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影闘士 改稿版  作者: たまごがわ
第2章
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第12話 名字じゃなくて

 結羽は夢を見ていた。今彼女が立っている場所は、彼女が通っていた中学校の教室だ。

「―――久しぶり、結羽」

 声が聞こえ、結羽は振り向いた。会いたかった人が、そこにいた。

「……一希……」

 一希は結羽に頭を下げる。

「ごめん。俺が心に闇を抱えていたから、お前を傷つけた」

 一希の言葉に結羽は首を横に振る。

「いいよ。今、こうして話すことが出来ているんだから。それで充分だよ」

 だが、それもほんの少しだけだろう。一希は還らなければならない。還って、しばらく経った後に再びこの世に新しい命として生まれ変わる。きっと、かなり先の話だが。

 一希は少し悩んだ後、腹を括ったように話し始めた。

「俺の両親、仲が悪くてずっと別居してたんだ」

「え……?」

 思いもよらない一希の告白に、結羽は驚いた。初耳だ。

「それで、俺は父さんと一緒に住んでいたんだけど、毎日殴られたり、蹴られたりして……。それが苦しくて、辛くてさ。それで……それで、闇鬼に取り憑かれたんだ。ごめん」

 そんなことがあったなら、誰でも辛いよ。

 そんな言葉を言おうとして、結羽は押し黙る。こんなのはただの慰めにしかならない。他に一希に言うべきことがあるのではないか。そう思っても、なかなか言葉が出てこない。

 一希は、何も言わない結羽の頭を撫でた。

「他に言わなきゃいけないことがあるんじゃないかって思っているんだろ。俺はその気持ちだけでもすごい嬉しい。ありがとうな。だから、泣くな」

「うん……」

 そう頷く結羽の瞳からは、涙が零れている。やがて、一希の姿が少しずつ消えていく。もうすぐでお別れなのだ。

「それに、あの人が結羽をずっと守ってくれるから心配ないしな」

「え……?」

 一体誰のことだろう。

 それを聞こうとした時、夢が終わりだということを告げるように、教室がゆっくりと光に溶けていく。

 最期の一希は、行方不明になる前に見せた、無邪気な笑みを浮かべていた。




 結羽はそこで目を覚ました。自室の天井の薄暗さが、まだ早朝だということを知らせる。ベッドから起き上がって目を軽く擦ると、擦った手が少し濡れた。あれが一希との本当の別れだということが改めて分かると、また雫が頬を濡らした。

 それが止まるまでは、十分ほどの時間を要した。



 軽く朝食を食べた後も、結羽は外に出る気になれなかった。何気なく包帯を巻かれた左腕を見ると、また涙が滲んできた。

 自分はいつからこんなに涙もろくなったのだろう。

 その時、インターホンのチャイムの音が響いた。未來だろうか。結羽は涙を拭うと、自室から出て、廊下を小走りで進み、玄関のドアを開けた。そこには結羽の予想に反して、いたのは拓士だった。彼が訪ねてくるのは初めてだと思う。

「おはよう。どうぞ上がって?」

 結羽は少し驚きつつも、拓士を家に入るように促す。拓士は頷いて素直に家に入る。彼を広間に通し、飲み物を出そうとするが、「すぐに帰るから」と断られた。

 結羽が拓士の正面にあるソファに座ると、拓士は結羽の包帯が巻かれた腕を見る。

「腕は大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 心美に手当てしてもらい、痛みは全く感じない。

「そうか」

 少しほっとした様子の拓士は、今までの人を拒絶するような雰囲気は薄れ、穏やかさが漂っている。それで結羽は思わず口に出していた

「私ね。夢の中で、一希とお別れしたんだ」

 言った後に結羽は、はっとした。私は何を言っているのだろう。拓士にとってどうでもいいことなのに。

「ごめん、今言ったことは……」

「知ってる」

 忘れて、と言おうとした時、拓士はそれを遮るように言った。

「え?」

 困惑する結羽に、拓士は続ける。

「その様子を、俺も夢で見ていたんだ」

 そこで結羽は気づいた。一希が言っていた「あの人」とは、拓士を指していたのだ。そして、拓士は照れ臭そうに結羽から視線を逸らす。

「……今なら分かるんだ。お前があいつと一緒にいてイラついたのは……多分、俺はあいつに嫉妬していたんだ」

 拓士の言葉に、結羽も何故か恥ずかしくなって、少し頬を赤くした。

「そっか……」

 やがて拓士は結羽に視線を戻すと、真面目な表情になる。

「あいつには及ばないと思うけど、これからは未來と佳奈だけじゃなく、俺もお前を支えたい。だから……」

 拓士は一旦言葉を切ると、微笑して言った。

「俺のことも名字じゃなくて、名前で呼んでくれ。俺もお前のことを名前で呼ぶから」


 ―――名字じゃなくて名前で呼べよ。俺もお前の事を名前で呼ぶからさ


 同じだ。一希と同じことを言ってくれる人がいた。

 結羽は少し潤んだ瞳で、微笑んだ。

「うん……!」








 その一週間後の休日、拓士は結羽たちを夜の公園に集めた。

 六月も半ばだが、夜はまだ空気がひんやりとしている。

「急にどうしたの? みんな集まってくれって言ってたけど」

 結羽の質問は、未來と佳奈も訊きたかったようで、同意するように頷いている。

「……この前の結羽を見て、俺もあの場所に行く覚悟が出来たんだ」

「あの場所?」

 結羽たちが尋ねると拓士は、佳奈に自分のスマートフォンの画面を見せる。

「この場所に俺達を連れていけるか?」

 画面には地図が表示されている。どうやら、ここからかなり離れた場所のようだ。

「お前の力で、行けるか?」

 力とは、影闘士の力のことだ。

「もしかして、私の風を使って行くんですか?」

 驚いた様子の佳奈の問いに拓士は頷く。

「そうだ。今までは一人じゃ行けない場所だったし、俺自身も行くことが出来ずにいた。だから、覚悟が揺らぐ前に行きたいんだ。頼む」

 拓士は佳奈に頭を下げる。彼の真摯な態度に、佳奈も腹を括った。

「……分かりました。頑張ります!」

 佳奈は拳銃を召喚すると、親指を強く噛んで、そこから滲んだ血を拳銃に付ける。

「行きます!」

 そう言って佳奈は拳銃で地面を撃った。

 すると、結羽たち四人を竜巻が包み込み、全員の体がふわりと浮いて上空まで上昇する。

「じゃあ、行きましょう……!」

 佳奈の言葉に結羽たちは頷いた。

 四人を包んだ竜巻は、猛スピードで夜空を飛んでいった。



次話は11月16日に投稿予定です。

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