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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第三部 リバーハイド・フルブレイカーズ
31/65

間 スタンバイ・サブジェクト


 ―――【ぬえ】。

 それは、主に日本にて古くから恐れられる【妖怪】の一種。


 猿と人の間を取った様な顔立ち。

 狸の様なずんぐりした胴体は逞しく恐ろしく、どんな大男よりも大きい。

 実に虎めいた雄々しい四肢が地を踏み鳴らす様は迫力満天。

 尾は蛇のそれに似たしっとりとした鱗に覆われ、先っぽにはまさしく蛇の頭がぶらり。


 要するに、ジャパニーズ・キメラ的なアレだ。


 性格は非常に暴れん坊であり、出てくる逸話では大概【悪者として退治される】役回り。


 その獰猛さは【雷】に例えられ、【雷獣らいじゅう】などと呼ばれる事もしばしば。



   ◆



 とまぁ、ここまではあくまで【空想上の鵺】の話である。


 では、【実際の鵺】はどんなものか?

 気になっている方も多いだろうと言う事で、今回は少し実際の鵺をフィーチャーしていく。


 今回紹介する鵺が暮らしているのは、当然ながら【妖界郷ようかいきょう】。妖怪達が今日も元気だ酒が美味いたまらんズピッと陽気に暮らす世界だ。

 妖界郷は、様々な【妖怪集落】が寄せ集まって構成されている。


 例を挙げていこう。


 喧嘩を売るは水の都ヴェネチアか。広大にも程がある湖の真ん中に浮かぶ水上都市【河童湖かっぱのうみ】。

 住んでいるのは、何様、様々、【河童】様。


 アルプス山脈の少女も真っ青。頂上に立てば本気マジに星を掴めそうな化物山脈を丸々要塞都市化している【天狗山てんぐのやま】。

 住んでいるのは、鼻が長けりゃナニも長いぜ【天狗】だぜ。


 サイバー過ぎて付いてけないよ。SFは管轄外だぜサイバーパンク馬鹿野郎。ってかまずお前ら妖怪だっけか【愚隷無燐グレムリン超絶工業地帯ファクトリアライン】。

 住んでいるのは……誰がファ●ビーだ。グレムリンだよ馬鹿野郎。確かにそう言うモデルが販売されてたけども。まぁ、ナデナデしても良いんだぜ? ファーブルスコファ…モルスァ。


 個性豊かな妖怪集落。

 居酒屋をハシゴする様に転々と観光すれば、度肝が空っ穴になるまで抜かれ続ける事は間違いない。


 そんな妖怪集落は基本的に一つ一つの集落が独立した【国】の様な物で、それぞれが強い自治性を持っている。

 しかしまぁ、同じ世界次元にある以上、他所の集落さんとは縁を絶つに絶たれない。むしろ他所さんとの縁はないがしろにしない方が良い。


 てな訳で、ここ数百年で妖界郷ではグローバル化ムーブメント。

 そうして生まれた都市が、種の隔てを越えて集団生活を営む【混成大都市たーみなる】と言う形式の新型集落である。


 混成大都市たーみなると言う都市形態の主な役割は【仲介中継役コネクター】。

 この場所を通して、様々な妖怪集落に物や妖怪が行き来し、色んなケミストリーがワーオって感じで巻き起こる。

 妖界に置ける警察機関、【妖怪保安局】の署舎が設置されているのも、混成大都市たーみなるの特徴だ。


 そしてそして、今回紹介する鵺の住まいは、妖界郷一の混成大都市たーみなる傀慧弩おおえど撥迫夜町はっぴゃくやちょう】に在る。


 通称【慧弩えど】と呼ばれるこの混成大都市たーみなるの特徴は、その町並みだろう。

 チョンマゲ頭で刀を腰に帯びた和装の人間が闊歩していても違和感が無さそう、ズバリ古き日本の町並みっぽいのである。

 これは慧弩が設置される時勢に妖界にて「人間界の日本って雰囲気良くね、シブくね?」と言う和風文化ブームがあった事に由来している。

 今でもブームは続いており、日本刀や手裏剣を模した妖術兵器や妖怪アイテムの売れ行きは上々らしい。


 さてさて、さっきから話が逸れまくっているが、そろそろ本題に入ろう。鵺だ。


 慧弩の外れにあるボロっちい妖怪アパート。【棘踊呂おどろおどろ荘】。築年数は三四六年。まぁ流石にもう新築とは言えない代物。

 基本間取りはワンルームにささやかなダイニングキッチン、風呂トイレ別。家賃は月々一二万妖円(大雑把一三〇〇ドル相当)。間取りの割に家賃がややお高いのは、大都市だけあって土地代が高いのが一因。庶民層には暮らし辛い場所だ、慧弩。


