第11話 闇鬼
姿は一希だ。
だが、一希から漂う暗い魔力と黒くなった右目が、一希ではないことを告げる。
「……あなたは、誰?」
その問いに、一希の姿をしたものが低い声音で答えた。
「俺は闇鬼。人の肉体を奪って操る、化け物だよ」
「肉体を奪って、操る? じゃあ……」
闇鬼の言葉を反芻した後、結羽は瞠目する。
「そうだ。この肉体は紫苑一希のものだ。そして、その魂は三年前のあの日に死んだ」
あの日。引っ越しを理由に彼が突然姿を消した日だ。
「闇鬼に取り憑かれた普通の人間は、その時点で寿命がいくらあっても魂は消滅する。そしてこの肉体は俺のものになった。実体が無いと動けないからな」
結羽の体が小刻みに震え始める。
「じゃあ、引っ越しの時はもう……」
「もちろん俺だ。体を慣らすのに、学校に通い続けるのはリスクが高かったからな」
どうしてすぐに気づけなかった。あれだけ一緒にいたのに。
「どうして……」
「ん?」
結羽は闇鬼に向かって双剣を振り下ろす。
「どうして一希の体を奪ったの!」
それを闇鬼は躱し、後ろへ飛び退ける。
「この男の心に、深い闇があったからだ」
「闇?」
あの頃、一希が何か悩みを抱えていたようには見えなかった。だが、目の前に闇鬼がいる。
「俺達は、心に深い闇を抱える人間だけ肉体を奪える。それがこの男の肉体を奪った、唯一の理由だ」
当然のことのように言う闇鬼に、結羽は怒りを爆発させた。
「それだけの理由で一希を殺すなんて、許さない!」
結羽は闇鬼に斬りかかる。
その時、闇鬼の声が結羽の耳に入り込んできた。
「……いいのか? これは紫苑一希の肉体だぞ」
双剣を持つ手が止まる。まるで体が硬直してしまったかのように動けなくなる。だが、闇鬼は何もしていない。結羽の意思で動きを止めたのだ。
そうだ。魂は違うが、その体は一希のものなのだ。傷つけることなんて、出来るわけがない。
結羽の手から双剣が消える。
「戦意を喪失したか」
闇鬼は素早く結羽に近づくと、彼女の首を掴んで持ち上げた。首がじわじわと絞められて、結羽は苦しみに顔を歪める。
「……っ」
「苦しいか。だが喜べ」
首を絞める力が強くなる中、闇鬼は一希の声で優しげに囁く。
「大切な親友の手で死ねるんだからな」
苦しい。このまま意識を失えば、確実に殺される。でも、一希の体を傷つけたくない。
それならいっそ、ここで死んでも良いかもしれない―――。
意識が途切れそうになった刹那。
結羽の首を絞めていた闇鬼の腕が切り落とされた。それと同時に、落下した結羽を誰かが抱きとめる。
「……大丈夫か」
この声と、この魔力は。
「……薊君……」
少し掠れた声で呼ばれた拓士は、結羽をそっと地面に下ろして、闇鬼に向き直る。
先程見た時とはだいぶ違う。右目は真っ黒に染まり、その体からは暗い魔力を感じる。
まるで、何かに取り憑かれているみたいだ。
拓士の目から、それを読み取った闇鬼は嘲笑を浮かべて言った。
「……同じ説明を二度するつもりは無い。後でその女から聞くが良い。あの世でな」
闇鬼は包丁を構え、拓士と結羽に斬りかかる。拓士は結羽を抱きかかえてその場から飛び退くと、結羽を離れた場所に降ろす。結羽は今にも泣きそうな顔をしていて、とても戦える状態ではない。
拓士は大剣を召喚すると、一瞬で闇鬼との間を詰めて、大剣を振り下ろす。闇鬼はそれを包丁で軽々と受け止める。闇鬼の持っている包丁からも暗い魔力が漂っていて、強化されていることが分かった。
一旦拓士から離れると、闇鬼は包丁を拓士に振り下ろす。受け止めたそれは、到底包丁とは思えないほど、異様な重さを感じる。繰り返される剣戟に、拓士は徐々に疲弊していった。
少しずつ押され始めている拓士の姿を、結羽は遠くで見ていた。
立ち上がって、戦わなければ。それは分かっているはずなのに、立ち上がれない。
あれは一希ではない。倒すべき敵だ。なのに、立ち上がろうとする度に中学生の時の一希が脳裏に浮かび、戦う気力を削いでいく。ああ、なんて自分は情けないのだろう。
ずっと続いていた剣戟だったが、闇鬼が力いっぱいに振り上げた包丁が、拓士の大剣を弾き飛ばした。
「まずはお前だ!」
「薊君!」
振り下ろされる包丁に、結羽は叫び声を上げる。
だが、寸でのところで闇鬼の動きが止まった。
闇鬼は一瞬驚くが、すぐに恨めしげな声を発する。
「紫苑一希……!」
拓士と結羽は、はっとする。闇鬼と重なるように、同じ姿の少年が闇鬼の動きを止めているのが見えた。本物の紫苑一希の魂だ。
一希の魂は、口を動かして拓士に何かを言っている。
こいつを、たおしてくれ。
拓士は後ろにいる結羽を見た。座り込んでいる結羽は、小さく頷いた。その瞳からはもう、迷いは消えていた。
拓士は闇鬼との距離を一気に詰めて、闇鬼の体を大剣で貫いた。
闇鬼は絶叫しながら消滅した。
一希の魂もそれと同時に、微笑みながら消滅していった。
影世界から元の場所に戻り、結羽は空を見上げていた。その瞳からは雫が零れ、頬を伝っている。
「……一希、ありがとう。さよなら……」
悲しげに微笑している彼女を見て拓士は、儚くも美しいと感じてしまった。しばらく見とれていた拓士だったが、すぐにはっとして、結羽に声をかけた。
「胡蝶蘭。お前、腕を怪我してただろ。早く心美さんのところに行って治療してもらえ」
「うん、そうだった。ありがとう、また明日ね!」
結羽は涙を拭うと、拓士に手を振りながら駆けて行った。
結羽がいなくなった後、拓士は己の手を見つめる。
「……俺もそろそろ覚悟を決めないとな」
その言葉は誰に聞かれることもなく、風にさらわれて消えた。
次話は11月2日に投稿予定です。




