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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第4章:世界秩序の維持と人類の夢

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第57話:三美神の暗闘と、最も優雅な包囲網

作戦名『ラプラスの悪魔』が発動し、首都の地下で静かなる殲滅戦が幕を開けようとしていた頃。


中央防衛指令室のメインモニターに、突如として二つの通信ウィンドウが強制的に割り込んだ。


セキュリティのファイアウォールを難なく突破して現れたのは、息を呑むほど美しい二人の女性だった。


『あら、リヒト様。大和での泥遊びはもう飽きたのかしら?』


連邦議会議長、エリザベート。


彼女は議長室の豪奢な椅子に身を沈め、赤い唇に蠱惑的な笑みを浮かべていた。


『お帰りなさいませ、リヒト様。……私の許可もなく勝手に口座の資金を動かして軍用機を飛ばすなど、少々契約違反ではありませんか?』


世界中央銀行総裁、セシリア。


彼女は積み上げられた金塊のような金の扇子で口元を隠し、流し目でリヒトを見つめている。


指令室のオペレーターたちが、世界を牛耳る二大巨頭の突然の登場にどよめく中、リヒトは表情一つ変えずにモニターを見返した。


「エリザベート、セシリア。今は作戦中だ。私用電話なら後にしろ」


『私用ではありませんわ』


二人の声が、ピタリと重なった。


画面の向こうで、二人の間に火花が散ったのが目に見えるようだった。


その空気を切り裂くように、白衣姿のニーナがリヒトの背後から身を乗り出した。


「ちょっとちょっと、お二人とも。今はボスと私が、現場で直接作戦を指揮してるんですからね。外野は引っ込んでてくださいよ」


ニーナは誇らしげに胸を張り、リヒトの肩にそっと手を添える。


「私が作った特製ガスで、あの忌々しいネズミどもを一網打尽にするんです。……ね、ボス? 私の貢献度が一番高いですよね?」


ニーナの露骨なアピールに、モニターの向こうの二人の目がスッと細くなった。


『……あら、ニーナ。随分と生意気になったわね。あなたの研究所の予算、来季は議会の承認が少し「遅れる」かもしれないわよ?』


エリザベートが、氷のように冷たい声で脅しをかける。


『ええ、ええ。それに、特殊ガスの材料を調達できたのは、私が裏で市場の価格を操作して、特急で物流のラインを確保してあげたからでしょう?……頭ばかり良くても、金と流通がなければただのガラクタですわ』


セシリアが、扇子の奥でクスクスと笑う。


「なっ……! ずるいですよ、二人とも権力に物を言わせて!」


三人の女性たちの間で繰り広げられる、リヒトの「寵愛」と「手柄」を巡るバチバチの牽制劇。


カイルやマルクは、触らぬ神に祟りなしとばかりに、そっと視線を逸らしてコンソールに張り付いていた。


リヒトは小さく溜息をついた。


「……お前たち。自分の有能さを私に誇示したいのなら、言葉ではなく結果で示せ」


その一言に、三人の顔つきが一瞬にして「仕事の顔」へと切り替わった。


『当然ですわ。すでに「黒の歯車」の背後にある資金源は、三十二のダミー口座をすべて特定しました』


セシリアが、端末を優雅に叩く。


『彼らに資金援助をしていた旧貴族派の口座は、十秒前にすべて凍結。……明日の朝には、彼らはパン一つ買えない一文無しですわ。私の金融網から逃れられるとでも思って?』


「……流石だな、セシリア」


リヒトが短く褒めると、セシリアの頬が微かに紅潮した。


『ふふ、まだまだ。彼らの「政治的生命」を絶つのは私の仕事よ』


エリザベートが、不敵に笑う。


『すでに各メディアに、彼らが首都の「孤児院」のインフラまで標的にしたという捏造……いえ、少し脚色した情報をリークしておいたわ。これで彼らは大衆の敵。どの国境も越えられない。私に逆らったことを、後悔させてあげる』


「……見事な世論操作だ、エリザベート。彼らの退路はこれで完全に塞がれた」


リヒトの賞賛に、エリザベートは満足げに腕を組んだ。


二人の圧倒的な包囲網を見せつけられ、ニーナが焦ったようにリヒトの袖を引く。


「ぼ、ボス! 私のガスだって完璧ですよ! 見てください!」


ニーナがメインモニターを切り替えると、地下冷却システムの監視カメラの映像が映し出された。


マルクの仕掛けたアナログな時限装置が、静かに作動する。


シュー……という微かな音と共に、無色無臭のガスが通気口から散布された。


侵入していた十数名のテロリストたちは、ガスに気付くことすらなく、極度の緊張による発汗と反応した化学物質によって、次々と崩れ落ちていく。


一切の流血も、破壊の拡大もなく、彼らは深い眠りへと落ちた。


「……作戦完了。見事だ、ニーナ。お前の化学は、相変わらず私の期待を裏切らない」


リヒトが振り向いてニーナの頭を軽くポンと叩くと、彼女は顔を真っ赤にして、へへっと無邪気に笑った。


その光景をモニター越しに見ていたセシリアとエリザベートは、無言で殺気を放っていた。


((……あの泥棒猫。現場にいることをいいことに……!))


三人の女性たちは、互いに目配せをし、火花を散らした。


彼女たちの本音は一つだ。


大和皇国でリヒトの隣を独占している、あの「平民の少女」サクラ・シノノメ。


彼女には決して持っていない「力」と「知性」で、リヒトの世界を支え、彼にとって不可欠な存在であり続けること。


それこそが、彼女たちなりの不器用で、圧倒的に有能な「愛情表現」だった。


「……カイル。テロリストの身柄を確保しろ。それと、各インフラの復旧作業を急がせろ」


リヒトは三人の暗闘に気づかぬふりをして、次々と指示を出す。


『了解しました、リヒト様。……それにしても、彼女たちの連携と妨害のバランス、恐ろしいですね』


カイルが小声で囁くと、リヒトはわずかに口角を上げた。


「彼女たちのプライドと競争心が、この世界のシステムをより強固にしている。……計算外の嫉妬も、時として最高の『出力』を生むということだ」


「……ボス、本当に人の心が分かってないのか、分かりすぎてるのか、どっちなんですかね」


マルクが呆れたように頭を掻く。


首都を脅かしたテロリズムは、リヒトの帰還と、彼を愛する三人の「神童」たちの過剰なまでの包囲網によって、たった数時間で完全に鎮圧された。


「さて、大和に戻らなければな」


リヒトはコートを翻し、指令室の扉へと向かう。


『お待ちになって! リヒト様、今夜は私の用意したスイートルームで……』


『ダメよ、私が議会の特別晩餐会に招待するわ!』


「ボス! 私のラボで、新しい爆薬の実験に付き合ってくださいよ!」


三人の悲痛な(?)引き留め工作を背に受けながら、リヒトは振り返らずに手を挙げた。


「すまないが、約束がある。……明日の朝食の味噌汁には、遅れられないのでね」


魔王は、かつての部下たち――いや、世界で最も厄介で愛おしい三人の女性たちを残し、再びサクラの待つ極東の島国へと飛び立っていった。

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