「はぁ……田舎に帰りたいッス……」


 棘踊呂荘の一室、キッチンで妖怪モヤシのヒゲを千切りながら、その【大男】は溜息を吐いた。


 赤土を固めた様な肌の色に、鋭い怒髪は黒毛と金髪が規則正しく並んで生え揃った虎柄、タイガーストライプ。

 その肌の濃い色合いと虎と言う猛獣を彷彿させる頭髪色が、大男のずんぐりとした身体の威圧感を更に底上げしている。


 まぁ、と言ってもだ。そこまでだったら、「ただの厳つい派手男」で済んだだろう。


「おめぇー、まーたウジウジメソメソ、略してウジメソしてんのかヨ!!」


 教育番組のマスコットキャラの様な高音ボイス。その声の出処は……虎髪大男の、背面臀部。

 正確には、虎髪大男のズボン尻部に開けられた穴からチョロリと飛び出した、小さな【蛇】。


 この蛇、虎髪大男の尻の割れ目に挟まっている訳ではない。

 なんと、この蛇は虎髪大男の腰の辺りから【生えている】……つまり、虎髪大男の【身体の一部】なのだ。


「そりゃあウジメソもするッスよ~……どうせ僕なんて……誰の役にも立たないどころか、誰にでも迷惑をかける様な大きめのゴミ虫なんスから……」


 尻から蛇が生えた虎髪の大男。

 彼こそが、【鵺】。

 その名も夜鳥ヶ峰(ヤトリガミネ)蛇尾淀(ダビデ)

 妖怪保安局傀慧弩(おおえど)撥迫夜町(はっぴゃくやちょう)署に先月配属されたばかりの新米妖怪保安官だ。

 即ち、ピッカピカの妖怪お巡りさんである。鵺のおまわりさん。


 もうおわかりだと思うが、蛇尾淀くんはそこそこの後ろ向きっ子(ネガティバー)である。


「おいおい、まだ昨日の【ちょびっとした失敗】の事を気にしてんのかヨ!! 小便中、くしゃみの拍子に強まった尿圧で便器もろとも壁をぶっ壊して男便と女便を一つにしちまっただけじゃあねぇかヨ!! そんな失敗、『社会に出たばっかの鵺ならよくある事ですニャン。とりあえずまぁ、まずはそのエグいセクシャルハラスメントをしまうですニャン』って先輩さんも言ってたじゃあねぇかヨ!!」


 鵺は、【遠呂智オロチ】・【オニ】・【天狗テング】等と言った【彼らを語る上でその戦闘能力に言及しないのは無理がある】とされる程の【武闘派妖怪】に列挙される種族だ。

 それも少数部族であり、種族全体の気運としてやや閉鎖的な側面もあるため、他種族と共存する術を知る先達が少ない。


 故に、混成大都市たーみなるにオノボリさんしたばかりの鵺がパワー有り余って色々ブレイカーズしてしまうのは、ある意味で仕方の無い事。

 なので、実はその辺の受入姿勢は柔軟そのものである。悪意無き鵺のブレイクン事故は、大抵笑って許されるのが妖怪社会全体の風潮なのだ。


 ……だが、当の鵺自身は笑って許される事を良しとしていない模様。


「……うぅ……絶対みんな、『迷惑なんだよお前なんか田舎に篭ってろよ死ねよ』って思ってるに決まってるッス……」

「被害妄想だってノ!! みんなめっちゃ優しそうだったヨ!? 絶対そんな事は考えてねぇヨ!!」

「いやいやいや……大体、考えてみてもくださいッスよ……僕の名前、【蛇尾淀ダビデ】って……【蛇尾ダビ】って字面的に絶対君の事ッスよ……僕なんて君のオマケ……ただの【】ッスよ……そんなオマケなデ野郎があんな迷惑かけて……みんな心の中で帰れのアンサンブルしてるに決まってるッス……!!」

「おぉい!? 悲観が何か変なベクトルに向かってんゾ!? 違う違うそうじゃないそうじゃなイ!! 蛇尾淀ってのは三文字全部おめーの名前だから!! 俺の事は適当に【スーパー☆テイル】とでも呼んでくレ!!」

