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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第4章:世界秩序の維持と人類の夢

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第56話:魔王の帰還と、かつての神童たち

地球連邦首都、地下百メートルに位置する中央防衛指令室。


無数のモニターが青白い光を放ち、数百人のオペレーターが絶望的な顔でキーボードを叩き続けている。


システムが予測できない局地的なインフラ破壊。


「黒の歯車」と名乗るテロリストたちの非合理的な攻撃により、首都の機能は麻痺しつつあった。


「……第七区画の非常用電源、落ちました! アテナの再起動シーケンス、応答ありません!」


「くそっ、なぜ予測できない!? 彼らはどこから侵入しているんだ!」


怒号と絶望が交錯する中、指令室の重厚な防爆扉が、重々しい電子音と共に開いた。


その瞬間、室内の空気が一瞬にして凍りついた。


足音。


一切の迷いがない、規則正しく冷徹な革靴の足音が、静まり返った指令室に響き渡る。


黒いトレンチコートを羽織った十九歳の青年。


リヒト・フォン・アステリア。


かつてこの世界から神と魔法を駆逐し、すべてを合理の鎖で縛り上げた「魔王」が、そこに立っていた。


「……相変わらず、騒々しい職場だな、カイル」


リヒトの静かで、しかし絶対的な威圧感を持った声が響く。


「リ、リヒト様……!」


血走った目でモニターを睨んでいたカイルが、弾かれたように振り返った。


その表情には、安堵と、自らの不甲斐なさへの恥辱が入り混じっている。


「申し訳ありません。私の力不足で、あなたを再び表舞台に引きずり出すことになってしまって……」


「謝罪は不要だ。エラーは修正すればいい。……それより、役者は揃っているな?」


リヒトが視線を向けた先。


指令室の奥のVIPコンソールに、見知った二つの顔があった。


「お久しぶりです、リヒト様。……まったく、相変わらず人使いが荒いんだから」


白衣を着崩した、赤髪の女性。


化学の天才であり、現在は連邦の先端材料工学研究所のトップを務めるニーナ(18歳)。


「へっ、隠居生活が退屈になったってんなら、いつでも言ってくれりゃ良かったのに。……待ってたぜ、ボス」


油汚れの染み付いた作業着姿の屈強な青年。


蒸気機関から最新のステルス機まで、あらゆる機械設計を統括する連邦重工業の総責任者、マルク(19歳)。


かつて、リヒトの手足となり、この世界の文明を強引に五百年分引き上げた「外部演算装置」たち。


彼らは今や世界最高の権威となっていたが、リヒトの前に立つその瞳は、十年前の「神童」だった頃と同じ、絶対的な忠誠と熱狂に満ちていた。


「久しいな、ニーナ、マルク。君たちの貴重な研究時間を奪ったことは、後で予算の特別枠で補填しよう」


「ふふ、言質は取りましたよ。で? 私たちの『物理的な手腕』が必要だとか?」


ニーナがタブレット端末を回しながら、好戦的に微笑む。


リヒトはメインコンソールの中央に進み出た。


「ああ。カイル、現在のテロリストの侵入経路と、アテナの死角を投影しろ」


空中に巨大な首都の3Dホログラムが浮かび上がる。


「彼らは、あえて最も非効率なルート……下水道の旧式手動バルブや、廃棄された通気口などを経由して侵入しています。アテナのAIは、これらを『確率論的に人間が選択しない経路』として監視の優先度を下げていました」


カイルの報告に、マルクが鼻を鳴らす。


「なるほどな。最新のレーザー網や生体認証をハッキングするんじゃなく、鏡で光を反射させたり、泥を塗って熱源センサーをごましたりしてるってわけだ。……小賢しいアナログ野郎どもめ」


「そうだ。彼らはシステムの『論理の隙間』を、泥臭い人間の執念で突いている」


リヒトはホログラムを操作し、一箇所、赤く点滅する巨大な施設を指差した。


「首都の地下大深度にある、メイン動力炉の冷却システム。……彼らの最終目的はここだ。ここを物理的に破壊すれば、メルトダウンは免れても、首都は完全に死に絶える」


「……アテナに警備ロボットを集中させますか?」


カイルの提案を、リヒトは冷たく一蹴した。


「いや。AIの予測を逆手に取られている以上、アテナによる自動防衛は悪手だ。彼らは必ず警備の裏をかく」


リヒトの口元が、酷薄な弧を描いた。


「論理の通じない獣を狩るなら、使うべきはトラップと毒だ。……そうだろう、ニーナ?」


指名されたニーナの瞳が、妖しく輝く。


「なるほど? ……で、ボスのご注文は?」


「神経麻痺ガスだ。ただし、通常のセンサーでは検知できないよう、無色無臭。そして、極度の緊張状態にある人間の『特有の汗の成分』にのみ反応して気化する、特殊な揮発性カプセルを作れ」


「……無茶苦茶言いますね。でも、三時間あれば合成できます。連邦のトップラボをフル稼働させますから」


「マルク。君の仕事は、そのガスを冷却システムの通気口に仕掛けることだ。ただし、アテナのネットワークからは完全に切り離し、純粋な『ゼンマイ式の時限装置』で散布するように組め」


マルクはニヤリと笑い、太い指を鳴らした。


「最高だぜ。電子制御を一切持たない、完全なアナログ爆弾。……どんな超腕のハッカーだろうが、ただの歯車とバネの動きは止められねえ」


リヒトは深く頷いた。


「テロリストたちは、自分たちがAIの裏をかき、システムの盲点を突いたと錯覚している。だからこそ、我々は彼らを『あえてメイン動力炉まで誘導』する」


それは、あまりにも大胆で、冷酷な罠だった。


彼らが最も警戒する最新のセキュリティは意図的に緩められ、代わりに、彼らが愛してやまない「アナログな物理法則」が、彼らの命を刈り取る。


「……非合理な感情を誇る愚か者たちに、教えてやろう」


リヒトは、手元のコンソールを強く叩いた。


「どれほど泥臭く足掻こうと、物理法則と化学反応の絶対的な『合理』からは、何人とも逃れられないということを」


司令室に、かつての魔王の冷徹な熱が伝染していく。


カイルも、ニーナも、マルクも、誰一人として恐怖を抱いてはいない。


むしろ、彼らは歓喜していた。


彼らの「神」が、再び指揮棒を振るうこの瞬間を。


「作戦名『ラプラスの悪魔』。……開始エンゲージだ」


リヒトの号令と共に、大和皇国で眠っていた男の知性が、再び首都の闇を冷酷に支配し始めた。

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