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影闘士 改稿版  作者: たまごがわ
第2章
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第11話 闇鬼

 姿は一希だ。

 だが、一希から漂う暗い魔力と黒くなった右目が、一希ではないことを告げる。

「……あなたは、誰?」

 その問いに、一希の姿をしたものが低い声音で答えた。

「俺は闇鬼(あんき)。人の肉体を奪って操る、化け物だよ」

「肉体を奪って、操る? じゃあ……」

 闇鬼の言葉を反芻した後、結羽は瞠目する。

「そうだ。この肉体は紫苑一希のものだ。そして、その魂は三年前のあの日に死んだ」

 あの日。引っ越しを理由に彼が突然姿を消した日だ。

「闇鬼に取り憑かれた普通の人間は、その時点で寿命がいくらあっても魂は消滅する。そしてこの肉体は俺のものになった。実体が無いと動けないからな」

 結羽の体が小刻みに震え始める。

「じゃあ、引っ越しの時はもう……」

「もちろん俺だ。体を慣らすのに、学校に通い続けるのはリスクが高かったからな」

 どうしてすぐに気づけなかった。あれだけ一緒にいたのに。

「どうして……」

「ん?」

 結羽は闇鬼に向かって双剣を振り下ろす。

「どうして一希の体を奪ったの!」

 それを闇鬼は躱し、後ろへ飛び退ける。

「この男の心に、深い闇があったからだ」

「闇?」

 あの頃、一希が何か悩みを抱えていたようには見えなかった。だが、目の前に闇鬼がいる。

「俺達は、心に深い闇を抱える人間だけ肉体を奪える。それがこの男の肉体を奪った、唯一の理由だ」

 当然のことのように言う闇鬼に、結羽は怒りを爆発させた。

「それだけの理由で一希を殺すなんて、許さない!」

 結羽は闇鬼に斬りかかる。

 その時、闇鬼の声が結羽の耳に入り込んできた。

「……いいのか? これは紫苑一希の肉体だぞ」

 双剣を持つ手が止まる。まるで体が硬直してしまったかのように動けなくなる。だが、闇鬼は何もしていない。結羽の意思で動きを止めたのだ。

 そうだ。魂は違うが、その体は一希のものなのだ。傷つけることなんて、出来るわけがない。

 結羽の手から双剣が消える。

「戦意を喪失したか」

 闇鬼は素早く結羽に近づくと、彼女の首を掴んで持ち上げた。首がじわじわと絞められて、結羽は苦しみに顔を歪める。

「……っ」

「苦しいか。だが喜べ」

 首を絞める力が強くなる中、闇鬼は一希の声で優しげに囁く。

「大切な親友の手で死ねるんだからな」

 苦しい。このまま意識を失えば、確実に殺される。でも、一希の体を傷つけたくない。

 それならいっそ、ここで死んでも良いかもしれない―――。

 意識が途切れそうになった刹那。

 結羽の首を絞めていた闇鬼の腕が切り落とされた。それと同時に、落下した結羽を誰かが抱きとめる。

「……大丈夫か」

 この声と、この魔力は。

「……薊君……」

 少し掠れた声で呼ばれた拓士は、結羽をそっと地面に下ろして、闇鬼に向き直る。

 先程見た時とはだいぶ違う。右目は真っ黒に染まり、その体からは暗い魔力を感じる。

 まるで、何かに取り憑かれているみたいだ。

 拓士の目から、それを読み取った闇鬼は嘲笑を浮かべて言った。

「……同じ説明を二度するつもりは無い。後でその女から聞くが良い。あの世でな」

 闇鬼は包丁を構え、拓士と結羽に斬りかかる。拓士は結羽を抱きかかえてその場から飛び退くと、結羽を離れた場所に降ろす。結羽は今にも泣きそうな顔をしていて、とても戦える状態ではない。

 拓士は大剣を召喚すると、一瞬で闇鬼との間を詰めて、大剣を振り下ろす。闇鬼はそれを包丁で軽々と受け止める。闇鬼の持っている包丁からも暗い魔力が漂っていて、強化されていることが分かった。

 一旦拓士から離れると、闇鬼は包丁を拓士に振り下ろす。受け止めたそれは、到底包丁とは思えないほど、異様な重さを感じる。繰り返される剣戟に、拓士は徐々に疲弊していった。

 少しずつ押され始めている拓士の姿を、結羽は遠くで見ていた。

 立ち上がって、戦わなければ。それは分かっているはずなのに、立ち上がれない。

 あれは一希ではない。倒すべき敵だ。なのに、立ち上がろうとする度に中学生の時の一希が脳裏に浮かび、戦う気力を削いでいく。ああ、なんて自分は情けないのだろう。

 ずっと続いていた剣戟だったが、闇鬼が力いっぱいに振り上げた包丁が、拓士の大剣を弾き飛ばした。

「まずはお前だ!」

「薊君!」

 振り下ろされる包丁に、結羽は叫び声を上げる。

 だが、寸でのところで闇鬼の動きが止まった。

 闇鬼は一瞬驚くが、すぐに恨めしげな声を発する。

「紫苑一希……!」

 拓士と結羽は、はっとする。闇鬼と重なるように、同じ姿の少年が闇鬼の動きを止めているのが見えた。本物の紫苑一希の魂だ。

 一希の魂は、口を動かして拓士に何かを言っている。


 こいつを、たおしてくれ。


 拓士は後ろにいる結羽を見た。座り込んでいる結羽は、小さく頷いた。その瞳からはもう、迷いは消えていた。

 拓士は闇鬼との距離を一気に詰めて、闇鬼の体を大剣で貫いた。

 闇鬼は絶叫しながら消滅した。

 一希の魂もそれと同時に、微笑みながら消滅していった。



 影世界から元の場所に戻り、結羽は空を見上げていた。その瞳からは雫が零れ、頬を伝っている。

「……一希、ありがとう。さよなら……」

 悲しげに微笑している彼女を見て拓士は、儚くも美しいと感じてしまった。しばらく見とれていた拓士だったが、すぐにはっとして、結羽に声をかけた。

「胡蝶蘭。お前、腕を怪我してただろ。早く心美さんのところに行って治療してもらえ」

「うん、そうだった。ありがとう、また明日ね!」

 結羽は涙を拭うと、拓士に手を振りながら駆けて行った。

 結羽がいなくなった後、拓士は己の手を見つめる。

「……俺もそろそろ覚悟を決めないとな」

 その言葉は誰に聞かれることもなく、風にさらわれて消えた。




次話は11月2日に投稿予定です。

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