「うぅ……僕みたいなのにはもう、モヤシ様のヒゲを毟る事すら大それた行為……」

「おぉい!? いいのそれデ!? おめーの大好物のもやしナムルが食い辛い仕上がりになっちゃうゼ!?」

「そもそも僕みたいなただのデがそんな気取ったモノをフェイバリットとして謳ってる事自体がもうギルティッスよ……」

「あぁーッもぉーッ!! 膝抱えてないで早くモヤシのヒゲ毟れヨ!! 今のおめーに必要なのは生きる喜び、即ち食の楽しさだヨ!! 好物を食って元気出せヨ!!」


 いつもながら面倒くセェッとスーパー☆テイルが頭痛を感じている最中。


 寝室を兼ねたワンルーム、敷きっぱなしの布団の上で、蛇尾淀の虎柄スマホが音楽を奏で始めた。


「んお、おい、おめー!! 妖怪スマホが鳴ってるゼ!! あと元気出せヨ!!」

「ひっ……ごめんなさいッス……」

「おめーのスマホだろうガ!! いつまで最新機械ハイテクに拒否反応して怯えてんだ田舎者ッ!! 元気出せヨ!!」


 スーパー☆テイルに励まされながら、蛇尾淀はのそのそと布団の方へ向かい、スマホを手に取った。


「ひぇ……丹小又ニコマタ先輩…!? ついに死ねと言われる……!?」

「あのやんわりしたパイセンに限ってんな事あるかヨ!! 仮にあってももっともっと迂遠的表現だヨ!! 『ちょっと一週間くらいあの池に潜っててもらえますニャン?』とカ!! もう良いからさっさと電話に出ろよ!! そして元気出せヨ!!」

「うぅ……うぅぅ……はい、夜鳥ヶ峰ッス……」

『うにゃん。やっほーですニャン。丹小又ですニャン』

「は、はい、昨日はすんませんしたッス……!!」

『あ、その件はもうどーでも良いですニャン。そんな事より、今大丈夫ですニャン?』

「うす、もちろんッス!!」

『実はお仕事の話で……突然ですニャンが、蛇尾淀くんには明日、人間界に日帰り出張してもらう事になりますですニャン』

「人間界……ッ、陰陽師に殺されて死ねって事ッスか!?」

『……せっかく安定化してきてる陰陽師と妖怪の関係を悪化させる気ですニャン?』


 電話口の向こうから、やれやれと言った感じの溜息が聞こえる。


『何を勘違いしているのか知らないですニャンが……【対人間課】として普通のお仕事の一つ、【妖怪に理解ある人間に色々働きかける業務】ですニャン。【美川ちゅらかわ皿助べーすけ】と言う人間の少年に【あるモノを届ける】、それだけの事ですニャン』

「ちゅらかわ、べーすけ……? あ、薄ら聞いた事ある気がするッス」

『ニャン。現代の妖界でも実は要警戒対象とされていた【堕撫尤タブー】を打ち破り、そしてその【真実】を暴いた人間……保安局内でちょっとした話題になってるですニャンしね』


 コミュ力皆無ネガティバーな蛇尾淀ですら薄ら聞き覚えを感じる程だ。相当ホットな話題になっているのだろう。


『ま、簡単なお使いですニャン。とりま、今日の内で人間界に行く準備とかしてて欲しいって話ですニャン。急な話ですニャンが、大丈夫ですニャン?』

「あ、はい、うす……了解ッス……」


 と言う感じで、蛇尾淀は通話を切った。


「……おい、おめー。こりゃあチャンスだゼ」

「……え……?」

「簡単なお使いつっても、仕事は仕事ダ。まずは、『少しくれぇは役に立つ』って事を周りに見せつけて自信を付け、今のウジメソなおめーと決別するチャンスだゼ!!」

「!! ……でも、それって……裏を返したら『こんな簡単なお使いすらこなせないゴミクズ』って事を周囲に晒してウジメソハイパーな僕になるリスクもあるって事じゃあないッスか……?」

「その辺は考えるナ!! 面倒くせェかラ!! とにかく、今回の仕事でおめーは一皮むける、いいナ!?」

「でも……」

「おめーだって、今のウジメソな自分が好きって訳じゃあねーんだロ!? なら一発、ブチかまそうゼ!!」

「ッ……ぅ、うん……わかった。僕、やってみるッス……!! ただのデから、きちんとダビデになってみせるッス……!!」

「その意気だゼ!!」



 頑張れ蛇尾淀、負けるな蛇尾淀。


 例えそのお使いが、丹小又の予想を軽々と越えて結構ハードな仕事になるとしても。


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