦えないけどね」

 心美のように戦いで負った傷を治す影闘士は、世界中にいる人数を合わせても、影鬼と戦う影闘士の数の一割にも満たない。傷を治す場合、戦うよりもさらに多くの魔力が必要になり、その魔力の繊細なコントロールも出来なければならない。その為、人数がかなり少ないのだ。

「あたしのママとパパが傷を治して元気になっていく人を見ると、あたしも嬉しくなるんだ」

 そう言った未來の顔は、とても誇らしげだった。



次話は7月27日に投稿予定です。

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